第25話 ラディル、怒りの一撃
エドロードの独白に町民らの動揺が収まらない。
「領主様が悪党……!?」
「そんな……」
「村を滅ぼしてたなんて……」
エドロードは膝をつき、歯を食いしばっている。
「なんで、こんなことに……!」
丹念に積み重ねた“爽やかな領主”像が一瞬のうちに崩れ去ってしまった。
そんな雇い主にゴレノアは近寄り、背中に手を置く。
「落ち着いて下さい、エドロード様」
「ゴレノア……」
「ご安心下さい、まだ手はあります」
「……なに?」
「こうなった以上、エドロード様のクリーンなイメージを残すことは難しいでしょう。しかし、それならそれでよいではありませんか」
ゴレノアがほんの少し唇を吊り上げる。
「ならば恐怖支配に切り替えるのです。この三人が仲間だというのは明白。ならばこの三人を殺してしまいましょう。それも圧倒的な力で」
ラディル、サーナ、ベリネを標的に定め、ゴレノアの目に危険な光が灯る。
「我々がこの三人を殺します。そして、あなたはこう告げるのです。『お前たちもこうなりたくなくば、私に従え』と。町の愚民どもは我々に恐れをなし、ひれ伏すことでしょう。我々がやったことが外に漏れる心配もない」
ラディルたちを惨殺して、町に恐怖を植え付ける。
力技という他ない策だが、エドロードの取れる手はもはや多くない。
「勝てるのだろうな……?」
「勝てます。先日も私が圧倒したところを見たでしょう」
「そうだったな……。分かった、あの三人を殺せ!」
「はい」
殺しの命令が下り、ゴレノアがニタリと笑った。
これを見たサーナは、怯えの表情を見せる。
「あの時と……同じだ。同じ笑み……!」
ピエニ村を滅ぼした時、サーナの父母を殺した時も、ゴレノアはこの笑みを浮かべていた。
ゴレノアの冷血な外面の内に秘めた、煮えたぎる毒のマグマとも言うべき残虐性があらわになる。
その勢いのまま部下たちに命じる。
「この三人はエドロード様を陥れようとする“悪”だ! こいつらを殺せ!」
50人はいる護衛が一斉に動き出す。
すかさずラディルは剣を振り上げ――
「風烈斬!」
高速で振り下ろす。
広範囲に風が巻き起こり、護衛たちが切り裂かれる。
「ぐああっ!?」
「ぎゃあっ!」
「うげえっ!」
さすがのゴレノアも驚いている。
これだけで半分は削れた。
全力で放てばもっといけただろうが、町の人間が近くにいる状況ではこれが精一杯だった。
先手を取ったつもりのゴレノアだが、後手の一撃に圧倒されてしまった。
壇上のゴレノアが、顎でラディルを促す。
「上がれ。相手してやる」
ラディルは飛び上がって、壇上に乗ると――
「ベリネ、残りの奴は頼む!」
「任せておけ!」
ベリネは壇上から下り、妖刀をサーナに託すと臨戦態勢に入る。
ここで魔族の姿になるわけにはいかない。
しかし、この数ならばどうにかなるだろう、と計算する。
そこへ――
「ベリネさん、僕がお守りします!」
ダニエルが木剣を持って、ベリネの盾となる。
「お前は……ダニエル!?」
「この戦い、きっとあなたたちが正しい。僕はそう判断します!」
町長の息子という立場からすれば、領主の味方をしなければならない場面である。
しかし、ダニエルはラディル側についてくれた。
さらには――
「俺ら、こういう時にこそ役に立たねえとな!」
「オレモ……タタカウ……」
ニセ勇者・ワレスとニセ魔王・オークも参戦する。
さらには薬師で虫使いであるセネックも――
「僕もあなたたちを応援しますよ! 怪我したら絶対に治しますから!」
心強い言葉を与えてくれる。
ベリネとしては別に守ってもらう必要はないのだが、嬉しい気分になった。
「サーナ、これが守られるお姫様の気分というものかな?」
「ベリネちゃん、こんな時にときめかないで!」
「うむ、やはり私は攻める方が性に合ってる」
そしてダッシュで護衛の一人に近づき、殴り飛ばす。
殴られた兵士は地面に墜落し、ピクピクと痙攣している。
魔族の姿にならずとも、彼女は十分怪力である。
