第27話 勇者アレスの“異常”
ラディルとアレスの久しぶりの再会は、互いの近況報告も済み、ひと段落を迎える。
アレスのやつれ具合は気になるが、ラディルは「きっと大丈夫なのだろう」と思うことにした。
自分は医者ではないのだから、本人が大丈夫と言うのなら、深く聞くことはできない。
そんな中、サーナが無邪気な笑顔でこんな提案をする。
「ねえ、二人は一緒に修行をして、魔王を倒したんでしょ。久しぶりに会ったんだし、手合わせでもしてみたら?」
「お、いいな、それ!」
ラディルとしても、親友と剣を交わしてみたかった。
だが、乗り気なラディルに対して、アレスは渋い表情だ。
「いや、私は……」
「体が鈍ってるってか? ま、いいからいいから! たまには運動もいいもんだぞ!」
ラディルはアレスの手を掴み、強引に外に連れ出す。
サーナとベリネも外に出る。
家のすぐ横で、剣を中段に構え向き合う二人。
修行時代は幾度となく、こうして剣を交えた。勝っては喜び、負けては悔しがる、を繰り返した。
勝ち負けがつくとしばらく二人の仲は悪くなるが、半日もすれば元通りになっているのはいつものことだった。
二人の中に懐かしさがこみ上げる。
「よっしゃ、じゃあ“風林火山”の剣をぶつけ合ってみようぜ!」
「ああ……」
ラディルと同じく、アレスも“風林火山”の四つの技を使える。
同じ師匠に弟子入りし、伝授され、磨き上げ、ついには魔王の喉笛にも届いた四種の絶技。
まずは――
「風烈斬ッ!」
上段から剣を高速で振るい、風を起こし、広範囲の敵をなぎ倒す技。
ビュアオッという音がして、二つの風烈斬がぶつかり合う。
スカートがめくれそうになったので、ベリネは慌てて両手で押さえる。
結果は、ラディルの風烈斬が、アレスのそれを完全に打ち負かした。
「ぐっ……!」
アレスは尻餅をつき、ラディルが笑う。
「どうよ、俺の風烈斬は」
「流石だな……ラディル」
アレスが立ち上がると、二人は示し合わせたように剣を鞘に納める。
今度は――
「林静斬」
相手に斬られたと感じさせぬほど、静かで速い居合い抜き。
互いの刃が激突し、ラディルの剣がアレスの剣を押しのけた。
ラディルは満足げに笑う。
続いて、三つ目の技。
「火砕斬!」
下段から上段に一気に斬り上げる、四つの技で最大威力を誇る技。
ラディルはこの技で巨大化したロックビーストを食い止めたこともある。
アレスが力負けをし、後方に吹き飛ばされてしまう。
「山堅斬!」
本来は守りに徹するカウンター型の技だが、今回は互いに剣を打ち合う。
そして打ち合い速度が最高潮に達したところで、回転し、必殺の一撃を叩き込む。
二人の剣がぶつかり合い、アレスは剣を弾き飛ばされた。
風林火山対決――ラディルの圧勝であった。
アレスは痺れた両腕で、弾き飛ばされた剣を拾う。
本来ならば、ラディルは喜ぶべき場面であろう。
だが、ラディルの心に“喜び”など生まれなかった。
「お前……どうしちまったんだ!?」
アレスは黙っている。
「四つの技のうち、林静斬と山堅斬はお前の方が得意だったはずだ。なのに、こんな……」
ラディルの体が震える。
「お前、なんでこんなに弱くなっちまったんだよ!?」
国の政治に従事すれば、体が鈍ってしまうのも仕方ない。
しかし、アレスの弱体化はそんなことでは説明できないほど顕著だった。
とても、かつて自分と腕を競い合った人間とは思えない。
ベリネも「その通りだ」と同意する。
「勇者アレス、今のお前なら私でも勝てる。そして、ラディルとお前が手を組んだとて、父を倒せるとは到底思えぬ……」
アレスは答えない。
自らの弱体化を自覚してるようにも見える。
「お前……何があったんだよ!?」
ラディルが問うが、アレスはやはり黙秘している。
本人が黙っているのを無理に言わせるわけにもいかず、ラディルとベリネも黙るしかない。
「アレスさんがどうなってるのか知るなら、いい方法があるよ!」
