第34話 断罪、そして親友の結婚式
謁見の間での激闘から三日後、勇者アレスは準備を整え、『国王の罪を明らかにする宣言』を行った。
場所は王都の大広場。
大勢の臣下、兵士、市民が見守る中、アレスが壇上で国王ゴードウィンを糾弾する。
自身を“勇者”に任命し、成果を上げたにもかかわらず、「条件を飲まねば勇者として厚遇しない」としたこと。
ラディルの存在をなかったものにしようとしたこと。
アレスを広告塔として利用しつつ、いずれ死んでもらうため毒を盛っていたこと。
これらを糾弾しようとしたところ、近衛兵を使ってアレスとラディルを消そうとしたこと。
加えてエドロードの蛮行を察知していたが、辺境のことだと放置したこと。
かつては本当に命をかけて尽くしてきた主君を堂々と断罪する。
一方の国王ゴードウィンはこの数日ですっかり変貌していた。
顔からは覇気が消え、自慢の顎鬚もしなびている。
マントを羽織り、国王としての正装はしているが、魂が抜けたようになっている。
まるで“王”という鎧を破壊され、裸の王になってしまったという風情だ。
アレスの宣言を、大人しく聞いている。
「――以上をもって、国王陛下への断罪宣言とする!」
拍手喝采が沸いた。
市民はもちろん、重臣らも、勇者アレスの威風堂々とした姿に見とれてしまった。
さて、ゴードウィンはというと――
「私はこれらの罪を認め……勇者アレス、もとい王国の判断に我が身を委ねることを宣言する」
一人称を“私”とし、自分の処遇をアレスらに委ねると宣言。
力なく、壇上を降りていった。
仕事を終えたアレスに、ラディルが話しかける。
「かっこよかったぜ、アレス!」
「茶化すなよ」
「いやマジだって。ちょっと前まで毒で死にかけてた奴とは思えん」
「それを言うな」
アレスがバツの悪い顔をする。
「だが、お前と再会しなければ、私はおそらく……。本当に感謝している」
「どういたしまして」
朗らかに笑い合う二人。
「取り込み中悪いんだけどさ。これからこの国はどうなるの?」
サーナがアレスに尋ねる。
「陛下がこのまま実権を握るというわけにはいかないだろう。というより、あの状態ではもはや政務は不可能。しばらく王不在になってしまうが、王に近しい者から次の王を選ぶことになるだろう」
「なるほどねー」
サーナが相槌を打つと、黄色いドレス姿のクレアがやってきた。
「何をおっしゃっているのです、アレス様」
「クレア王女?」
「次の王はあなたに決まっています!」
「……え!?」
アレスは目を丸くする。
「なんで私が……!?」
「元々父は、一人娘であるわたくしには子飼いの上級貴族の子息を婿にあてがい、その者を仮の王とする腹積もりでした。そうすれば自分は王より上の存在として権勢を振るえますからね。だからわたくしと恋仲にあるアレス様を疎んだ側面もあるようです」
「知らなかった……」
国王ゴードウィンには息子がいなかった。
かといってゴードウィンとしてはやはり自分の直系に王位を託したい。
そのため、娘クレアには自分の言いなりになる婿を用意し、まずは仮の王とさせ、二人の間に男児が生まれたらその子を王とする――そのつもりだったらしい。
しかし、ゴードウィンはアレスとラディルによって倒された。
「そして、わたくしはアレス様を愛しています」
「それはもちろん、私もです……」
「でしたら、王になって下さいませ」
「しかし、陛下のご一族や、重臣らが何と言うか……」
「一族なら大丈夫。アレス様の働きぶりは皆様ご存じだから。アレス様ならば十分やれる、託せるとおっしゃっていました」
「……」
ラディルが肩に手を置く。
「おいおいアレス、大出世のチャンスじゃんか! おめでとう!」
「いや、ちょっと待ってくれ……」
アレスは国王ゴードウィンを断罪し、退位させ、代わりに他の者を王にするところまでは考えていたが、自分が王になることは想定していなかった。
「クレア王女、その件についてはまたゆっくり話し合おう」
「はい、分かりました。ですが、わたくしは今の混乱したこの国を立て直すことができるのは、あなたしかいないと思っています。もちろん、これはただの感情論ではありません。あなたには“勇者”としての名声がありますから」
クレアとて、ただアレスを愛しているから推しているのではない。
彼女なりの計算があった。
魔王に荒らされ、王の権威も失墜したこの国を立て直せるのは、熱狂的人気を誇る“勇者”しかいないと。
アレスもまた、そんなクレアの奔放ながら時折見せる聡明さをこの上なく愛していた。
「クレア王女……」
「アレス様……」
ここでラディルがわざとらしく咳払いをする。
「まったく、すぐラブロマンスしようとしやがって!」
仲良く頬を染めるアレスとクレア。
「まぁ、だけど結婚するんだろ? 幸せになってくれよな!」
「ああ!」
「ありがとうございます、ラディル様!」
サーナとベリネも――
「結婚式には絶対行くからね!」
「勇者と王女の結婚、楽しみにしているぞ」
「三人には本当に世話になったから、特等席を用意しているよ」
にこやかに笑うアレスに、ラディルは心の中で「マジで幸せになれよ……」とささやいた。
この後、アレスとクレアは正式に婚約を発表する。アレスが婿として王家に入る形である。
さらに、アレスは“代王”という地位になることを宣言した。
