第21話 ラディルの挨拶
「あいつが……盗賊だってのか!?」
ラディルの問いにサーナがかすかにうなずく。
「うん……。一瞬だったけど、顔は覚えてる……。多分あいつが盗賊たちの首領……」
サーナの記憶が正しければの話ではあるが、ラディルは今さら彼女の記憶力を疑わない。サーナの実年齢以上の聡明さはよく知っている。ベリネも同様である。
「ってことは盗賊やってた野郎が、のうのうと領主の護衛になりやがったってことか……!」
歯を食いしばるラディル。
サーナは何か思うところがあるのか、これには答えない。
ベリネも沈痛な面持ちである。
「とにかく……あいつが犯人なんだろ。だったら――」
いつになく鋭い眼で、ラディルは壇上を睨みつける。
だが、サーナが袖を掴む。
「ダメだよ、ラディル!」
「なに?」
「証拠は何もないの。あたしの記憶だけ……。こんな状況であいつを斬ったら、とんでもないことになる! お願い、やめて!」
ベリネも口惜しそうに同意する。
「その通りだ、ラディル。今奴を斬れば、お前が終わる。それぐらいは私にも分かる」
ラディルはしばらく立ち尽くしてから、
「心配すんな。ちょっと挨拶してくるだけさ」
とエドロードたちがいる壇上に歩いていく。
壇上では護衛隊長ゴレノアが演説をしている。
主であるエドロードのように芝居がかったものではなく、淡々と「護衛や治安維持の職務を忠実にこなす」という内容の話をしている。
面白い話ではないが、そのことがかえって皆に「このゴレノアという男は頼りになる」と印象を根付かせる。
そこへ――
「こんにちは!」
階段を昇り、ラディルが壇上に上がる。
皆の注目がラディルに向かう。
町長ドルンは慌てた様子だ。
「ラディルさん!? なぜあなたがここに……?」
「彼は?」とエドロード。
「彼はラディルといって、この町で暮らす剣士です。非常に頼りになりまして、ワシや息子も日頃から世話になっていて……」
「ほう……」
エドロードはラディルに興味を抱いたようだ。
「ラディル君、私に何か用かね?」
「いや……俺はそっちの護衛さんに用があるんだ」
ゴレノアがピクリと反応する。
「俺はこの町じゃちょっとした有名人でね。剣の腕にも自信がある。一手ご指南願えないかい?」
ゴレノアは無表情だ。その目は爬虫類のような印象も受ける。
「彼はそんなに強いのかね?」
エドロードが町長ドルンに尋ねる。
「ええ、まあ。町の“勇者”として活躍しておりまして、巨大なロックビーストを打ち破ったこともあります」
「勇者? 魔王を倒した勇者アレスにしか許されぬ称号を名乗っているのか。よほど自信があるようだな」
その勇者アレスと一緒に魔王を倒しました、とラディルは言いたいが、もちろん言わない。
今はそれどころではない。
「どうする? ゴレノア」
「受けて立ちましょう。この男、なかなかできるようですから」
ゴレノアが剣を抜く。ラディルに興味を抱き、剣を交えたい気持ちになった。
いい余興になると判断したのか、エドロードもこれを止めない。
「ん……?」
初めて見る刃の煌めき。ゴレノアの剣は、ラディルには見たこともない材質だった。
ラディルも剣を抜き、二人が臨戦態勢となる。
ゴレノアは間違いなく強いが、町の人間もラディルの強さは十分知っている。
どちらが勝つか、全く予想がつかない。
固唾を飲んで見守る。
エドロードが審判のように振る舞う。
「ではお互い軽く手合わせしてみてくれ。始めっ!」
壇上で試合が始まった。
ラディルとゴレノアは、それぞれ剣を中段――正眼に構えて睨み合う。
壇上は試合をするには狭いので、フットワークは役に立たない。純粋な剣技による勝負となるだろう。
睨み合ったまま時間が過ぎる。
挑戦したこちらから動くのが筋だろうな、とラディルが右足から踏み込む。
鋭い踏み込みから、強烈な振り下ろし。
これをゴレノアは剣を横にして受け止める。
返しの一撃がラディルの胴に迫る。バックステップでこれをかわす。
間合いが広がる。一瞬の攻防に観衆から「おおっ……」と声が湧く。
ゴレノアが攻撃に移る。
上段、中段を織り交ぜた、曲線を描く鋭い連撃。
やり辛い剣だな……と思いつつ、ラディルも全て危なげなく剣で受ける。
これぐらいできなければ、打倒魔王は務まらない。
「なるほど……やるな」
ゴレノアが唇を嬉しそうに歪める。
表情らしい表情を見せるのはこれが初めてとなる。
この瞬間、ラディルは確信する。
こいつは――人を斬るのが好きな人種だ。それも相手は問わない。“悪”の匂いがすると。サーナの村を滅ぼした犯人に間違いないと。
ゴレノアが剣を右手のみに持ち替える。
「究曲乃太刀」
言った瞬間、鋭い突きが繰り出される。
空気を切り裂くように、切っ先がラディルに迫る。
ラディルはもちろん受けようとするが――
ラディルの剣をするりとかわすように、突きは軌道を変化させた。
「うおっ!」
二人の間合いが開いた。
ラディルの左腕には三日月のような傷がついていた。
