第35話 王都か辺境か、ラディルの選択
式が終わり、その夜、ラディルは城内のテラスにいた。
腰には剣を差しているが、白い寝間着姿でぼんやりと星空を眺めている。
そこへアレスがやってきた。ラディルと同じく剣を差している。
「ん……アレスか」
「何をしていたんだ?」
「ちょっと星空をね」
「お前らしくもないことを」
「そうかぁ? 俺だって星ぐらい見るぜ」
ラディルがアレスに向き直る。
「これでお前もこの国の王様かぁ」
「あくまで代理さ」
「サーナたちにも言ったけど、王になっちゃえばよかったのに」
「そうもいかんさ。だが、国を想う気持ちは陛下より上だと自負している。今後は外交にもさらに力を入れ、辺境と言われる北部地域に対する政策も……」
「あー、分かった分かった! そういう話は俺よく分からないから!」
自分の話を遮られてしまい、アレスは少し不満げな顔をする。
しかし、真面目な表情になる。
「ラディル、話があるんだ」
「ん?」
「私と一緒に、王都で国を盛り立てないか」
ラディルは息を呑んだ。
「もちろん、お前に政治をしろとは言わない。兵士たちの剣術師範や警備隊長でもいい。そういうポストが欲しくないなら、何もなくてもいい。とにかく私と共にいて、王国を盛り立てる手伝いをして欲しいんだ。また一緒にコンビを組みたいんだ」
アレスの頼み。
親友であるお前と再びコンビを組みたい。国を担う手伝いをして欲しい。
ラディルもじっとアレスを見る。
やがて、口を開く。
「アレス、俺も同じ気持ちさ。こないだの近衛兵との戦い、お前と一緒だったから、まるで負ける気がしなかった。何も言わないのに、お互いコンビネーションまで披露してさ。生き生きと戦えたよ。修行時代や、魔族と戦ってた頃を思い出した」
だけど、と目を背ける。
「俺の心はやっぱりまだ辺境にあるんだ」
自分の答えを告げた。
「たった半年間の辺境暮らしだけど、自分で家を改築して、剣に関することなら何でもやりますなんて宣伝して、みんなから慕われて……。剣だけに生きてた頃とは違う生きがいを感じてる。別にチヤホヤされたいってわけじゃないけど、あっちにゃまだまだやり残したことがあるんだ。だから……」
アレスはふっと微笑んだ。
「やはりな。お前ならばそう答えると思っていた」
「……ん? あ、さては、お前、俺が王都にいるべきか辺境にいるべきか悩んでるのを知ってて、その気持ちを整理させるために、俺にこんな頼みを……!」
「まあな。選択で悩んでる時は、外から『こっちにした方がいい』と刺激を与えてやると、案外自分の本音に気づくもんさ」
ラディルは悩んでいた。
もう目標は達成したのだから、自分は王都に戻るべきなのだろうか、と。
だが、アレスに「私を手伝ってくれ」と頼まれた途端、「自分の心は辺境にある」と気づくことができた。
「へっ、やられたな……」
ラディルはポリポリと頭をかく。
「だが、私がお前と共に国を盛り立てたいというのも紛れもない本音だ。そこに嘘があったらおそらくお前も見抜いていただろう」
「あいにく、今の相棒はサーナなんでな」
「彼女は頭がよく、私以上に頼れる相棒だ。私も元相棒として、安心して見てられるよ」
「ありがとよ」
「では、再び別れることになる友に、私からエールを送りたい」
アレスが腰に差した剣に手をかける。
ラディルも同様に手をかける。
二人は同時に剣を抜いた。
二本の剣は激しい音と共にぶつかり合い、火花を散らした。
互いの腕がビリビリと痺れる。
――が、互角ではなく、アレスが若干よろけた。
「俺の方がちょっぴり上だな」とラディル。
「この半年で差がついてしまったな。だが、追いついてみせる」
「俺もますます腕を上げるぜ。追いついてこれるかな?」
「私とて王や勇者である前に一人の剣士さ。必ず追いついてみせる」
「期待してるぜ」
アレスが病み上がりであることを考えるとこの結果は当然なのだが、二人ともそれを同情したり、言い訳にしたりはしない。
一流の剣士同士だからこそのやり取りだった。
「辺境でますます名を上げろよ、ラディル」
「『王都にいるアレスって勇者よりこっちの方がすごくね?』って言われるぐらいになってやるよ」
「それは楽しみだ。しかし、そうはさせんぞラディル。私も王都で名を上げてやる」
「じゃ……約束の証として、軽く一杯やるか」
「ああ、私もようやく体調が整ってきたしな」
最後に軽く刃を合わせると、二人はそれぞれの鞘に剣を納める。
王都と辺境。暮らす場所は離れてしまうが、二人の友情は変わらない。
そして、二人を物陰からこっそり覗く二人がいた。
サーナとベリネだ。
「どうやら、ラディルはしばらくは辺境で暮らすみたいだね。よかったね、ベリネちゃん!」
「ああ、王都もよいが、少し賑やかすぎる。私はやはりクワンの町の方が落ち着く……」
二人もラディルの選択にほっとしたようだ。
すると、ラディルが――
「じゃあそこの二人! あと何日かしたら、俺たちはクワンに帰ろう!」
これにはサーナもベリネも驚く。
「バレてたの!?」
「ビ、ビックリした……」
「そりゃそうだろう。気配を消す術持ってるわけじゃないんだし。だけど、二人が見てたから、俺は辺境を選んだわけじゃないからな」
「分かってるよ、ラディル!」
ラディルとサーナはにんまりと笑う。ベリネも優しげに小さく笑む。
その姿を見て、アレスは「実に絵になる」と感じるのだった。
この日から三日後、ラディル、サーナ、ベリネの三人は大勢に見送られ、馬車で王都を発つ。
ラディルは思わずこう独りごちた。
「こうやって王都から辺境に発つのは二度目だけど、あの時とは全然気分が違うや……」




