第26話 ラディルとアレス、二人の勇者の再会
ラディルたちが領主エドロードの罪を暴いてから、およそひと月が経った。
事件による混乱もようやく収まり、ラディルたちもいつもの生活を取り戻しつつあった。
ラディルは午前中のトレーニングを終えて、家の中に入る。
「ふぅ~、いい汗かいた」
サーナがコップに入った水を差し出す。
「はい、どうぞ」
「お、悪いな」
ラディルはタオルで汗を拭きつつ、水を一気に飲み干した。
生き返るような気分になる。
キッチンからはトントントンという音が聞こえる。
「今日はベリネが料理作るのか」
「うん、最近お料理に凝ってて、今日もはりきってるみたい」
キッチンを覗くと、エプロンをつけたベリネが野菜を切っている。
「へえ~、いい手つきじゃん」
「私もサーナに色々と教えてもらったからな」
しかし、ベリネの持っている刃物は――
「え、それ妖刀!?」
「うむ、こっちの方が切れるのでな」
ベリネは妖刀を包丁代わりにしていた。
妖刀は文句も言わず、包丁になっている。
「妖刀……お前もずいぶんな扱いになっちまったな」
『へへ、ベリネさんには逆らえないっすからねえ』
妖刀は魔道具。ベリネは魔王の娘であり、魔族としては最高峰の格にある。
“魔”としての格があまりにも違い過ぎた。
包丁にされようが、髭剃りにされようが、文句は言えない。
『でも包丁になるのもいいもんですね。なんかこう、作る楽しみを味わえるっていうか……』
「ならいいんだけどさ」
ベリネの料理を楽しみにしつつ、ラディルはソファに座る。
「しっかし、領主をブッ倒したのはいいけど、俺たちの生活がそう激変するもんでもないな」
サーナは小銭を数えつつ答える。
「そんなもんでしょ。でもラディルは間違いなく有名になったと思うよ」
「かなぁ? いやぁ~、俺も有名になっちまったか」
しまりのない笑みを浮かべるラディルを見て、サーナは「言わなきゃよかった」とつぶやく。
程なくしてベリネが昼食を持ってくる。
肉と野菜がたっぷり入ったオムレツである。
妖刀で作った料理であるが、味は上々だった。
「おお、美味い!」
「うん、美味しいよ! ベリネちゃん!」
絶賛され、ベリネも安堵するように息を吐く。
「よかった……!」
何事もなく昼を終えたが、この日、ラディルは非常に大きな出来事に遭遇することとなる。
***
ラディルたちが胃の中に入れたオムレツも落ち着いてきた頃、家のドアがノックされる。
サーナが「あたしが出るよ」とドアを開ける。
そこにいたのは――
「失礼。ここにラディル・クンベルが住んでいると聞いたもので」
金髪にして碧眼、肩には赤いマントを羽織り、銀色の鎧をつけた威風堂々とした青年であった。
サーナは思わず息を呑んだ。
ソファに座っていたラディルが入り口に振り向く。
「サーナ、どうし……!」
ラディルが固まる。
「アレス……!? お前、アレスか!」
「ああ」
来客――勇者アレスはニコリと笑った。
「あれぇ!? お前なんでここに!?」
「お前の名前が王都まで届いたからな……こうして酒を飲みに来た。よく約束を果たしてくれたな」
「お前こそ、よく来てくれた! さ、上がってくれ!」
「お邪魔するよ」
親友アレスとの再会を喜ぶラディル。
いそいそと椅子を用意したり、テーブルの上を軽く片付けたりする。
「だけどさ、お前……ちょっと痩せた?」
アレスの顔は、ラディルの記憶より頬がこけていた。
心なしか血色もよくない。
「ああ、ちょっと痩せたかもしれないな。“勇者”というのも何かと気苦労が多くて」
「……だろうなぁ! 多いよな、気苦労! 勇者だもんな!」
