第20話 辺境の領主エドロード・ランドラー
ある日の昼食時前、町長宅付近にて、ラディルとダニエルは剣の稽古を終えていた。
ダニエルが残念そうに言う。
「ラディルさん、少しの間剣の稽古はお休みさせてもらいます。しばらく父さんを手伝わなければいけないので……」
「町長さんを? 何かあるのか?」
「今度、この辺境全体をまとめる領主がこの町に来るんですよ。初めてのことだし、父さんは接待慣れしてないんで、僕も手伝わないといけないんです」
「辺境全体の領主か……」
そういえばサーナから聞いたことがある、とラディルは思い返す。
元商人で、爵位を買ったやり手の領主だとか。
そんなのが来るなら町総出レベルの歓迎をしなきゃいけないだろうな、ラディルは町長らのプレッシャーを労った。
***
日が沈み、夕食時となる。
ラディル、サーナ、ベリネの三人がリビングで食卓を囲む。
「そういや今度、領主がこの町に来るらしい」
パンを食べつつ、ラディルが話題を振る。
「領主? ああ、エドロードって人か。ついに来るんだ」
サーナがトマトスープを飲みながら応じる。
エドロードは普段は辺境のもっと大きな町に住んでおり、領主として辣腕を振るっているとのこと。
「なんでこの町に来るんだろうな?」
「クワンの町は辺境で一番南にあって、王都にも近いから、いよいよここを本格的に商業都市として開発していく気じゃないかなぁ」
クワンの町は西の商店地帯など一部栄えている箇所はあるが、まだまだ“所詮は辺境の町”と言わざるを得ないところも多い。
領主が直々に開発に手を入れてくるとなれば、加速度的に町全体が活気づくことも大いにありえる。
「町長さんやダニエルが気合入れるわけだ」
ラディルがコップに入った酒を飲む。
「お前も気合を入れるべきではないか? ラディル」
ベリネが横目でラディルを見る。
「え、なんで?」
「お前の目的は王都にいるアレスまで、お前が勇者として活躍してるニュースを届かせることだろう? 辺境の領主の前で活躍の一つもすれば、その目的に大幅に近づくことになるのではないか?」
「あ、そっかぁ!」
「ベリネちゃん、鋭い!」
「フフフ……私だってたまには鋭いのだ」
自賛とも自虐とも取れることを言いつつ、ベリネがニヤリと笑う。
「よし!」
ラディルが皿に載った肉をフォークで刺し、一口で頬張る。
咀嚼して飲み込むと、意気揚々と宣言する。
「領主の前でカッコイイところを見せられるよう、頑張るか!」
サーナが小声でささやく。
「空回りしないようにねー」
***
一週間が経ち、いよいよ辺境の領主エドロードがクワンの町に訪れる日がやってきた。
町全体がにわかにざわついている。
このイベントはエラド王国南部でいえば、国王が自分の町にやってくることに等しい。領主がどんな人なのか、この町に何をもたらすのか、気になるのは当然であった。
昼すぎ、立派な馬車がクワンの町にやってくる。
馬車の周囲は、馬に乗った大勢の護衛が固めている。
「すげー……」
「まるで王様だな」
「お前王様見たことあんのかよ」
「あれが領主様なのね」
「わぁ~、おっきい馬車!」
町の人間が感嘆の息を吐く。
馬車の窓からエドロードが腕だけを出して、手を振る。
親しみやすさを感じさせつつ、自分の顔は出さず、神秘性も演出している。
歓声が湧いた。
領主の視察巡行としては上々の出だしといえる。
まず、エドロードは町長宅に向かい、準備を整えた後、町の広場にて演説を行うのだという。
ラディルたちもまた、エドロードの演説を聴こうと広場にやってきていた。
広場には大きめの演壇が用意されており、大勢がそれを扇形に囲むように集まっている。
「いやー……すごい人だな」とラディル。
「この町でこんな大イベント、滅多にないしね」サーナも同意する。
「うーむ、楽しみだ」ベリネも興味津々の様子だ。
まずは壇上に町長ドルンが現れる。
これほどの大イベントを開くことは稀なので、顔には強張りが見られる。
「お待たせした! これより辺境を治められている領主エドロード・ランドラー様より、貴重なお話を賜りたいと思います! さ、どうぞ!」
紹介を受け、エドロードが壇上に上がる。
髪はしっかり整え、青いスーツと紺色のネクタイを身につけ、ビシッとした印象の壮年の男だった。
40代だが顔立ちは若々しく、見惚れてしまう女性もいた。
「クワンの町の皆様、初めまして。エドロード・ランドラーと申します」
よく通り、渋みのある声であった。
町の人間は聴き入っている。
