第2話 辺境への旅立ち
辺境への旅立ちが確定してから二日後、ラディルは王都の郊外にいた。
乗合馬車に乗るためである。
エラド王国は山岳地帯を挟んで南北の地域があり、王都のある南部は栄えており、北部は“辺境”とされている。
ラディルも22年間の人生で、辺境に行ったことは一度もなかった。
まもなく馬車がやってくる。
20人は乗れそうな大きな馬車である。
これをパワフルな二頭の馬で引いて、北へ向かうこととなる。
「でかい馬だな……この足に蹴られたら空まで吹っ飛びそうだ」
軽口を叩くラディル。
ラディルは茶色い皮の鎧を身につけ、一週間分ほどの食料と、国から出た褒賞金を持っている。
腰には愛剣を携える。これといった名前も、飾りつけもない武骨な剣だが、切れ味は魔王にも通用した。
「まもなく出発になりまーす! 乗車して下さい!」
御者の呼びかけで、乗客たちが乗り込む。
ラディルと共に北へ向かうのは、老夫婦や行商人、母親と幼い息子など十数人ほど。
「では出発します!」
馬車が動き始めた。
王都からいくつかの町を通り、山岳地帯を抜け、辺境に到着する。
そこまでは一週間ほどの道程となる。
ラディルを含め、最初はみんな黙っていたが自然と――
「あっしは行商人をやってまして……」
「ワシらは夫婦で北まで旅を……」
「私たちは離れ離れになっていた夫に会いに行こうと……」
お互いに自己紹介する流れになっていく。
「はい、次はそこの兄さん! 自己紹介どうぞー!」
ハンチング帽の行商人から、水を向けられたラディル。
ラディルは鎧をつけており、剣も携えており、誰がどう見ても剣士である。
剣士と名乗れば、誰もが納得する場面であった。
「俺はラディル・クンベルって言います。この通り剣士をやってて――」
しかし、ラディルはここまで言いかけた時、親友との約束を思い出す。
俺は“勇者”として名を轟かせると言った。それはもう始まってるのでは。だったら、自己紹介も“勇者”にしないと!
「実は……俺は、勇者です」
ラディルは“勇者”を名乗った。
これが思いのほか気持ちよく、ラディルはドヤ顔までしてしまう。
ところが――
「なに言ってんだい、兄さん」と行商人。
反応は冷たかった。
「勇者はアレス様でしょ?」
「よりにもよって勇者を名乗るって……」
「嘆かわしいねえ……」
勇者アレスが“一人で”魔王を倒したという報は、すでに国中に伝えられている。
ラディルはその勇者を騙っている剣士という扱いになってしまった。
「い、いやマジなんですよ! アレスは勇者なんですけど、俺も勇者でして……」
言いつくろってもいい反応は返ってこない。
「ママ~、あの人勇者なの!? 魔王を倒したの!?」
「シッ、可哀想な人なのよ……」
母子から同情されてしまう。
完全に“自分を勇者と思い込んでいる異常者”扱いである。
行商人がラディルの肩に手を置く。
「兄さん……あっしにはその気持ち、よく分かる! あっしも自分がいつか大商人になるって思って頑張ってるから……」
「あの、違……」
自分を鼓舞するため大口を叩いたと解釈されたようだ。
ラディルの名乗りで馬車内が微妙な空気となり、再び皆が黙り込んでしまう。
俺のせいで、せっかくの和やかムードが……。
ラディルの勇者デビューは散々な結果に終わってしまった。
乗合馬車は幾度か中継地点に止まりつつ、北へひた走る。
そのたびに一人、また一人と降りていく。
乗客同士の会話から察するに、辺境まで乗っていくのはどうやらラディル一人のようだ。
馬車内に残っているのは、先ほどの行商人と、老夫婦、母子のみ。
なんだか心細くなってきたな……ラディルは心の中でつぶやく。
馬車の旅は続く。
ラディルが勇者を自称したことでおかしくなっていた空気も弛緩してくる。
母子の息子の方がラディルに質問してくる。
「お兄さんはどうして勇者を自称してるの?」
「いや、自称っつうか一応本物の勇者で……」
「兄さん、いい薬売ってあげようか?」と行商人。
「えっ、どんな薬?」
「頭によく効く薬さ」
「別に頭おかしくなってないから!」
こんな具合にイジられ始める。
ラディルも気まずい空気よりはマシなので、このままイジられる方向で行こう、と心に決めた。
馬車はもうまもなく山岳地帯より少し手前の、大きな町モンテにたどり着く。
このモンテが、馬車が辺境に入るまでの間にある、最後の町といっていいだろう。
ラディル以外の乗客は全員ここで降りることになる。
ところが――
「うわっ!?」
馬車が急停止した。
ラディルもよろめく。
「いってぇ~……」
「なんだなんだ?」
「何があったの?」
乗客たちがざわめく。
ラディルがすぐさま窓の外に顔を出す。
理由はすぐに分かった。
「へっへっへ……ここを通りたきゃ、有り金置いてってもらおうかぁ!」
刃渡りの長いサーベルを持ち、御者を恫喝する大柄な男たち。
馬車は30人ほどの野盗集団に囲まれていた。