第18話 “奇病”をもたらした犯人
昼下がり、モルビス村に一人の男がやってきた。
覆面のような白い布を被り、中肉中背といった体格の持ち主である。
「薬~、薬はいらんかえ~」
覆面男は薬師を名乗る。
怪しくはあるが、奇病に侵されている村人たちはこの男に希望を見出すしかなかった。
薬師はすぐさま集会所に向かい、診察を始めた。
「ふむ……この症状は見たことがある。待っていなさい。すぐに薬を調合してあげよう」
あっさりと病気の正体を看破。
すり鉢に数々の薬草や水を入れ、調合を開始する。
やがて出来上がった薬湯を、患者一人一人に飲ませていく。
効果は程なくして現れた。
熱に苦しんでいた人々は一人、また一人と快方に向かう。
次々に元気を取り戻す。
まるで病気なんてなかったかのように。
数日間村を苦しめていた奇病はたちまち消え去り、モルビス村は蘇った。
村一つを救ったにしては決して多額ではない謝礼金を要求し、薬師は感謝されつつ、モルビス村を後にした。
一連の流れはスムーズで、薬師の鑑ともいうべき男だった。
「いやー、すごい人がいたもんだ」
「すっかり治っちゃったわ!」
「明日からはバリバリ働けるぞ!」
なお、村長チャーリー、依頼者である村の青年トマスは、ラディルたちにも謝礼金を出してくれた。
「俺たちは何の役にも立ってないので……」
ラディルは固辞したが、「村に来て下さっただけでも嬉しかった」と言うので、あえて遠慮せず謝礼を受け取った。過ぎた遠慮は時に失礼になってしまう。
こうしてモルビス村の病気騒動はあっけなく幕を閉じた。
全てはサーナの予想通りであった。
***
日が沈み、夜が更ける。
モルビス村近くの平原で、野宿をする若者がいた。
蝋燭を利用したランプがうっすらと灯っている。
ラディルたちがモルビス村に来た時、すれ違った虫売りの青年――セネック・マイゼン。
彼は地面に布を敷き、その上にある銅貨を見て、どこか引きつった笑みを浮かべていた。
「う、上手くいったぞ……」
彼の心は達成感と、それと同等以上の罪悪感に支配されていた。
「やってしまった……。だけど、仕方ない、仕方なかったんだ……」
自分に言い聞かせるようにぶつぶつと唱える。
「これからもやるんだ……。ぼ、僕ならやれる……」
揺れ動いていた自分の心を、闇の方向に向かわせるように、決心めいたつぶやきをする。
「何をやれるんだ~?」
声がした。
セネックが声の方向に振り向くと、ラディルがいた。
後ろにはサーナとベリネもいる。
「あなたたちは……!?」
「問われたら答えてやらねばなるめえ」
芝居がかった妙な口調でラディルは剣を掲げる。
「俺は勇者ラディル!」
黒髪に黒い瞳を持ち、茶色い皮の鎧と装備を身に着けたラディル。
「あたしはその相棒サーナ!」
栗色の髪をサイドテールに仕上げ、オレンジのワンピースを着た少女サーナ。
「私は魔王の……いや、居候のベリネだ」
セミロングの金髪に青い眼、白いシャツと黒いベストを着たベリネ。
彼女の正体は魔王の娘である。
「僕に何か用ですか……!?」
突然知らない三人組から話しかけられ、セネックは狼狽した様子だ。
ラディルはニヤリと笑う。
「俺たちはモルビス村の人に、村じゅうが病気になったから助けてくれって依頼されてきた者なんだが……」
「村が病気? それがなんだって言うんです?」
「お前はセネックっていう虫売りらしいな。虫を売って生計を立てているとか」
「ええ、まあ。そうですけど……」
セネックの目は泳いでいる。
「今回の村の病気……あれは病気じゃない。犯人はお前だ!」
ラディルが指を突きつける。
セネックはビクッとするが、すぐさま反論する。
「いきなり犯人だなんて……何を言い出すんですか、ええとラディルさん」
怯えつつも、セネックはラディルと対決する構えだ。
真相が分かっているラディルは、待ってましたとばかりに話し始める。
「まず……お前は虫売りだ」
「そうですけど……」
「虫には当然、毒がある奴もいて……お前はその毒で……村人たちを病気にしたんだ!」
「どうやって?」
「え?」
