第32話 国王ゴードウィンとの謁見
謁見の間――
戴冠式など数々の式典が催される神聖なる場所であり、城内で最も広い部屋である。
最高級の絨毯が敷かれ、部屋の奥には階段があり、そこを上ると高みに玉座がある。
ここに入った者は皆が王に敬意を表し、王にひれ伏し、王に感謝して帰っていくこととなる。
だが、今日は違う。
ラディルたちは王の罪を明らかにするために来た。
敬意など感じていないし、ひれ伏すつもりもなく、感謝することなどあり得ない。
ラディルとアレスが並んで先頭を歩き、その後ろをサーナとベリネが続く。
部屋には近衛兵がずらりと並び、玉座には国王がいた。
国王ゴードウィン・エクリプス。
いかめしい顔つきで、勲章のついた正装を身につけ、長い顎鬚が特に目立つ。
ラディルたちの目的は分かっているにもかかわらず、どっしりと腰を下ろしている。
謁見の間に入った者は、玉座から三十歩手前で跪くのが習わし。
だが、四人はそんなことはしない。立ったままじろりと王を見る。
国王は“敵”なのだから。
ゴードウィンは玉座に座ったまま、ラディルらを見据える。
「勇者アレス、そして仲間たちよ。ようこそ、我が城へ」
決まり文句であり、丁寧ではあるが、辺境から来た面々をその他扱いしている。
すかさずアレスが訂正する。
「陛下、私の横にいるのは私と共に魔王と戦ったラディル・クンベル。そして後ろにいるのは少女の方がサーナ・ミリシュ、こちらの金髪の女性はベリネ・ベルトラージュ。ご記憶下さるよう、お願いします」
以前のアレスならばこんな訂正はしなかった。
ラディルも少し驚く。
「これは失礼した。ちゃんと覚えておこう」
ゴードウィンは髯を撫でながら答えた。
「それで、アレスよ。おぬしはここしばらく辺境に出向き、その者たちを伴って帰ってきた。それには意図があり、余に申したいことがあるはずだ。是非、それを教えてくれんか」
アレスは毅然と国王を睨みつけ、言った。
「申し上げます、陛下。私はあなたを断罪するつもりです」
ゴードウィンの顔がピクリと動く。
「余にどんな罪があると?」
「一つは私を“勇者”に任命し、私はその役を果たしたにもかかわらず、その恩恵を受けるのに条件をつけたことです。二つ目はその条件として、ここにいるラディルを“いなかった人間”とし、辺境に追いやったこと。三つ目は、私を勇者として使うだけ使い、用がなくなったら捨てるため、私に毒を盛ったこと。そして、先日捕まった領主エドロード、領主と商人の皮をかぶった外道だったわけですが、陛下は奴の本性を知っていたのではありませんか。これも調べれば分かることです」
アレスは一呼吸置き、堂々と言い放つ。
「これらの罪を“勇者”の名において明らかにし、天下に知らしめる。このために私は帰ってきたのです」
毒によるやつれは残っているが、それを感じさせない風格があった。
ゴードウィンは何も答えない。
ゆっくりと髯をいじり続ける。
およそ一分は考えていただろうか。
やがて――
「すまなかった」
謝った。
「アレスよ、余は自分の過ちを認める。そこのラディルにも謝る。だからどうか、余を断罪するのはやめてもらえまいか。これからは真におぬしを厚遇するし、むろん仲間たちにも相応の地位や褒賞を与えるつもりだ。余を……許して欲しい。心を入れ替える機会を与えて欲しい。この通りだ」
玉座から立ち上がり深々と頭を下げた。
ラディルは当然白々しいとは思うが、今ここはアレスの場。
だから、アレスに全てを委ねる。
アレスが国王を許すのなら、俺もそれに従うしかない。そのぐらいの気持ちでいた。
「陛下」
アレスが口を開いた。
「私はあなたを許しません。全ての罪を公のものとし、国民にあなたの真の姿を知ってもらうつもりです」
ラディルと再会する前のアレスであれば、王の謝罪に心を動かされ、許してしまったかもしれない。
だが、今の彼は国王と対決するという揺るぎない決意を持っていた。
「よく言った、アレス! それでこそ勇者だ!」
思わずラディルが叫んだ。
「国王様、もう諦めた方がいいぜ。アレスはもうあんたの操り人形じゃない。本当の本当に勇者になったんだ。勇者は相手がどんな強敵だろうと立ち向かうんだ」
ゴードウィンの顔が引きつる。
「“オマケ”の分際で、図に乗るでないわ」
「“オマケ”をナメると痛い目にあうぜ」
ゴードウィンが足を踏み鳴らした。
すると、周囲の近衛兵が一斉に剣、槍を構える。
さらには部屋の中の柱などの死角に隠れていた兵士も次々出てくる。
その数、500人。
「おいおい、こんな大勢潜んでたのかよ」呆れるラディル。
「謁見の間は陛下を守るため兵を潜ませておくスペースがあり、見た目以上に広いからな」アレスが解説する。
しかし、二人には確かな余裕がある。
「サーナ、お前から見て、王様のこの作戦はどうだ?」
サーナは「んー」と声を出してから、
「ラディルとアレスさん、覚悟を決めた二人の勇者を始末するには、今更暗殺者や毒物に頼っても効果は期待できないよね。だから、選りすぐりの兵を集めて最大戦力で二人を倒しちゃおうってのはいい作戦だと思うよ」
冷静に国王の策を値踏みする。
「だけど、やっぱりダメかな~。王様には悪いけどラディルとアレスさんが負ける気しないもの」
「だよな」
ラディルがニヤリと笑う。
ゴードウィンが手を大きく振るい、近衛兵に命じる。
「我が親愛なる兵士たちよ! この者たちは余の“ありもしない罪”を世間に公表し、余の名誉を傷つけようとする反逆者だ! この痴れ者どもをただちに抹殺し、余に完全なる勝利をもたらすのだ!」
さらに、士気を高めるため――
「恐れることはない! アレスは毒で弱った死にぞこない、もう一人は所詮“オマケ”に過ぎん! おぬしらなら苦もなく倒せる!」
アレスとラディルがサーナとベリネを守るように背中合わせの陣形を取る。
「オマケはオマケなりに頑張るとしますか」
「腐るなよ、ラディル。お前も私と同じ勇者だ」
「分かってますって。ベリネ、サーナを頼む」
ベリネは「うむ」と応じる。
ラディルは実に生き生きとした笑顔を浮かべた。
剣を前方に向けて、いつものように中段に構える。
「さぁて、やるかぁ! お前と一緒に戦うのも久しぶりだしな!」