サーナがやってきた。ラディルはそういえばいつの間にかいなくなってたな、と目を向ける。
「サーナ、お前どこ行ってたんだ?」
「この人を連れてきたの」
サーナが連れてきたのはセネックであった。
薬物や毒物、そして虫の扱いに長けた青年である。
現在はクワンの町で人々のために働いており、顔にはだいぶ自信がみなぎってきた。
「セネックさんにアレスさんを診てもらおうよ」
アレスの体に何か異常があるならば、セネックがそれを診断できるかもしれない。
サーナはあらかじめそれを察して、セネックの元に向かっていた。
ラディルとアレスの対決を促したのも、アレスの体調悪化を知らしめるには、これが一番だと思ったからであった。
「そうだな。アレス、診てもらえよ! セネックは優秀な薬師なんだ!」
一方、アレスはうつむいたまま答える。
「いや、私は大丈夫だから……診てもらう必要などないよ」
「おい、アレス……」
「なあに、ちょっと体調を崩してるだけさ」
アレスは診てもらいたくないという。
こうなると、ラディルも強く言えない。同じ剣士として弱みを見せたくない気持ちは痛いほど分かってしまう。
だが、サーナは遠慮せずもう一歩踏み込んだ。
「アレスさん、あなたは勇者なんだよね? みんなのヒーローで、これから国を背負っていく人なんだよね? だったら、ちゃんと体を診てもらった方がいいよ。明らかにやつれてるのに、大丈夫大丈夫って言うのはそれこそ無責任ってものじゃない?」
少女からここまでずけずけ言われては、アレスとしても立つ瀬がなかった。
しかも、どう考えてもサーナの意見が正しい。
拒否するわけにはいかなくなった。
「分かった……では、診てもらおうかな」
「外ではなんですから、中で……」
皆でラディルの家に入る。
ラディルたちが見守る中、セネックがアレスの体を診察する。
目を見て、口の中を見て、上半身を見て、さらには指先を切り、血液も採取する。
アレスの体は鍛え上げられていたが、顔と同じように衰えが見られた。あちこちの骨が浮いている。
ラディルは親友の体がどんな具合なのかと緊張していた。
やはり激務のせいで病気になってしまったのか、と気を揉む。
落ち着かず、ついあちこちをうろうろしてしまう。
「落ち着いてよ」
サーナに言われ、「あ、はい」と大人しくソファに座る。
やがて、セネックが診察を終えた。
神妙な顔つきで、こう告げる。
「アレスさん、あなたは……毒に侵されています」
ラディルとベリネは驚き、サーナは予想していたという表情。
当のアレスも顔色を変えない。
「毒って……ええ!? 毒って、どういうことだよ!?」
ラディルが声を荒げる。
「詳しい検査をしないと分かりませんが、複合毒を盛られているようです。体内に蓄積し、じわじわと体を蝕むような毒を……。おそらくは食事に入れるなどして……」
「なんだってぇ!?」
一方、サーナは落ち着いている。
アレスとは今日初めて会ったばかりということもあるが、今は自分が冷静でなければならないと認識していた。
「アレスさんが自分で毒を飲んだのでもなければ、当然毒を盛った人間がいるってことだよね」
「だ、誰が!?」
「私はこう思うんだ」
サーナが話し始める。
「ラディルとアレスさんは魔王を倒した。アレスさんは“たった一人で魔王を倒した英雄”になって、その伝説に邪魔なラディルは追放された。アレスさんは英雄として一生懸命働いて、王国を盛り立てた。そんなアレスさんがもし志半ばで倒れたとしたら、悲劇の英雄としてきっと巨大な伝説だけは残る。その状況で一番得をするのは誰かなぁ?」
サーナの問いがラディルに重くのしかかる。
心のどこかでは分かっていたのかもしれない。
だが、考えないようにしていた。
アレスは真に重宝されて、エラド王国で名を上げていく。そうなると思っていた。そう思いたかった。
だが――
ラディルは苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「国王……しかいない」




