第22話 サーナの故郷へ
翌朝、ラディルは近所の家から馬車を借りる。
二頭の馬が馬車を引き、御者の席が一つ、後ろに二人座れる屋根のない馬車である。
ラディルが御者を務めようとするが、馬はなかなか思い通りに動かない。
「おっとと……結構気性が荒い馬だな」
「どれ、私が替わろう」
ベリネが御者をやるという。
「大丈夫なのか?」
心配をよそに、ベリネが手綱を握ると馬はとたんに大人しくなった。
サーナがすぐにニセ勇者ニセ魔王の件を思い出す。
「そういえばあの時もベリネちゃん、オークをあっさり降参させてたもんね。それに比べれば馬ぐらいどうってことないか」
「そういうことだ」
顎を上げ、ベリネがドヤ顔を浮かべる。
「二人とも乗るがいい。私がサーナの故郷まで連れていってやろう!」
言う通りにラディルとサーナは馬車の座席に座る。
「さ、ゆくぞ! 歩け、馬よ!」
馬車が動き出すが、サーナがぼそりと指摘する。
「ベリネちゃん、進む方向逆だよ」
「あ……ごめん」
顔を赤らめるベリネに、ラディルもくっくっくと笑った。
しかし、一度動き出すとベリネの馬車操縦は巧みだった。
ほとんど舗装されていない道路を、順調に進んでいく。
時折魔物や魔獣が姿を見せるが、ベリネのひと睨みですぐさま逃げ去ってしまう。
ピエニ村までは問題なくたどり着けそうだ。
ラディルが横に座るサーナに確認を取る。
「サーナは村に戻ったことはないって言ってたな」
「うん……出ていったっきり」
「つまり今、村がどういう状態かは知らないのか」
「まあね。だけどなんとなく想像はつくよ」
「どういう?」
「領主様が滅んだ村は建て直ししてるから……今は商業地帯みたいになってるんだと思う」
「商業地帯……ねえ」
ラディルはなんとなく大勢の商売人が「らっしゃい、らっしゃい!」とやっているような光景を想像した。
馬車は進んでいく――
***
昼をいくらか過ぎた頃、馬車はピエニ村に到着した。
正確には、ピエニ村があった場所――であるが。
「全然違う……」
サーナの第一声はこれだった。
ピエニ村があった場所は、サーナの予想通り商業地帯として生まれ変わっていた。
店がたくさん並び、商品を保管する倉庫や、居住区も存在する。
商人たちの商いの拠点であり、兵士や旅人にとっては貴重な休憩・補給地点となる。
盗賊や魔物対策に、警備兵たちも配備されている。
「巨大商業エリア……ってところか」
ラディルが言うと、サーナが笑う。
「いい表現。確かにそんな感じだね。あの領主様の方針で、あちこちにこういう場所が作られてるんだろうね。そして、お金を生んでいく」
ラディルはサーナの言い方にややトゲがあったことが気になった。
「それじゃ、当時のことを覚えてる人がいるか、聞き込みといくか!」
「そうだね!」
三人は商人たちへの聞き込みを始めた。
ピエニ村が滅んだ時のことを知っている者がいるかもしれない。
「ピエニ村? いや、全然知らない」
「俺はエドロードさんの誘いでここに来ただけだからなぁ」
「盗賊? うーん、分からないなぁ……」
だが、当時のことを知る者はなく、ゴレノアに繋がるような手がかりは得られなかった。
ラディルとベリネは落胆するが、サーナはこうなることが分かっていたような表情だ。
「やっぱりダメか。だったら最後の手段しかないね」
「最後の手段? まだなんかあるのか?」
「お墓参りに行こう! さすがにこれはまだ残ってるはずだから!」
お墓とは、すなわちサーナの両親や、村人たちが眠る墓地だ。
この商業エリアの外れにあるはずだという。
三人が向かうと、石が置いてあるだけの簡素な墓がいくつも並んでいた。
「あたしが作ったの」
サーナが少し寂しそうに言う。
その声が、ラディルとベリネの胸にずきりと突き刺さる。
おそらくはサーナ自身にも刺さっている。
「だけどナーバスになってる暇はないんだ。これから、あることをしなきゃいけないんだから」
「あること?」
「お父さんとお母さんのお墓を掘り起こすの」
「墓を!?」
「なぜだ、サーナ!」
ラディルもベリネも驚いた。
「決まってるでしょ。お父さんやお母さんの体には傷がついてるはず。そして、ラディルの左腕にも……。剣の達人のラディルなら、とりあえずあいつの仕業だって判断ぐらいはできるかもしれない」
「そりゃできるかもしれないが……」
墓を暴くことには当然ためらいがある。
安らかに眠る死者に鞭を打つに等しい行為なのだから。
だが、ラディルは決心する。