「私が国王陛下より爵位を賜り、辺境の運営を任されてはや数年、色々なことがありました。最も大きな出来事はやはり魔王の襲来でしょう。魔王の狙いは王都でしたから、辺境の被害は少なかったですが、それでも魔族が襲来し、犠牲者が出ました。さらにその影響で盗賊などが跋扈、多くの村や町が滅ぼされてしまいました」
ベリネが申し訳なさそうな表情になる。
そんな彼女にラディルは「気にすんな。お前は関係ない」と小声でつぶやく。
ベリネは少し安心したように微笑んだ。
ラディルはサーナをちらりと見る。彼女もまた浮かない顔になっている。
サーナは実際に盗賊に故郷を滅ぼされた被害者。当時のことを思い出してしまったのだろう。
「そんな中、私はこの辺境を立て直すには、もっと商業に力を入れるべきだと考えました。商人たちに商いができる場所を提供し、支援をし、辺境全体を一大商業地域に変えていく。これが私のなすべき使命なのだと認識しました」
演説に力が入っている。
この辺りが特に伝えたい部分なのだと分かる。
「そのため、賊に滅ぼされた村や町に商人たちを入植させ、すでにいくつもの場所が商業拠点として生まれ変わっております。その成果は着々と出ており、この辺境は大きく潤いました。私は元商人なのでつい金勘定をしてしまいますが、税収も大幅に上がりました。これは辺境に力がついている証拠であります」
エドロードは両手を広げる。
「このたび、私がこのクワンの町を視察に訪れたのは、やはりこの町も生まれ変わらせたいからです。この町は南部から辺境に来る上での玄関口ともいえる町。ここが潤えば、南部から北上する人も増えるでしょうし、それが辺境全体を盛り上げることに繋がることは間違いありません」
高々と拳を突き上げる。
「私は宣言します! この辺境を南部にも負けないぐらい発展させ、もう“辺境”などとは呼ばせないと! クワンの町の皆さん、どうかお願いします! 私に力を貸して下さい!」
町の人間が盛り上がる。
耳をつんざくような歓声が響き渡る。
「すっごいな……。さすが商人上がりだけあって、こういうパフォーマンスも上手いってことか」
ラディルが感心する。
「そうだね。でも、あの人なら本当にやってくれそうって気がするよ」
サーナも領主に好感を抱いている。
エドロードが一人の男を壇上に呼び寄せる。
鈍色の鎧をつけた、屈強な剣士だった。体格はラディルよりも大きい。
ベリネがささやく。
「おいラディル、あの男……」
彼女の言いたいことは、ラディルにも分かっていた。
「ああ……あいつ、かなり強いな」
エドロードが男の紹介を始める。
「彼の名はゴレノア・プレイグ。私が最も信頼を置いている男で、護衛部隊の隊長も務めています。賊や魔物の手から、幾度となく私を守ってくれました! 彼がいるからこそ、私も安心して領主としての業務をこなせるのです!」
無表情で堂々と立つゴレノアの姿に、観衆から「すごい」「かっこいい」などの声が上がる。
だが、そんな中――
サーナが震えていた。
それだけではない。顔は青ざめ、唇まで紫に変色している。
歯をガチガチ鳴らし、今にもこの世から消えてしまいそうな面相だった。
「サーナ……!?」
ラディルは、サーナのこんな姿を見たことがなかった。
あまりに突然だったので、どうしていいのか分からない。
すると、ベリネがサーナを無言で抱きしめた。
自分の胸の中に、サーナを優しく押し込める。
「サーナ、大丈夫だ! 大丈夫だぞ! 大丈夫……大丈夫だ!」
ベリネが“大丈夫”を連呼する。
「大丈夫……大丈夫……。絶対大丈夫だ……。私がついてる……私が絶対守る。ラディルもいる……だから……だから大丈夫だ。大丈夫だぞ……」
ベリネは子供の慰め方など知らない。
だから抱き締めて、とにかく「大丈夫」と言うしかなかった。
だが、ベリネの温かな思いやりはサーナにも伝わった。
サーナの震えが止まり、顔色も少し血の気を取り戻した。
「ありがとう、ベリネちゃん……落ち着いたよ……」
「そ、そうか!」
その様子を見て、ラディルも一安心する。同時に、ベリネの素早い対処に感謝する。
サーナは息を整える。何かを伝えようとしている。
「サーナ、無理はするな! 家に帰って休もう!」とベリネ。
「ううん……ベリネちゃんのおかげで落ち着いたから……。ベリネちゃん、温かくて、まるでお母さんみたいだった……」
これを聞いてベリネはうっすらと笑む。
ベリネに抱き締められたまま、サーナはラディルを見上げる。
「あいつ……あいつなの……」
「あいつ? 領主のことか?」
「ううん、その隣のあいつ……」
サーナはエドロードの護衛隊長ゴレノアのことを言いたいようだ。
そして、静かに、振り絞るように告げる。
「あいつなの……。あたしの村を襲って、みんなを殺したのは、あいつ……」




