第19話 “勇者”ラディル・クンベルの一日
朝食後の穏やかなひと時。リビングのテーブルでは、サーナとベリネが遊んでいる。
一人は右手に豆を一粒から五粒まで握り、もう一人が「相手が何粒握っているか?」を当てる遊びである。
巷では『ビーンズゲーム』と呼ばれている。
今はサーナが当てる番。
当てるまでに会話をいくらか交わせるが、これが勝敗を握るカギとなる。
「ベリネちゃんはあまり小さな数は握らなそうだよね。なんたって魔王の娘だし」
「そ、そうかな?」
ベリネは目を逸らす。
「かといってじゃあ五粒は握らない……そんな気がするんだよね。一番大きな数ってやっぱり当てやすいし」
「ふ、ふふ……そうとは限らんぞ?」
ベリネの額に汗が浮かぶ。
「ん~、分かった! 四粒!」
サーナが答え、ベリネが手を開く。握られていた豆は四粒だった。
「やったーっ!」
「ぐう……!」
悔しがるベリネを見て、ラディルは思う。
俺もあのゲームじゃ、サーナに勝てないんだよな……。今度ベリネと最弱決定戦やってみるか。
そして、鎧を身に着け、剣を腰に差し、出かける準備をする。
「じゃ、勇者の仕事に行ってくる! 留守は頼んだぞ!」
***
ラディルは町に出て、勇者としての仕事をこなす。
近所の家で薪割り百本。
雑貨屋で荷物運び。
さらには町に入り込んだスライムの集団を軽く追っ払う。
約束の時間通り町長の家に出向くと、ダニエルが待っていた。
ラディルは木剣で、ダニエルと軽く手合わせする。
「はっ! はあっ!」
ダニエルの気迫のこもった剣を、ラディルは「いいぞ!」「もっと緩急つけて!」などとアドバイスしつつ受け止める。
「だいぶよくなってきたよ、ダニエル。今ならもう、町にやってきたちょっとした賊ぐらいなら撃退できるんじゃないか?」
「ホントですか? ありがとうございます!」
ダニエルは純粋な剣士を志しているわけではないので、ラディルとしては“風林火山”の技を教えるつもりはないが、それでも想定より深いところまで教えてしまったなと感じる。
それもダニエルが熱心だったからだろう。
「今日はここまで! 未来の町長は勉強もしっかりな!」
「はい!」
ダニエルに別れを告げると、ラディルは酒場に向かう。
カウンター席に座り、度数が低めの酒をチビチビやる。酔って帰るとサーナに叱られてしまう。
酒場内では、大男ワレスと魔獣オークがモップで床を磨いていた。
かつて、“勇者”と“魔王”を自称していた、無銭飲食常習犯の二人組である。
ラディルは彼らに話しかける。
「おーい、ニセ勇者! ニセ魔王! 精が出ますねえ!」
ワレスは引きつった笑みを浮かべる。
「やめましょうよぉ……いつもそうやってイジるんだから」
「お前らがやってきたこと考えれば、これぐらいイジられるのは当然だろうが」
「そうですけどぉ……」
ワレスはラディルに完敗したことで、すっかり卑屈になっている。
しかし、その姿に妙な愛嬌があるのも事実である。
「ま、せいぜい頑張れ」
「頑張らせて頂きます!」
このまま真面目に働けば、二人は更生できるかもしれない。
そんなことを思いつつ、ラディルはほろ酔い状態で酒場を出る。
酔いを覚ますために歩いていると、セネックと出くわした。薬箱を背負っている。
「こんにちは、ラディルさん!」
「おお、セネック!」
セネックはクワンの町で薬売りとして活躍している。
やはりその腕前は本物で、簡単な症状なら、彼の薬一発で治ってしまうそうだ。
「頑張ってるらしいじゃん?」
「ありがとうございます。これもラディルさんたちに出会ったおかげです!」
「あの件に関しちゃ、ほとんどサーナの手柄だけどな。応援してるから、しっかりやれよ!」
「はいっ!」
ラディルがふらつく。酒で足がもつれてしまった。
「……おっと」
「どうしました?」
「今日は剣の稽古して、昼間から酒飲んだからな……急に酔いが回ってきたのかも」
「だったらこれどうぞ」
セネックに緑色の丸薬を手渡される。
「これは?」
「酔い覚ましの薬です。ウブリ草とベトルムシのエキスを調合したもので、効果抜群ですよ!」
「お、おう」
全く聞いたこともない草や虫の名前に、ラディルは少し引いてしまう。
「それじゃ!」
セネックと別れ、ラディルは丸薬を見つめる。
本当にこんなの飲んで大丈夫かな、という不安も抱くが、勇気を出して飲んでみる。
「……ん!」
少し経つと、胸や胃のムカつきが収まり、顔の火照りも弱まったのが分かる。
セネックの実力が分かる一幕だった。
「やるな……。俺もいい出会いをしたのかもしれないな」
ラディルはセネックを褒め称えるように、独りごちた。
***
夕方になり、ラディルは家に戻る。
今日は勇者としての仕事をこなし、ダニエルに剣を教え、酒を軽く嗜み、セネックの再起を確認することができた。
我ながらいい一日だった、と心から満足している。
そんな一日を締めくくるのは――
「お帰りー、ラディル!」
勇者の相棒サーナ。
「今日は二人で協力して料理を作ったぞ」
そして、魔王の娘ベリネ。
二人ともエプロン姿であった。
「なに作ったんだ?」
「コーンスープ! 美味しいよ!」
甘い香りの黄色いスープが皿に盛りつけられる。
三人でテーブルに座って、パンと一緒にスープを飲み始める。
ラディルは一口飲むと、その味に目を見開いた。
「おおっ、美味いな!」
「でしょ~!」
得意げな表情を浮かべるサーナ。
「フッ、私とサーナで作ったのだから、当然だ」
ベリネはさらに得意げである。
「ベリネ、お前のことだからだいぶサーナに叱られたんじゃないか?」とラディル。
「なぜ分かった!?」
スプーンを落としかねない勢いで、ベリネが動揺する。
「そうなの、ベリネちゃん、『そうだ、唐辛子を入れよう』とか余計なことしようとするんだもん!」
その光景が想像できてしまい、ラディルはクククと笑う。
これにベリネは怒りをあらわにする。
「あ、笑ったな! ラディル、食べ終わったらビーンズゲームで勝負だ!」
「いいだろう。望むところだ!」
燃える二人とは対照的に、サーナは冷めた眼差しでつぶやく。
「この二人があれやると、いい勝負になりそう……」
その予想通り、ラディルとベリネはビーンズゲームで全くの互角といっていい、白熱の戦いを繰り広げることになるのだった。
第二章終了となります。
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