第23話 サーナ、両親との再会
「会いたかったよ……!」
サーナが父と母に泣きつく。
二人の体はすでに冷たくなっているが、不思議と温かみを感じられた。
――が、すぐに涙を拭き、本題に入る。時間は限られている。
「お父さん、お母さん、あのね……」
サーナはこれまでの経緯を簡単に説明した。
ラディルとベリネの紹介を交えつつ、ゴレノアを追い詰められる材料を手に入れたいと教えを乞う。
サーナの父は穏やかな顔つきで、顎を触りつつ、答える。
『サーナ、だったら村の痕跡を調べてみるしかないな』
「村の痕跡? ダメだよ、もうすっかり商業拠点になってて……痕跡なんてどこにも残ってないよ!」
『そうかな? 例えば村に建っていた家々、それをそっくり消し去ることなんてとても無理だろう』
「まあね。取り壊しても燃やしても、残骸は残るだろうし」
『そういう残骸をどうするかは海や川に沈めるというのが手っ取り早い。だが、このあたりには海も川もない。となると……』
サーナはすぐに思いつく。
「村の近くに窪地があった……もしかしたら、あそこかも!」
『よく気づいたな。さすが私たちの娘だ、サーナ』
『もう、あなたったら親バカなんだから。でもすごいわ、サーちゃん』
父に褒められ、母に撫でられ、サーナは無邪気に喜ぶ。
ラディルは、時折サーナはクイズのような形で俺たちに物事を考えさせることがあるが、あれは父譲りだったんだな、と感じる。サーナはきちんと受け継いでいる。
話がひと段落したところで、サーナの父母はラディルとベリネに目を向ける。
『あなた方はサーナの保護者をしてくれているのかい?』
この問いに二人は否定するように首を振る。
「いいえ、サーナは俺の相棒です」
「私はサーナの友達だ」
断じて“保護”しているわけではない、と二人は両親に伝える。
ラディルは続ける。
「サーナは濡れ衣を着せられた俺を持ち前の頭のよさで助けてくれました。サーナがいなければ、俺はどうなっていたことか……。だからこそ、俺はサーナのためにも必ずあなたたちの仇を取ります」
ベリネも続く。
「私もサーナの友達として……あなた方の力となりたい」
『ありがとうございます』
サーナの両親は揃って礼を言う。
娘は一人ではないと知って、心底から安堵した表情である。
悔いがないとは言えないが、この二人になら、安心して娘を託すことができる。
そして、サーナに別れを告げる。
『元気でな、サーナ。二人を困らせちゃダメだぞ』
『サーちゃん、体に気をつけてね……。毎日ちゃんと食べるのよ……』
二人の体は光の粒子となって、ベリネの言う通り跡形もなく消えてしまった。
二度目となる、両親との別れ。
だが、サーナの目に涙はなかった。とびきりの笑顔でラディルたちに振り返る。
「次にやることは決まったよ! 村の近くに窪地があったはずだから、そこに行こう!」
サーナの眼差しはしっかりと前を向いている。
両親の仇を討つべく、まっすぐ進むのみ。
サーナの読みでは、ピエニ村の残骸は近くの窪地に処理されている。
窪地には徒歩で向かう。
その道中、ラディルはベリネに尋ねる。
「さっきみたいなこと、魔族はみんなできるのか?」
「私とて他の魔族が何をできるか熟知してたわけではないが、おそらく私だけだろう」
「そうか……なんとなく分かった気がするよ、お前が魔王に追放された理由」
「……」
「それは女だからとか、実力不足だとかじゃなく、お前の力は……魔王の娘としてはあまりにも優しすぎたんだと思う」
魔族は本能的に支配と破壊を好む。
弱者は蹂躙し、支配するための存在に過ぎない。
死んだ者――つまり弱き者を顧みるなどとんでもない。
だが、ベリネはそんな死者に寄り添うことのできる能力を持っていた。
人間の価値観と照らし合わせると、国王の娘が大悪党のようなもの、と言ってもいいかもしれない。
だから、追放された。
今にして思えば、ロックビーストを巨大化させたのも、切り株に座ったら芽が生えていたのも、この彼女独自の力による副産物だったのだろう。
他の生物に、まして死者にすら活力を与えるベリネの能力は、魔王から忌み嫌われ、魔界から追放される要因となった。
「……っ! 悪い、無神経なことを言ったな……つい……」
「かまわん。自分でもそう思っていたし、遠慮なく言ってくれる方が私は嬉しい。それに追放されたおかげで、お前たちに出会えたからな」
“追放されたおかげでお前たちに出会えた”
ベリネのこの言葉が、ラディルとサーナの心に優しく響いた。
***
サーナの父から得たヒントを元に、三人はピエニ村近くの窪地に着いた。
大地が大きく凹んでおり、何かを処分するにはうってつけの場所といえる。
ピエニ村の建物を取り壊して、その残骸を捨てるのはここしかないと踏んだわけだが――
