第24話 領主エドロードを追い詰めろ!
ピエニ村から帰宅して、一夜が明けた。
朝早くからラディルたち三人は作戦会議を始める。
ラディルは余裕顔である。
「今日も奴は演説をやるらしいぞ。だけど、気の毒にな。その場で俺たちに悪行を暴かれちまうんだから」
ベリネも半ば心を弾ませながらうなずく。
「サーナの両親のおかげで“ハルト鋼の破片”という動かぬ証拠を手に入れることができた。間違いなく成功するだろう」
だが、サーナは渋い顔をしている。
「うーん、どうだろ」
「え?」とラディル。
「ラディルのおかげであたしのお父さんとお母さんはゴレノアに斬られたことが分かった。村の残骸からハルト鋼の破片も見つかって、エドロードも関与してることが分かった。でも、これだけじゃ足りない気がする」
「十分な気がするが……」ベリネが返す。
「相手は大商人だよ? 口も度胸もかなりのもののはず。今の証拠をぶつけてみてあっちが動揺でもすればこっちのものだけど、そんな甘い相手じゃない気がするんだ」
ラディルは鞘の中に眠る愛剣を握る。
「いざとなったら、俺の剣でムリヤリ吐かせてやるって!」
「ダメだってば! そんなやり方じゃ、ラディルが牢獄行きになっちゃう!」
「その通りだ、ラディル。剣で吐かせるなど下策もいいところだ」
ベリネが爪を見せつけるように右手を前に出す。
「いざとなったら、私の爪で吐かせてやる……!」
ほんの少し魔族形態に戻りかけているベリネを、サーナがたしなめる。
「ベリネちゃんも同レベル!」
自分の策を却下されたので、ラディルとベリネは落ち込んでしまう。
「10歳に怒られて、いい大人と魔族が落ち込まないでよね」
サーナはため息をつく。
そして黙り込んでしまう。
ラディルとベリネは「自分たちの頭が悪いせいか」とうろたえる。
「いいこと思いついた!」
サーナが突然叫び、残る二人はビックリする。
「な、なんだよ!?」
「何を思いついたのだ?」
「あたしとしたことが、すっかり忘れてたわ……。あたしたちにはこういう時にうってつけの仲間がいたってことが!」
「え、そんな奴いたっけ?」
ラディルが首を傾げると、サーナは得意げな表情になる。
「ベリネちゃんは知らなくても仕方ないけどラディルは知ってるはずよ」
「え、俺は知ってるの……?」
「うう……。私が知らない仲間がいるのか? なんだか悔しい……」
「まあまあベリネちゃん」
サーナがベリネの肩を叩く。
そして、真剣な表情になる。
「この方法ならあいつらを追い詰められるかもしれない。今からあたしの考えた作戦を説明するね。二人にもしっかり働いてもらうことになるから」
ラディルとベリネはまるで教師の教えを聞く生徒のような態度で、サーナの話を聞いた。
サーナの作戦を聞いた二人の反応は――
「いけるぜサーナ! これならあいつらをハメられる! さすが俺の相棒!」
「どういたしまして! あたしは戦えないから頭を使わないとね」
「よい作戦だ。しかし私も結構重要な役割だな……上手くできるかな……」
「大丈夫! ベリネちゃん可愛いし、きっと上手くいくよ!」
サーナは満面の笑みで応じる。
ラディルもこれに自信に満ちた笑みを返す。
「よし……辺境の英雄気取りの領主どもの正体をみんなの前で暴いてやろう!」
***
この日の昼すぎ、町長宅近くの広場では、再び領主エドロードの演説が行われていた。
スーツ姿のエドロードがにこやかに、集まった町民らに「視察させてもらったが、この町は素晴らしい町だ」という旨の美辞麗句を並べる。
その傍にはやはり護衛隊長のゴレノアが控えており、壇上の下にも護衛部隊は大勢いる。
「私はこのクワンの町にも必ずや巨万の富をもたらしてみせます!」
大仰に拳を握り締めるエドロードの姿に、人々は盛り上がる。
領主が町にやってくるという大イベントを無事にこなすことができ、町長ドルンとその息子ダニエルもホッとしていた。
「領主様の接待は大成功だ。よかったね、父さん」
「ああ、このまま何事もなく終わればいいんだが……」
ここ数日はずっと神経を尖らせていたので、互いの苦労を励まし合う父子。
しかし、残念ながら“何事”は起きてしまう。
壇上の下から、演説をしている二人に近づいてくる者があった。
辺境の自称勇者ラディル・クンベル。
黒髪黒目、愛用の皮の鎧を身に着け、剣を携え、勝気な顔をした若者。
勇者の相棒サーナ・ミリシュ。
オレンジのワンピースを着て、栗色の髪をサイドテールにまとめた少女。
町民らがざわつく。
特にラディルは先日ゴレノアに挑み、騒ぎを起こしたばかりである。
一部の住民が「リベンジだ」と盛り上がる。