曲がる軌道の突きが、肉を抉った。
そこから血が噴き出す。
「よくかわしたな……」
「なんだ、今のは……」
ラディルの顔にも汗が浮かぶ。
反応はできた。しかし、かわし切れなかった。
「ストップ! そこまでだ!」
試合を止めたのはエドロードだった。
「これはあくまで手合わせ。これ以上やればお互い本気になってしまう。ゴレノアは流石だったし、ラディル君もよくやってくれた! その傷はきちんと治療してくれたまえ!」
引き分けを宣するようでいて、さりげなくゴレノアを持ち上げている。
無傷のゴレノア、出血しているラディル、どう見てもラディルが劣勢に見えてしまう。
「勉強になりました。見たこともない太刀筋でした。それと、その剣も……」
ラディルは相手とその武器に敬意を表すように、丁寧に頭を下げる。
これにエドロードは気をよくしたのか、
「やはり君ほどの剣士ならば分かるかね。そう、ゴレノアの剣はハルト鋼でできていてね」
「ハルト鋼?」
「他国で開発された新しい金属さ。まだまだ知名度は低いが、軽くて頑強、これがゴレノアの技をさらに引き立てているのだ。私の兵士には皆、これ製の剣を持たせているよ。よかったら君も一本どうだね?」
商人上がりのためか、宣伝となると特に舌が回る。
「……考えておきます」
ラディルは壇上を降りる。
「すごい戦いだったな」
「でも、あのゴレノアって奴のが上だったな」
「うーん、ラディルさんでも勝てないか……」
町の人間はやはり「今の試合はラディルの負け」と見ている。
ラディルを知るダニエルやセネックたちは残念がる。
“挨拶”を終えたラディルをサーナとベリネが出迎える。
「大丈夫!?」サーナが心配そうに駆け寄る。
「ああ、これぐらいならセネックに薬をもらえば……」
ベリネも険しい表情を見せる。
「やはり強かったな、あの男……」
「ま、俺も本気じゃなかったけどな」
ラディルはおどけてみせる。
「とりあえず一度帰ろう。作戦会議だ」
これ以上はここにいても仕方ないと、ラディルたちは家に戻ることにした。
***
家のリビングで、サーナは落ち込んでいた。
ソファに座り、暗い面持ちでうつむいている。
両親の――いや、故郷の仇を見つけてしまい、しかもそいつは領主の護衛に収まっている。村が滅んだ日のことも鮮明に思い出してしまった。無理もないだろう。
しばらくはそっとしておこう、とラディルとベリネはあえてサーナと距離を置く。
ところが――
「いよしっ!」
サーナが自分の両頬を両手で叩く。ピシャリと音がした。
「もう大丈夫! もうしっかりしなきゃ! よしっ!」
想定よりもだいぶ早く立ち直ったので、ラディルとベリネは驚いてしまう。
「ラディル、さっきの傷はどう!?」
「この通り、薬塗って包帯巻いたよ。問題なく動く」
包帯を巻いた左腕をぐるぐる回すラディル。
「ベリネちゃん、さっきはありがと! 胸の中、気持ちよかった!」
「そうか、よかった!」
サーナの復活にベリネも安心する。
「せっかく仇に会えたんだもん。三人の中の頭脳担当のあたしがしっかりしないとね!」
この言葉にラディルとベリネは――
「いや、ホントにおっしゃる通りでございます……」
「サーナがいないと何をしていいかも分からん……」
「二人とも、もうちょっとしっかりしてね!」
いつもの調子が戻ってきた。
気を取り直して、三人でテーブルを囲み、今後どうするか考える。
ラディルが傷を受けた左腕をさすりながら言う。
「とりあえず、あのゴレノアが昔は盗賊で、サーナの村を滅ぼした張本人ってことを暴かなきゃならないな」
サーナがうなずく。
「その通り! だけど、あたしの記憶だけじゃとてもあいつを追い詰めることはできない」
「ならばどうすれば……」とベリネ。
「だから……あたしの故郷に行こうと思うの!」
ラディルは目を丸くする。
「サーナの故郷、たしか“ピエニ村”だっけ」
「そう! あたしも出て行ってから、戻ったことはなかったけど……もしかしたら、あのゴレノアを追い詰められるような手がかりがあるかもしれない」
ピエニ村はクワンから北西にあり、ちょうどモルビス村と同じぐらいの距離らしい。
二、三日あれば行って帰ってこられる。
エドロードと護衛たちは、数日間はクワンに滞在することになっており、その接待は町長ドルンやダニエルたちが行う。
ピエニ村に行って戻って、ゴレノアを糾弾することは十分可能といえる。
「決まりだな! 明日一番でピエニ村に行こう!」
目的が決まり、三人は寝支度をする。
ベリネはネグリジェ姿でサーナを抱きしめるように寝室のベッドに横たわり、サーナはそこでうっすら涙しながら眠っていた。以前は姉妹のように見えた二人だが、今日はまるで母子のようであった。
一人起きていたラディルは負傷しているにもかかわらず、リビングで酒を飲む。
飲まずにはいられなかった。
そして、眉間にしわを寄せ、誓う。
サーナ、あのゴレノアって奴は必ず俺が――