全てはゴレノアの悪事を暴くため。墓ぐらい暴かなくてはならない。
あの曲がりくねった太刀筋と本性を持つ剣士を倒すためなら、己を曲げなくてはならない。
「火砕斬ッ!」
地面に剣を突き刺し、一気に振り上げる火砕斬。
ラディルが五割程度の力でこの技を出すと、地面の下の棺を見つけ出すことができた。
サーナが棺の蓋を開ける。
その中にはサーナの父と母が眠っていた。幸い、腐食はほとんど進んでいなかった。
辺境の低い気温も味方したのだろう。
二人とも、胸のあたりに大きな傷を負っている。
サーナは一瞬顔を強張らせるが、ラディルに言う。
「お願い、二人の傷口を見てあげて」
「ああ、分かった」
ラディルは剣に人生を捧げてきた男である。
自分に並ぶ剣士は今や勇者となったアレスぐらいのものだろうと自負できるほどに。
数え切れないほど剣を振ったし、多くの太刀筋を研究してきた。
だからこそ、棺に眠るサーナの両親を見て、すぐに分かった。
「あいつだ……間違いない」
剣の達人であるラディルだからこそ、一目でゴレノアの仕業だと分かった。分かってしまった。
ラディルとしてははらわたが煮えくり返る思いだったが……あえて喜んでみせる。
「これであいつを追い詰められるな!」
喜ばなければ、サーナの父と母は報われない。
だが、サーナは首を横に振る。
「これだけじゃダメだよ。まだあたしたちの中でゴレノアの犯行だと確信できただけ」
ラディルが「剣の達人の俺の目から見て、サーナの両親を斬ったのはゴレノアだ!」と主張したところで、「似た太刀筋を持つ人間などいくらでもいる」と言われればそれまで。
「何かもっとこう、決定的な証拠や証言が欲しい」
亡き両親と再会して胸が締め付けられるような思いであろうに、サーナは努めて冷静に話す。
ぬか喜びも、諦めることも、するつもりはない。
ラディルの相棒として。
「だが、俺の中ではもうあいつが犯人で、盗賊団のボスだ。100パーセント断言できる。俺が斬っちまえば……」
「冷静になってラディル。そんなことしたら、アレスさんに届くのはラディルの名声じゃなく悪評だよ」
「そうだな……悪い、サーナ」
すると、ここまで黙っていたベリネが――
「私なら、どうにかできるかもしれん」
「ベリネちゃん?」
「サーナ、私なら……お前の両親に話をさせることができる」
サーナとラディルは大きく目を見開いた。
「生き返らせるわけではない……。だが、私ならばサーナの両親をほんのひと時だけ現世に呼び戻すことができる。二人から有力な話を聞けるかもしれない」
ただし、とベリネが付け加える。
「これをやると、依り代となる二人の遺体は跡形もなく消え去ってしまう。現世に戻るというのはそれほどのエネルギーを使うんだ。つまり、サーナの両親の痕跡がこの世から完全になくなってしまうことになる。……どうする?」
深刻な表情でベリネが告げる。
サーナはベリネの心遣いが嬉しかった。
父と母の亡骸を「遺体」を表現してくれたことにも、彼女の優しさを感じた。
そして、少し考えた後、答える。
「もし、できるのなら……やって欲しい。お父さんとお母さんに話を聞ければ、きっと見えてくるものがあると思うから……」
ベリネはうなずいた。
「分かった……。では、やってみよう」
ベリネは呪文を唱え始める。
人間であるラディルとサーナには全く分からない言語であり、恐らく魔族特有の言語だろう。
しかし、その響きはとても美しく、ベリネの澄んだ声も手伝って、まるで上質な歌を聴いているような感覚すら抱く。
「魔族の術……“魔法”ってやつか」
ラディルはかつて戦った魔族のことを思い出す。
手から炎を出したり、冷気を出したりする者が大勢いた。
彼らに対抗するには、“風林火山”の技のような超人的な技が不可欠だった。
「綺麗な声……」
サーナはうっとりしている。
やがて、サーナの両親の体が光に包まれる。
ベリネの術が成功した。
棺の中の二人はゆっくりと上体を起こし、きょろきょろと周囲を確認する。
『ん……ここは……。サーナ!?』
『サーちゃん!?』
サーナの両親がサーナに気づく。
二人とも、サーナにその面影を残す顔立ちで、そして穏やかな雰囲気を纏っていた。
生前は優しい両親だったのだろう、ということがすぐに分かる。
サーナの母はサーナを“サーちゃん”と呼んでいたようだ。
「お父さん、お母さん……!」
サーナは目を潤ませ、二人に飛び込んだ。
親子の再会。
ラディルは「よかったな、サーナ」と心の中でつぶやき、ベリネはにっこりと微笑んだ。