「また貴様らか」
ゴレノアが排除に出向こうとするが、エドロードはこれを制する。
「まぁよいよい。ええと、ラディル君……だったね? 可愛い女の子まで連れて、どうしたのかね? また、ゴレノアに挑むつもりか?」
ゴレノアに信頼を置いているのか、寛容な態度を取る。
大勢の前で狭量なところを見せたくないというのもあるだろう。
また、ラディルはこの町では“勇者”として評判が高い。そんな男を粗末に扱うのは今後のためにならないという判断もあった。
ラディルが積み重ねてきた勇者活動が役に立った形となる。
「いいや、今日俺たちはお前らの悪事を暴きに来たんだよ! なぁ、サーナ!?」
サーナがうなずく。
「悪事……? ハハ、勇者殿はジョークが上手い」
エドロードは意にも介さない。紳士然とした笑みを浮かべる。
ここでサーナがさらに一歩前に出る。
「あたしはサーナ・ミリシュ! 盗賊に……ううん、あんたたちにお父さんとお母さんを殺され、故郷の村を滅ぼされた女よ!」
どよめきが湧く。
エドロードたちもピクリと顔を動かす。
サーナはかまわず続ける。
「エドロード・ランドラー! あんたのやったことをみんなにも教えてあげるわ! かつて大商人だったあんたはこのエラド王国の辺境に目をつけた! 王国南部からも相手にされてない地域だけど、逆にいえばそれだけ商売のチャンスがあるってこと! あんたにはこの土地が開拓しがいのある金を生むニワトリにでも見えたでしょうね! 大金を払って、あんたは辺境の領主として君臨した!」
よく澄んだ声で、言葉にはよどみがない。
「だけど、辺境を商業で栄えさせるには邪魔な存在があった。それは元々辺境で暮らしている人々。交通の便がいいところにはやっぱり元々の人が暮らしてるものだからね。あんたはそういう人たちをどうしても排除したかった。そして、魔王が現れ、王国が混乱し出したのも都合がよかった。だからあんたは盗賊の仕業に見せかけて、多くの村を滅ぼしたのよ。滅ぼした後はそこを商人たちの商業拠点として立て直すことで、利益と名声を一気に得ることができた」
エドロードの表情は変わらない。
だが、この状況で全く顔を変えないというのもかえって不自然である。
「あたしはあんたたちが滅ぼした村の一つ、ピエニ村の出身なの。村はもう完全に商人の拠点になっていて、面影は残ってなかったけど……近くの窪地に残骸は残ってた! そして、その中からこの破片を見つけたのよ! ……ハルト鋼の破片をね!」
サーナが右手に持った破片を掲げる。
「このハルト鋼は軽く頑丈な金属で、あんたの兵士にはこれ製の剣を持たせてるって言ってたよね。なんでそんなものの破片が、あたしの村の残骸にあったの? 答えは決まってる……あんたが部下に命じて村を滅ぼさせたのよ! そう、そこにいるゴレノアって奴とかにね!」
サーナがゴレノアを睨みつける。ゴレノアも表情を変えない。
壇上から爬虫類のような目つきでサーナを見下ろす。
が、サーナも臆することはない。
「あんたは領主なんかじゃない……自分の利益のために、多くの人を殺した大悪党よ!」
サーナがトドメの一言を決める。
隣にいるラディルはサーナの大立ち回りに感心し、「俺がこの役をやってたら、絶対しどろもどろになってただろうな」と苦笑する。
「さあ、何か言ったらどうなの!?」
サーナの言葉にエドロードは――
「何か言えと言われても、言うべきことなど何もないよ。私がゴレノアたちに命じて村を滅ぼした? ハルト鋼の破片があった? 取り合うにすら値しない、下らない妄言だ」
態度こそ穏やかだが、言葉には毒がある。
「ハルト鋼の破片などなんの証拠にもならんよ。確かに私は“部下の剣はハルト鋼製”と言ったが、それが村の残骸から見つかったからといって一体なんだというのだ? もしかしたら、ハルト鋼の武器を使う盗賊がいたのかもしれないし、あるいは君の村でハルト鋼の包丁なんてのを使ってたりして……」
「ハルト鋼って最近開発された金属なんでしょ? あたしの村にそんなのなかったし、そんなのを盗賊が独自に武器にできるっていうの?」
「しかし、可能性はゼロじゃない。破片だけで犯人にされては、私もたまらんな。ねえ、町長さん?」
突然話を振られ、町長のドルンは言葉を詰まらせる。
「う、うむ……そうです、な……」
隣にいる息子ダニエルも複雑な表情だ。
サーナがこんな嘘をつく子ではないことはよく知っているし、彼女の堂々とした口調は今の話が真実だと思わせるものがある。
が、やはり決定力に欠けている。
サーナとラディルは直球をぶつけたが、エドロードにはかわされてしまった。