「サーナ。お前の父さんの読みはさすがだったな」
「うん」
窪地には大量の木材が投棄されていた。
いずれも黒焦げなので、燃やした後に処分したのだろう。
ピエニ村の墓場とでもいうべき状態である。
サーナとしては故郷をこんな扱いにされて悔しいだろうが、今は嘆いている時ではない。
ここにゴレノアが盗賊団なことを示す証拠は必ずあるはず。
三人は探し始める。
乱雑に残骸が捨てられているため、捜索は捗らなかったが――
三人の中でも特に目がいいベリネが何かを発見する。
「金属の破片があったぞ!」
ベリネは指で小さな金属片をつまんだ。
ラディルとサーナが駆け寄り、それを見る。
「刃物みたいだね。これが襲撃の時に折れた剣の破片とかなら、あいつに繋がるんだけど……」
「……」
ラディルは立ち尽くしていた。
「ん、どうしたの、ラディル?」とサーナ。
剣の達人であるラディルはすぐに見抜いた。
「これはあいつの使ってた剣……ハルト鋼とかいう金属だ」
ベリネは感心する。
「よく分かるな、ラディル。じゃあこれでゴレノアたちはやはりサーナの村を襲撃したことが分かったわけだ」
だが、ラディルが愕然としたのはそこにではなかった。
「なんで……領主の部下しか持ってないはずの剣で……?」
エドロードは得意げに宣伝をしていた。
ハルト鋼は最近開発された金属で、自分の兵士にはこれ製の剣を持たせている、と。
サーナもうなずく。
「やっぱり、こういうことだったんだ……」
「二人とも、どういうことなんだ? 私にも教えてくれ!」
ラディルは眉間にしわを寄せる。
「つまり……サーナの村を滅ぼした黒幕は、あの領主だってことだ」
ベリネの顔が引きつる。
「バカな……なぜ領主が? 自分の領の村を滅ぼしてどうするというんだ!?」
サーナが答える。
「答えは簡単だよ、ベリネちゃん。あの領主エドロードは辺境を商業で活性化させたかった。そのためには交通の要地に商人たちの拠点を築きたかった。でもそこに村があったら?」
「その理屈は分かるが……しかし! 何らかの手段で村人たちを立ち退かせれば済む話ではないのか!?」
「そんな面倒なことやるより、自分で滅ぼした方が早いと思ったんでしょ。当時は魔王の影響で辺境の治安は悪かった。いくらでも盗賊のせいにできちゃう。それに、“自分の開発のために村人を移住させた領主”より“滅んだ村を商業エリアとして復活させた領主”の方が見栄えもいいしね」
「ぐっ……!」
ベリネはまだ信じられないといった表情だ。
もちろん魔界でも魔族同士の争いはあるが、構造はもっとシンプル。
一つの村を盗賊の仕業に見せかけて滅ぼし、自分の手で再開発する……などという回りくどいことはしない。
ショックを受けていたのはラディルも同じだった。
「サーナ、お前はこの真相が分かってたんだな?」
「確信があったわけじゃないけど……あの領主、前科のある男を護衛に雇うような間抜けには見えなかった。だとしたら、エドロードとゴレノアは最初からグルだった……としか考えられなかったの」
ラディルが「ゴレノアはのうのうと領主の護衛に収まったのか」と憤った時、サーナは何も答えなかった。
あの時、すでにサーナは“黒幕はエドロードではないか”という予感を抱いていた。
「俺は……ここまで人にムカついたのは生まれて初めてかもしれねえ」
「……ラディル」
「魔王だってエラド王国を狙った時は“俺は国を狙う悪です”と堂々としていた。だが、あの領主は違う! 極悪人のくせに、自分は辺境を救うヒーローですとばかりに振舞ってやがる! こんなクソ野郎は初めて見た!」
領主らへの怒りで、ラディルは歯を食いしばる。
「くそぉぉぉぉぉっ!!!」
地面を殴る。
その迫力に、サーナもベリネも口を挟めない。
だが、振り返るとすでに元通りの顔に戻っていた。
「ふう、スッキリしたぜ。こっからはミスが許されない勝負になるからな。頭冷やさないと」
サーナとベリネはホッとする。
「うん、そういう顔してる方がラディルらしいよ!」
「うむ、私もそう思う」
「ところで……さっそくミスしちまった」
「え、どうしたの?」
「結構思いきり地面を殴ったから、拳が痛い……!」
「何やってんのよ! セネックさんの薬持ってきたから、塗ってあげる! 手、出して!」
「優しく塗ってくれよ。優しく……」
そんな二人を見て、ベリネは笑みをこぼした。
それからすぐ、三人はピエニ村跡地に別れを告げる。名残惜しいが、今は少しでも急ぎたい。
行きと同じようにベリネが馬車の御者を務める。
道程は順調で、これならば今日中にクワンの町に帰ることができるだろう。
勝負は明日――領主エドロードと腹心ゴレノアの悪事を暴き、報いを受けさせる。
三人はそう決心した。