ラディルは不意に生じた胸騒ぎを心の中に押し込め、アレスをリビングに案内する。
親友同士、テーブルに向かい合って座る。
「来るなら、事前に手紙でもくれればよかったのに」
「ハハ、お前を驚かせたかったものでな」
親友の茶目っ気がラディルの心に染みる。
「いつまでいられるんだ?」
「あまりゆっくりもしてられないんだ。明日には帰らないと」
「短っ! ……まあ、しょうがないか! 一日だけでも嬉しいよ!」
「ありがとう……」
ラディルは高いテンションのまま、アレスのことを同居する二人に紹介する。
「こいつはアレス! 俺の親友で、今をときめく勇者様だ! 剣の腕は俺と互角……いや、ほんのちょっぴり俺が上かな」
ラディルはおどけてみせる。
親友の来訪が本当に嬉しいのだろう。
「よろしく」
アレスも礼儀正しく頭を下げる。
サーナはワンピースの裾を持ち、挨拶する。
「あたしはサーナと言います。ラディルの相棒です!」
「相棒……?」
「サーナはこの町に来て早々、辻斬り犯呼ばわりされた俺を助けてくれたんだよ。それからもずっと俺を助けてくれてる」
これを聞いてアレスは微笑む。
「そうか、そんなことが……。サーナさん、ラディルを助けてくれてありがとう」
「やだ、“さん”だなんて。サーナでいいよ」
「そうか。サーナ、これからもラディルを助けてあげてくれ」
「はーいっ!」
サーナは元気よく返事をした。
「こちらは?」
アレスがベリネの方を向く。
ベリネは言葉に詰まる。“正直”に自己紹介をしていいのか、逡巡する。
だが、ラディルは目配せしつつ、
「アレスなら大丈夫だ。こいつに隠し事はしたくない」
と告げる。
「うむ、分かった」
ベリネはうなずく。
「私はベリネ。魔王の娘だ」
これまでは穏やかだったアレスの表情が強張る。
「魔王の娘……!?」
魔王は長きに渡り、エラド王国を荒らした宿敵である。
人一倍の愛国心を持つアレスであれば、魔王の娘を警戒しても無理はない。
すかさずラディルが補足の説明を入れる。
「いや、違うんだ! ベリネは悪い奴じゃなくて……いい奴で、俺の味方なんだ」
アレスは少し考えた後、頬を緩ませる。
「ラディル、お前がそう言うのなら、私も彼女を“いい奴”だと思うことにしよう」
「ありがとよ、アレス」
「しかし、逆に彼女からすると、我々は父親の仇ということになる。そのことについては何の問題もないのだろうか?」
アレスからの問いにベリネは首を横に振る。
「私は魔界を追放された身だ。お前たちが父を倒したことに、なんの恨みも持っていない」
「ならばよいのだが……」
「ちなみにベリネが魔王の娘って知ってるのは、俺たちぐらいのもんだから、そこは内緒にしておいてくれ」
「分かった。胸の中にしまっておこう」
「アレスさんはラディルよりずっと口が堅そうだから、安心できるね!」
サーナが茶々を入れると、ラディルは悔しそうにうめき、皆が笑った。
「今度はお前の話を聞かせてくれよ」とラディル。
「いいとも」
アレスは“勇者”として、政治、外交、遊説、調練、幅広く活動していることを明かした。
魔王の脅威を国内で収めてみせたアレスは、諸外国の注目の的だった。
今やアレスはエラド王国の“顔”といっていい。
「魔王を一人で倒した勇者アレスを広告塔にする」という国王の目論見は見事に当たった形となる。
「すっげえ頑張ってるんだな! そりゃやつれもするか。だけど……あまり無理するなよ」
「ああ、分かっている……」
ラディルとしてはアレスが来てくれたことは嬉しいが、アレスの過労ぶりが見て取れるので、少し引っかかる部分もある。
和やかで楽しい時間は、どこかぎこちない響きを奏でながら、過ぎていった。




