第30話 ラディルの懺悔
翌朝早く、ラディルたちはクワンの町を発つことにした。
移動手段はアレスが乗ってきた馬車を使う。クレアを辺境まで運んだ愛馬もこれに繋ぐ。毛並みのいい白馬で非常に賢く、クレアが無事ここまで来られたのはこの馬の力あってこそ、と思えるような名馬であった。
御者は信頼できる人間であり、腕もよく、五日もあれば王都に帰ることができるという。
王都に向かうのは、ラディル、サーナ、ベリネ、アレス、クレアの五人。
全ては国王の罪を明らかにするために。
馬車は屋根付きで、座席は前後にあり、ラディルとアレスの勇者コンビが前、サーナとベリネとクレアの女性陣は後部座席に座る。
話すべきことは昨晩話してしまったので、しばらく沈黙が続く。
しかし、次第に空気は弛緩し、女性陣は会話に花を咲かせる。
サーナがドレス姿のクレアをまじまじと見る。
「わたくしの顔になにか?」
「ん~、この人がこの国の王女様なんだなぁと思って。やっぱりお綺麗!」
「まあ、ありがとうございます!」
ベリネもクレアに感心する。
「昨晩の『肉親より愛を取る』の啖呵は見事だった。気品も漂っている。さすがは人間の王女といったところか」
この言葉にクレアは首を傾げる。
「人間の王女? まるであなたが人間じゃないみたいですけど……」
「あっ、いやっ、私は……もののたとえで……!」
口を滑らせてしまった。
ベリネは露骨に動揺する。
サーナも「やっちゃった」という顔をしている。
そして、ラディルが「この人ならきっと話しても大丈夫だ」という風にうなずく。
「私は……実は、魔王の娘だ。魔界から追放され、今はラディルとサーナのお世話になっている」
世間的には“ラディルの遠い親戚”で通っているベリネ。
なるべく正体を知る人間を増やしたくないところだが、やむを得なかった。
「魔王の……!?」
「う、うむ……」
ベリネは罵られることも覚悟するが――
「じゃあわたくしと同じですね!」
「え?」
「だってわたくしは国王の娘、あなたは魔王の娘ですもの!」
「う、うん……」
ベリネの両手を取り、クレアは笑顔を満開にする。
ベリネが正体を明かしたことでかえって場が和み、女性陣の雑談はさらに盛り上がる。
後部座席の騒がしさにラディルは苦笑いする。
「すっかり仲良くなっちゃってるな」
「クレア王女もベリネ殿が邪悪ではないと見抜いたのだろう」
「なるほどなぁ」
馬車の行路は順調だった。
難所であるラモン山脈も難なく越える。
ベリネにとっては、かつて自分が棲み家にしていた場所だったので、時折懐かしそうな顔をしていた。
馬車は王国の南部に入り、まずはモンテの町にたどり着く。
ラディルは追放された時、この町の近くで野盗集団と戦い、“風烈斬”にて一蹴した。
「そういや俺、辺境に行く時、馬車の中で勇者だって自己紹介したら、メチャクチャ白い目で見られたなぁ」
当時を思い出し、ラディルが笑う。
「そりゃそうだよ。ただのおかしな人って思われちゃうよ」とサーナ。
「だけど、そんな俺もこうして辺境で勇者と認められて、今王都に向かってる。柄にもなく、色々あったなぁ、なんて感じちゃうよ」
アレスが首肯する。
「お前は紛れもなく昔から勇者だったよ。魔族との戦いで苦戦した時、絶望した時、先に奮起したのはいつもお前だったからな。それに、大人しく陛下に命を捧げようとしていた私にも勇気を与えてくれた。お前こそ真の勇者だ」
親友のこの言葉に、ラディルは――
「いや……どうだろ」
「え?」
思いもよらぬ言葉を発した。
「今だから言うけど、俺は魔王を倒した時、これで金をもらえるーだなんてはしゃいでたけど、ホントはちょっと怖かったんだ。これで俺も勇者の相棒として名声を得ることができる。だけど、それはひたすらに剣に打ち込んだ人生の終わりも意味する。これから俺はどうなっちゃうんだろうって不安もあった」
「……」
「だから、国王に辺境行けって言われた時、ちょっと安心した部分もあったんだ。これでみんなに勇者の相棒だと言われる心配もないって」
「……」
「それにサーナにこう言われたこともあった」
『アレスさんも王様から利用されるだけされて、捨てられなきゃいいけどね』
まだラディルとサーナが出会ってまもない頃、サーナはアレスについてこんな懸念をしていた。
「あの時、俺はこう思ったはずだ。俺を追放するような国王が、アレスを本当に重用するだろうかって。だけど、俺は考えないようにしてた。お前は国王の元で、政治を手伝い、勇者として活躍する。そうに決まってる。そう思いたかった」
ラディルとて、国王の黒い一面に全く気付いていないわけではなかった。
「本当なら俺は……お前と一緒に抗議すべきだったんだ。俺だって頑張ったんだから、功績を認めてくれって。だけど、俺はそこから逃げた。お前に任せて、逃げちまった」
「ラディル……」
「だけど今は違う。クワンでサーナやベリネを始め、色んな人と出会って、なんとか“勇者”としてやっている。今の俺なら、堂々と勇者を名乗ることができる」
アレスは自分に毒を盛られていると分かっても、国王に立ち向かうことができなかった。しかし、それはラディルも同じ。
魔王を倒したにもかかわらず、魔王を倒し、名声を得ることで、一介の剣士に過ぎなかった自分の人生が変わってしまうことが怖かった。
だから、親友のために犠牲になるという名目で、辺境に逃げてしまった側面もあった。
しかし、数々の経験を経たラディルは、今ならば“勇者”という巨大な看板を背負う自信を得た。
ラディルとアレスは、剣の腕こそ“勇者”といえる腕前だったが、まだまだ精神面は未完成だった。
しかし、魔王を倒してから半年余り、二人はようやく勇者としての完成を見たのである。