クレア始め多くの有力者が、アレスに是非王になってくれと頼み、アレスは“代わりの王”という形であれば……と了承した。
そんなアレスについて、ラディルはこうぼやく。
「“代王”なんてまどろっこしいんだよなぁ~。王になっちまえばよかったんだよ」
サーナがたしなめる。
「アレスさんは優秀とはいえ、王家の外の人間だからね。仕方ないよ。とはいえ、アレスさんなら王として即位しても文句は出なかったと思うけどね。ま、時間が経ったら、いずれ代理じゃない王になるのかも」
「段階を踏むってわけか。あいつらしいといえば、あいつらしいけどさ……」
腕を組んでいるラディルに、ベリネが尋ねる。
「ラディル、お前はこれからどうするんだ?」
「俺か……」
ラディルの目標は達成してしまった。
アレスに勇者としての厚遇を受けさせるため、辺境への追放を受け入れ、なおかつ自分も“勇者”を名乗る。
ラディルの活躍はアレスの耳に届き、それをきっかけとして、国王打倒まで成し遂げてしまった。
「俺は……どうするかなぁ……」
めでたい日にもかかわらず空は曇っており、ラディルの定まらぬ心を表すように灰色だった。
***
打って変わって、晴れやかな青空の日。
王都の教会にて、アレスとクレアの結婚式が行われる。
凛々しい紺のタキシードをまとったアレス、白いウェディングドレスで着飾ったクレア。
大勢が見守る中、祭壇の前で永遠の愛を誓い合う。
ラディルたち三人には、彼らを間近で見られる特等席が用意された。
ラディルは場の雰囲気につい舞い上がってしまい、
「よっ、いいぞアレスー!」
などと声援を送ってしまう。
サーナとベリネが同時に叱りつける。
「うるさいよ、ラディル!」
「こんな素晴らしい式の邪魔をするな!」
「ご、ごめん」
ラディルは背を縮こまらせる。
しかし、アレスは気にする様子もなく、そんなラディルの方を向く。
「お集まりの皆様、彼こそが私を救ってくれた張本人、もう一人の勇者ラディルです!」
いきなりラディルの紹介を始めた。
「……へ?」
唖然とするラディル。
「ここでラディルから、一言スピーチを頂戴したいと思います! ラディル・クンベル、こちらへ!」
拍手が沸き起こる。
この野郎、無茶振りしやがって……とラディルは焦る。
しかし、こうなった以上、やるしかない。
祭壇にいる新郎新婦の横に立ち、大勢の前に向き直る。
カチンコチンに緊張してしまっている。
「あれが噂のもう一人の勇者?」
「緊張してるな」
「アレス様の幼馴染らしいぞ」
様々な声が聞こえる。
ラディルは強張った面持ちで、大勢に語り始める。
「えー……ラディル・クンベルと申します」
この第一声に、一部で笑いが起こる。
「突然なんで、あまり畏まった喋り方はしませんが、俺はアレスとは同い年で、子供の頃からの親友でした。二人で師匠に弟子入りして、競い合って、剣ばっか振ってきました」
ラディルの師匠は無名の老剣士だった。出身も定かではない。
偏屈な性格であまり過去を語ることもなかったが、ラディルとアレスを気に入り、道場で稽古をつけてくれた。
二人が“風林火山”の技をマスターする頃に、役目は果たしたとばかりに死んでしまったという。
「やがて貴族であるアレスは国に所属する剣士として働くようになり、俺は剣の稽古はしつつ、ぶらぶらと生きてました。名を上げることにも、誰かを助けることにも興味がなかった」
そして、魔王が現れる。
彼はその恐ろしい実力と軍勢でエラド王国を恐怖に陥れた。
「アレスが勇者に任命されて、こいつは俺を誘ってきました。一緒に魔王を倒そうって。俺はその誘いに乗って、一緒に魔王を倒しました。これだって人助けのためなんかじゃなかった。腕を試したかったのと、魔王が気に食わなかったってのが大きい」
しかし、魔王を倒したラディルは辺境に追放されてしまう。
親友との約束を果たすため、ラディルは自ら“勇者”を名乗り始める。
「俺は辺境で色んな人と出会って、“勇者”と慕われるようになって、ようやくアレスに少しは追いつけたかなって気がします。アレスがどんだけ凄いことしようとしてるのか、分かった気がします」
剣にしか興味がなかったラディルが、人から頼られ、慕われ、名を得る喜びを覚えた。
「アレスは俺に感謝してると言います。俺のおかげで、国王に立ち向かう勇気を得たと。だけどそれは俺も同じ。アレスがいたから、俺も成長できた。俺も勇者になることができた。だから俺はアレスの親友として、同じ勇者として、こいつの行く末を祝福します!」
ラディルとしては、イマイチだったかなという感触だったが――会場が沸いた。
「いいぞー!」
「素晴らしい!」
「あなたも紛れもなく勇者だ!」
中には勇者コールをする者まで現れ、警備の兵士に止められていた。
思いのほかスピーチが上手くいったと感じ、照れるラディル。
ふとサーナとベリネを見ると、サーナはサムズアップし、ベリネの目は潤んでいた。
「なんで泣いてんだよ!」
「泣いてなどいない! ……しかし、いいスピーチだったぞ」
「ありがとな」
ラディルは席に戻り、残る結婚式もすっかり堪能した。
ゴードウィンの娘であるクレアと結婚し正当性は保たれているとはいえ、“代王”となったアレスには数々の苦労が予想される。
しかし、前途はきっと明るい――そう思わせてくれる式となった。