「毒を盛るには当然、食べ物に混ぜるなどの方法がいりますよね。僕があの人たちに何か差し入れでもしたって言うんですか? そんなことしたら一発で『あいつから貰った食べ物を食べたら体調を壊した』って言われますよ」
ラディルがあまり賢くないと察したセネックは勢いづく。
「あ、いやそうじゃなくて、お前は虫を……巧みに利用して……」
言葉に詰まり、ラディルは髪の毛をかく。
「サーナ代わってくれ! やっぱり俺こういうの苦手だ!」
サーナはため息をつく。
「だから最初からあたしにやらせてって言ったのに」
選手交代。今度はサーナがセネックに視線を向ける。
「セネックさん、さっき村にやってきた薬師はあなただね」
核心を突かれ、ギクリとするセネック。
「何を証拠に……」
「あーもういいから。黙ってあたしの話を聞いてね」
セネックは黙り込んでしまう。
ラディルとベリネは「強い……」と心の中でつぶやく。
「あなたがやったことを説明するよ。まずあなたは“虫売り”としてモルビス村を訪れた。この時あなたは毒を持っている羽虫を村に放ったんだね。人を見たら刺す性質のやつを。それに刺された村人たちは次々発熱して、ダウンしていった」
セネックが歯噛みする。
「だけど、いつまでも虫が飛んでたら、虫が病気の原因だとバレちゃうかもしれない。だから、頃合いを見計らって虫を回収しなきゃならなかった。そう、フェロモンを使ってね。その匂いに引き寄せられて、多分だいたいの虫は回収できたんだと思う。これがベリネちゃんが嗅いだ匂いの正体だよ」
「なるほど! どうりでいい匂いだったわけだ!」
ベリネが目を丸くする。
「フェロモンを嗅いだ? そんなバカな……あ、いや……」
語るに落ちそうになり、セネックは口をつぐむ。
「それからあなたは顔を隠して薬師になりすまして、村で虫の毒に効く薬を作れば、感謝されて謝礼金を受け取ることができる。村は助かり、あなたは儲かり、めでたしめでたし……ってわけ」
暗がりでも分かるほど、セネックは動揺していた。
「しょ、証拠は……」
「証拠も何も、あなたどうせ今も持ってるでしょ。犯行に使った虫も、薬師に化けるための衣装も、フェロモンも、薬の材料も……」
セネックはラディルたちの存在を知らなかった。
今回の件を調査する外部の人間がいるとは微塵も思っていない。
つまり、証拠を隠滅しているわけがなかった。今彼を調べれば、何もかも暴くことができるだろう。
「……僕は捕まるわけにはいかない! 悪いけど、対魔物用にもっと殺傷力の高い虫だって飼ってるんだ!」
居直ったセネックが虫かごの一つを開けようとする。
――が。
「やめておけ」
ベリネが氷結したように冷たい声で言い放つ。
金髪がにわかに逆立っている。
今の彼女は人間にしか見えない形態であるが、闇夜も手伝い、尋常ではないおぞましさを放っていた。
「うぐ……!」
かごの中の毒虫も、ベリネの恐ろしさを本能で察したのか怯えてしまっている。
これでは使い物にならない。
しかし、セネックはまだ足掻こうとする。
これまた護身用であろうナイフを手に持つ。
だが、その刃はすでに切れていた。切っ先がぼとりと地面に落ちる。
「……え?」
「悪いな。刃物での勝負になったら、俺の土俵だ」
ラディルの剣が居合い抜きで、瞬く間にセネックのナイフを切断していた。
彼がその気になれば、セネックそのものを一瞬で殺害できたと分かる。
もはや万策尽きた。
膝から崩れ落ちるセネック。
サーナは「ホント剣を使わせたら誰も敵わないよね」とラディルの剣腕に感心する。
ベリネもまた、「速かった……!」と心中でうめく。
ラディルは剣を鞘に納める。
「なんでこんなことした?」
ラディルが問いただす。
観念したセネックは話し始める。
「僕は……薬師や医師になりたいと猛勉強してきました。しかし、この業界はとにかく排他的で……僕のような新参者はすぐに弾き飛ばされてしまいます。どこでやっても上手くいきませんでした」
セネックはうつむく。
「やがて、辺境に流れ着き……再起を図ろうと思ったんですが、やっぱりダメで。そんな時、僕は自分が並行してやっていた研究を思い出したんです」
