第29話 駆けつける王女
勇者アレスがクワンの町にやってきた日。日はすでに没している。
クワンの町を駆け抜ける一頭の白馬があった。
馬の背中には一人の若い娘が乗っている。
その娘は、たまたま酒場の外を掃除していた大男、ワレスに話しかける。
かつてはニセ勇者として各地で無銭飲食していた彼だが、今は酒場で真面目に働いている。
「あの……」
「ん? なんだ姉ちゃん」
ワレスはかなりの美人だなと思いつつ答える。
「この町に、勇者様っていらっしゃいますよね? 領主の悪行を暴いた……」
「ああ、ラディルのことかい」
「そのラディル様のご自宅を教えて欲しいんですけど……」
「え? ああ、あいつの家なら……」
***
ラディルの家。
治療を終えたセネックは帰宅し、ラディルたち三人とアレスで食事を取る。
食事を済ませると、ラディルが改めてアレスに尋ねる。
「……で、これからどうするんだ?」
アレスは答える。
「王都に戻り、陛下の罪を明らかにする」
その顔は決意でみなぎっていた。
「私を勇者に任命し、その使命を果たしたにもかかわらず、さらに交換条件を出し、お前を追放したこと。私に毒を盛ったこと。領主エドロードの件についても、陛下は奴の本性を知りつつ領主に任命した可能性が高い。その件も追及していくつもりだ」
「もし全部バラされたら、国王の権威は地に落ちるなんてもんじゃねえな」
ラディルがニヤリと笑う。
「ああ、だがやらねばならないだろう。私がセネック君に毒を抜いてもらったように、この国から毒を抜かねばならない」
命懸けで使命を果たした者が報われない国。
辺境の運営を金儲けにしか興味がない外道に任せてしまう国。
アレスはこれらの状況を変えていくと決意した。
「ただし……陛下と戦うことは、やはり気が進まない部分があるが」
「ひょっとして……クレア王女のことか?」
「ああ、陛下にダメージを与えることは、娘である彼女にもダメージを与えることになるからな」
クレアは国王ゴードウィンの娘であり、王女である。
アレスとは昔から密かに想い合っており、アレスが“勇者”という地位を得たので、今では堂々と交際している。
「そういや、クレア王女ってどんな人なんだ? 俺もちょっと会っただけだから、可愛いってことぐらいしか知らないんだが」
「ああ、彼女はとても可愛く、とても奔放な人でもある」
さりげなく“とても可愛い”に訂正しつつ、アレスがクレアに想いを馳せる。
「奔放ってどのぐらい?」
「そうだな。例えば私を追って、一人でこの辺境までやってくることぐらいはしてもおかしくない人だ」
この答えにラディルは笑った。サーナも笑う。ベリネだけはすごい王女だな、と信じてしまっている。
「アハハ、そりゃ無茶だぜ。王都からここへやってくるには、あの難所ラモン山脈を越えなきゃならないし、温室育ちの王女様がそんなことするはずがな――」
ドンドン、とノックの音がした。
「な、なんだ!?」
ドアの外から声が届く。
「わたくし、エラド王国王女クレア・エクリプスと申します! ここが勇者ラディル様のご自宅だと聞いてきました!」
「……!?」
「クレア王女だ……」アレスも信じられないといった顔つきである。
「……マジで?」
ラディルは「噂をすれば」の実例を初めて体感したような気がした。
***
クレア・エクリプス。18歳。
イエローベージュのふわりとした髪と、あどけなさを残す美貌を持つエラド王国王女。
黄色の華やかなドレスを着ていたが、さすがに長旅で汚れており、サイズが近いベリネのシャツやスカートに着替えさせる。
風呂と食事を与えると、子供のように喜んでいた。
クレアの人心地もついたところで、アレスが問いただす。
「クレア王女、なぜこのクワンの町に……?」
「アレス様がいなくなってしまったからですわ。アレス様の側近の方からこの町に行くと聞いたので、わたくし居ても立っても居られず愛馬で……」
「……何かあったらどうするんですか!」
アレスが叱りつける。
辺境までの道は険しい。クレアがここまでたどり着けたのは、“運がよかった”としか言いようがない。
賊や魔物に襲われれば、一巻の終わりだったろう。
「ごめんなさい……」
しゅんとするクレア。
「しかし、私を追ってきてくれたことは素直に嬉しい。ありがとうございます」
「いえ、そんな……」
勇者と王女は見つめ合い、二人だけ恋愛劇の世界に入ったかのようになっている。
ラディルとサーナは呆れる。
「ったく、人んちでラブロマンス見せつけてくれるなよな……」
「ホントホント!」
色恋沙汰に疎いベリネは目を輝かせている。
「これがラブラブというものか……」
ラディルはそんなベリネを見て、町長の息子ダニエルに好意を向けられた時も過剰反応してたな、と思い返す。
三人の視線に気づき、アレスも照れ臭そうに「コホン」と咳をする。
サーナが真面目な話題に切り替える。
「ところでクレア様、ここでアレスさんやラディルの状況を話しておきたいんだけど……」
サーナがラディルとアレスの関係、なぜラディルが辺境に来ることになったか、なぜアレスがこうして辺境に来たのか、などを説明した。
サーナの説明はよく整理されており、ラディルは「俺がやってたらこの10倍の時間がかかってそうだ」などと思いながら聞いていた。
「つまりね、アレスさんはこれからあなたのお父さんと対立することになるの」
アレスはクレアの顔を見る。
「クレア王女……」
クレアはしばらく考えていたが、やがて引き締まった顔つきとなる。
先ほどまでの奔放さ、呑気さが嘘のようだ。
「父がアレス様をよく思っていないことは察していました。ですが、アレス様は懸命に努力されていた。きっと父もアレス様を好きになってくれると信じていました」
アレスと同様に、父ゴードウィンの善性を信じていたらしい。
「ですが、魔王を倒すという大業を成し遂げたお二人に、このような仕打ちをするなんて……。父は国や人よりも“己”を愛するようになってしまった。これは王者の所業ではありません。わたくしはもう……父を国王とは認められません」
クレアは迷いを断ち切るように告げる。
「はっきり申し上げましょう。わたくしは肉親よりも、愛を取ります!」
クレアは父よりもアレスとの愛を選択した。
「クレア王女、君という人は……」
「アレス様……愛しております」
再びラブロマンスが始まりそうになったので、サーナが咳払いする。
「えーと、じゃあクレア様はアレスさんについてくれるってことでいいね?」
「はい!」
アレスが国王の罪を明らかにする上で懸念だった「娘クレアを傷つけてしまう」という問題はこれで消えた。
「ラディル、私とクレア王女は明日、王都に向かうよ」
これにラディルは――
「ちょっと待てよ。俺も行くぜ」
「ラディル……」
「俺だって国王には言いたいことがあるんだ。いいだろ?」
「もちろんだ。お前にはその資格がある」
アレスがうなずく。
「だったらあたしも行くよ! なんたって、ラディルの相棒だもん!」
「ああ、マジで頼りにしてる」
サーナが手を挙げ、ラディルも喜んで応じる。
するとベリネも、
「私も行く。何か役に立てるかもしれんからな。一人で留守番は寂しいし……」
留守番が嫌なのでついてくることになった。
ラディルはアレスとガシッと腕を合わせる。
かつて、魔族と戦った頃のように。
「俺たち二人の勇者で、王様に“勇者をナメんな”ってところを見せてやろうぜ!」
「ああ!」