「ベ、ベリネさん……!?」
ベリネの正体を知らないダニエルはその強さに驚いていた。
魔王の娘ベリネ、ラディルの指導を受けた剣士ダニエル、ニセ勇者ニセ魔王コンビ。
もはや20人程度でどうにかなる戦力ではなかった。
演壇上のラディルは安心して、ゴレノアと向き合う。
「さあ、俺たちもやろうか!」
「役立たずどもが……。まぁいい、お前を殺して、他の奴らも皆殺しにしてやる」
ゴレノアの爬虫類めいた眼光が鋭さを増す。
「そう簡単にいくかな」
ラディルはゆっくりと中段の構えを取る。
この間の手合わせとは違う、と言うかのように。
二人の剣士が睨み合う。
「ラディル!」
サーナが駆け寄ってきた。
ベリネたちは優勢なので、やはりラディルの戦いが気になったようだ。
「サーナ、待ってろ。絶対勝つからな」
ゴレノアは鼻で笑う。
「ほざくな。その左腕の傷、誰から受けたか忘れたわけではあるまい」
「こんなのかすり傷だ」
「ふん……すぐに終わらせてやる」
ゴレノアも構える。剣を片手に持ち、変幻自在の剣を繰り出す構え。
「究曲乃太刀」
右手に持った剣から繰り出される、曲がる軌道の突き。
防御をすり抜けるほどの柔軟さを誇る。
が、ラディルは危なげなくかわす。
「ほう……!」
「そう何度も喰らうかよ」
ラディルは考える。
このゴレノアはやはり生きたまま捕らえたい。
エドロードの右腕として数々の悪事に加担しているはず。
しかし、それをやれるほど甘い相手ではない――
「はあっ!」
そこへ再びゴレノアが斬りかかる。
剣で受けるが、力は強く、ラディルが体ごと吹き飛ばされる。
「つっ……!」
これに勝機を見出したのか、ゴレノアが笑う。
「お前を殺したら、すぐにあのガキもあの世に送ってやる。お父さんとお母さんが待ってる天国にな。きっと喜んでくれるだろうよ」
ラディルだけでなく、戦いを見ているサーナにも“攻撃”する。
さらにゴレノアの剣は勢いづく。
「お前もバカな奴だ。あんなちっぽけな村のために、俺たちを敵に回すとは! あんな村の一つや二つ滅びても、誰も困りゃしないだろうが! いい声で泣き叫んでくれて、俺は楽しめたがな!」
サーナが悔しそうに唇を噛む。
ラディルは剣をかわしつつ黙っている。
「そういえばお前のことも調べたぞ! 半年ほど前から勇者を名乗ってるんだって? 頭がおかしいのか? まあ、俺はいずれ魔王を倒したっていう勇者アレスにも挑みに行くつもりだ」
“勇者”への野心も口にする。
「もし俺が王都にいたなら、俺が魔王を倒していただろうなぁ! 偽の勇者がこれなら本物も大したことはあるまい! アレスも殺して、この俺が真の勇――」
凄まじい音がした。
ザンというべきか、ズバンというべきか、とにかく凄まじかった。
はっきりしているのは――ゴレノアの体が文字通り“真っ二つ”になったということだけ。
ラディルが放った稲妻のような一撃が、ゴレノアを脳天から切り裂いていた。
「あ……れ……?」
これが最期に口にした声となった。
二つになったゴレノアが左右に倒れる。
その圧倒的な力を見て、敵味方関係なく皆が静まり返ってしまった。
ベリネは思わず、右手で自分の左腕の袖をぎゅっと握り締める。
「ラディル……。これほど強かったとは……」
強者だらけの魔界を制覇した魔王を倒した二人のうちの一人、ということを改めて実感する。
ラディルはサーナに振り返る。
「悪い、サーナ……。生かして捕まえるつもりだったんだが、“勇者”のことを侮辱されたらつい、な……」
サーナは涙ぐんで答える。
「ううん……ありがとう、ラディル……」
ラディルはこう返す。
「やっぱりサーナには嘘はつけないな。バレバレだったか」
ラディルはゴレノアの生け捕りも視野に入れていたが、調子づいた彼がサーナを侮辱した時点で、“こいつは殺す”と決めていた。
だが、それをやってしまうと、サーナには「ラディルは自分のために人を殺した」という余計な荷を背負わせてしまう。
だから、「“勇者”を侮辱されたから」と嘘をついた。