「研究?」とラディル。
「虫を使った治療とか、虫の持つ成分を利用した薬作りとか……です。みんな“気持ち悪い”と言って、なかなか受け入れてくれませんでしたけど」
「ああ、ウジムシを傷口に這わせる治療なんてのは聞いたことあるね」
サーナが言う。
セネックの研究は有用だった。
しかし、それを認めてもらうことはできなかった。
「そして、今この子が言ったことを……やってしまったんです。虫を撒いて病気を演出し、それを自分の作った薬で治して報酬を貰う、と……」
「そういうことか……」
ベリネが目を細める。
サーナはラディルに判断を仰ぐ。
「どうする? ラディル」
ラディルはしばらく腕組みして、何かを考える素振りを見せる。
やがて、口を開いた。
「セネック」
「は、はい」
「お前のやったことははっきり言って“最低”だ。医者や薬師として上手くいかなかったからって、村人を苦しめて、薬を売るなんて、絶対やっちゃいけない行為だ」
いつになく強い口調だった。
セネックは能力こそ高いものの、不遇だった。
そんな彼に、ラディルは追放された自分を重ねている部分もあるかもしれない。だからこそ許せなかった。
「この場で首を叩き斬りたい気分だ」
ラディルが剣を振るうと、セネックの肩がビクリと揺れる。
ベリネも心配そうな眼差しでラディルを見る。
「だがな……喜んでる村人たちに今更『あいつ悪人だったよ』って水を差したくないし、お前はまだやり直せる……そんな気もする。かといって、このまま見逃してやるほどお人好しでもない。だから……」
「……?」
「お前、クワンの町に来い」
ラディルはセネックを誘った。
「俺もクワンの町じゃ結構有名な“勇者”でな。俺がお前のことを“腕がある”と宣伝してやれば、それなりに客がつくかもしれない。今いるお医者だけじゃ手が足りてないしさ」
セネックからすればありがたい提案だった。
だが、渋い顔をしている。
「でも……僕にはもう、人を救う資格なんて……」
「資格があるかないかで言えばないかもな。だが、ないならまた手に入れられるよう頑張ればいい」
ラディルは穏やかな口調で告げる。
「俺だってそうしてる。わけあって辺境に追放されちまったが、今はこうして“勇者”になるために頑張ってる」
ラディルがセネックの肩に手を置く。
「だから、とりあえずやってみろ! そんで、すごい薬師や医者になったら、この村に来てたっぷり色々とお返ししてやれ!」
セネックはしばらく悩んでいたが、決心する。
「分かりました……。クワンの町でお世話になります……」
「……よし、決まり!」
ラディルがサーナとベリネに振り返る。
「二人も、それでいいか?」
「あたしはラディルが決めたことだし、別にいいよ!」サーナは快諾する。
「私もだ。最初は本当に首を斬ってしまうのかとハラハラしたが、さすがは勇者といったところか」
ベリネも柔らかな笑みをにじませる。
ラディルは一件落着したとばかりに、伸びをする。
「じゃあ明日、トマスに馬車でクワンまで送ってもらうか! セネック、お前も“虫売り”として乗れよ」
「は……はいっ!」
翌朝、ラディルたち四人はモルビス村を発った。
村人たちには“病気の真相”を内緒にしたまま。
クワンの町に着いたセネックは、ラディルの宣伝と、町長ドルンの協力もあり、自分で簡素な診療所を開いた。
腕は確かであり、怪我や病気の治療を続け、少しずつ住民の信頼を勝ち取っていくことになる。
自宅で事件を振り返り、ラディルが笑う。
「今回の件はサーナのお手柄だったな」
「うむ、見事だった」
ベリネも同意する。
サーナは照れ臭そうに笑う。
「まあねー! 二人だけだったら、解決できなかったかもね!」
この言葉に二人は――
「いや、ホントそう思う……。俺とベリネだけだったらクワンとモルビス往復するだけになってたかも……」
「サーナがいてくれてよかった……! 本当によかった……!」
予想以上のリアクションが返ってきたので、サーナは戸惑った。
「冗談だから、あまり落ち込まないでね!?」