怪しい部分はあるが、断定はできない。断定できなければ、罪とは言えない。
町の住民もそんな具合に落ち着き始める。
「さあ、お引き取り願おうか。演説の途中だったのでね」
エドロードが追い払うような仕草をすると、それに呼応するように一人の娘が現れた。
「その通りですわ!」
金髪で青い眼をした若く美しい娘だった。
いや、この場にいる誰よりも高齢だった。彼女は魔族としてはまだまだ若年だが、180歳。
現れたのはベリネだった。
普段より着飾っており、化粧もしている。
クワンの町にはあまりにも相応しくない“どこかのご令嬢”っぷりであった。
実際に魔王の令嬢ではあるのだが。
「わたくし、領主様がこの町におられると聞いて、はるばるこの町までやってきましたの。さあ、領主様を困らせるあなた方はどいて下さいませ」
ラディルとサーナを押しのけ、壇上に上がる。
そして、スカートの裾をつまみ、上品な一礼をする。
「わたくし、ベリネ・ベルトラージュと申します」
魔族であるベリネに姓はない。サーナがつけたデタラメのファミリーネームである。
即興でつけた姓だが、彼女の気品をより一層際立たせた。
「ベリネさん……お美しい人だね」
「まぁっ、ありがとうございます!」
「しかし、私になんの御用で?」
「お近づきの印に、我が家に伝わる宝剣を領主様に差し上げたいと思いまして……」
ベリネは片膝をつき、両手で鞘に入った状態の剣を差し出す。
ゴレノアが訝しげな表情をするが、エドロードは笑顔で応じる。気品漂う娘が跪いて剣を差し出しているのに、無視するのはあまりに体面が悪い。
それに、ラディルとサーナを押しのけてくれたことも、彼にとって好印象だった。
エドロードは“宝剣”を手に取る。
そして、鞘から抜いて、刀身を眺める。
「ふーむ、私は剣については素人だが、これは素晴らしい剣だ」
なんてことのない光景である。
だが、大勢が見守る中、ダニエルは気づいた。
あの剣は……!
次の瞬間、エドロードの目つきが変貌する。
「アハハハーッ! そうだよ、俺がやったんだ! 俺はどうしてもこの辺境の“王”になりたくてよぉ! 金で雇ってるこいつらを、盗賊に見立てて村を滅ぼさせたんだ! 俺の計画には邪魔になる村をよぉ!」
エドロードの変わりぶりに、皆が驚いた。
「さっきのガキのピエニって村もそうだが、いくつもやらせたなぁ……。だが、別に俺は人殺ししてるつもりなんてないぜ。あんなのは害虫駆除みたいなもんだ。花を育てようとする花壇に虫ケラがいたら、誰だって取っ払うだろ? それとおんなじさぁ!」
独白はまだ続く。
演説の時よりも生き生きしてるようにも見える。
「ゴレノアたちも血には飢えてるからな。俺は儲けられる、こいつらは殺しを楽しめる。なんの儲けにもならねえゴミみてえな村はこの世から消える。まさにいいこと尽くめってわけさ! もちろん俺はこんな辺境で満足するつもりはねえ! このクワンとかいうさびれた町もとっとと改造して儲けられる土地にしてやる! 感謝しろよ、ゴミども! いずれは王都にも触手を伸ばしてやる! 俺は金でこの国を乗っ取ってやるんだァァァァァ!!!」
天を仰ぎ、狂ったように笑い続ける。
ゴレノアが“宝剣”から出ているオーラに気づく。
「この剣かッ!」
自らの剣を振るい、エドロードの手から“宝剣”を弾き飛ばす。
壇上に落ちた宝剣は、ベリネに拾われる。
「見事だったぞ」
『あ、あざっす……』
“宝剣”の正体は、かつてダニエルを操り、辻斬りをさせた妖刀だった。
持ち主の内なる邪心や欲望を露出させる効力を持つこの剣が、エドロードの本性を引き出すのに役に立った。
あの事件以降、家の目立たぬところにしまい込まれていたが、サーナが思い出したのだ。
ちなみにベリネは今日初めて妖刀と出会い、柄を握ったが、全く操られることはなかった。
妖刀は魔王の娘であるベリネに、早々に格の違いを認め、服従してしまったのである。
『しっかし、オレがこんな形で役に立つとはね。それにしても、この領主、今までにオレを握った奴の中でダントツで腹黒いっすよ。オレが言うのもなんだけどヘドが出るような悪党って奴です』
「うむ、そのようだな」
ベリネの口調も元に戻っている。もう可憐な令嬢を装う必要はない。
エドロードは自分のやらかしたことに自覚はあるらしく、わなわなと震えている。
ゴレノアも無表情だが、こめかみに血管が浮き出ている。
ラディルはここぞとばかりに、エドロードとゴレノアに剣の切っ先を向ける。
「よくやった、ベリネ! 妖刀! さあ、年貢の納め時ってやつだぜ……領主さんよォ!」