しかし、サーナからすればそんなラディルの思惑はお見通しだった。
ベリネはそんな二人を見て、微笑む。
「やはりお前たちは……いいコンビだ」
そして、護衛の残る一人を殴り倒す。
同じく戦っていたダニエルやワレスらにも怪我はなく、セネックの出番はなさそうだ。
残るは領主エドロードただ一人。
もはや、この場に彼の味方は一人もいない。
ラディルが剣の切っ先を突きつける。
「最後はお前だ。お前はこんな程度じゃ済ませられないな。お前の罪は100回切り刻んだってまだ足りねえ」
エドロードは腰を抜かして怯えている。
もはや自信たっぷりの商人にして領主という面影はない。
ラディルの顔も怒りに染まっている。しかし、どうにかその怒りを抑える。
「だが……ここで俺が何かするのは違う。ってわけで、サーナ!」
「……うん!」
「こいつに言ってやれ。ビシッと!」
サーナは堂々としたたたずまいで、エドロードの前に立つ。
「領主エドロード、あんたの罪は明らかになった。あたしはこれから辺境の有力者たちに協力してもらって、きちんと事件を調査して、しっかりあんたを裁くつもり」
まるで裁判長、いやそれ以上だ、とラディルは思う。
「だから、あんたも観念して、自分のやってきたことの報いをしっかり受けなさい!」
10歳の少女から放たれた言葉に、エドロードがうなだれる。
「ぐうっ……! うおおおおっ……!」
血と悪にまみれた領主の、惨めな慟哭が響き渡った。
全てをやり終えたサーナは立ち尽くす。
そんなサーナの名前を、ラディルとベリネが呼ぶ。
「サーナ……」
サーナは二人に背を向けながら言う。
「あたしね、こいつらに村を滅ぼされてから、いいことなんて全然なくって……本当に、いつ死んでもいいや、だなんて思ってた」
その小さな肩が静かに震えている。
「だけどね、あたし……ラディルとベリネちゃんに出会えて、本当によかった!」
振り返った少女のその目は、涙で溢れていた。
ベリネは目を細めて、柔らかな笑みで応じる。
そして、ラディルは――
「俺もだよ」
と返したかったが、口にできなかった。
なぜなら、それを口にしてしまうと、自分の目にも涙が浮かんでしまいそうだった。
***
エドロードは拘束され、ラディルたちは他の町の有力者にもそれを伝え、本格的な調査に乗り出した。
ピエニ村の残骸からは他にもハルト鋼の破片が発見され、それはゴレノアたち護衛の持つ剣と一致したので、エドロードが盗賊の仕業に見せかけピエニ村を滅ぼしたことは公式に実証された。
彼の関与が疑われる他の村の跡地からも、似たような結果が報告される。
この件は王都にも伝えられ、エドロードは速やかに領主を解任される。
それどころか大罪人として王都に送られることとなった。
盗賊団を演じていた護衛たちともども極刑は免れない。
辺境の領主エドロードの失脚は、魔王が倒れた時以来の大ニュースであり、エラド王国中を騒がせることとなった。
ラディルの“勇者”としての名声も、今までのような町の便利屋としてのものではなく、辺境の闇を暴いたとして確固たるものとなった。
むろん、このニュースは今や“勇者”として国の重職につくアレスにも伝わる。
アレスは普段、城内の彼専用の個室で執務を担っている。
彼の側近の一人から、エドロード失脚の報告を聞く。
「エドロード殿を“勇者”が失脚させたというのか。その男の名前は?」
「ええと……ラディルというそうです」
「ラディル……!」
驚きの色を浮かべてから、アレスは笑った。
「そうか……。お前は約束を果たしてくれたんだな」
「は……?」
彼は国政に携わる勇者。やすやすと王都を離れられない身分にあるが、アレスは決意を固める。
ラディルに会いに行こう。
会って、約束通り酒を酌み交わそう。
もしかすると、これがあいつに会える最後の機会かもしれないから――
第三章終了となります。次回よりクライマックスとなる章に移ります。
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