第16話 よその村からの訪問者
ベリネがラディルの家に住むようになってから、二週間が経った。
昼食を済ませ、三人はそれぞれの時を過ごしていた。
ラディルはソファに座り、自分の剣を布で磨いている。
「ふんふ~ん」
無銘の剣だが、魔王にも通用した愛剣である。
日頃の感謝を込めて念入りに手入れしている。
サーナとベリネはテーブルに向き合うように座っている。
二人とも本とノートを開いている。
ラディルも二人の様子に興味を持った。
「ん? お前ら、勉強してんのか?」
「そうだよ」とサーナ。
なるほど、ベリネがサーナに勉強を教えてるんだな、とラディルは微笑ましく思う。
「なかなか優しいところもあるんだな、ベリネ」
「優しい? 私が? なぜだ?」
聞き返されたので、ラディルはすかさず指摘する。
「だってサーナに勉強を教えるなんて、優しいじゃないか」
「なに言ってんのよ、ラディル」
サーナが口を尖らせる。
「え?」
「あたしがベリネちゃんに勉強を教えてるんだよ」
「なにい!?」
まさか逆だったとは。ラディルは目を丸くする。
「いや、だって……ベリネって年いくつ?」
「私か? ええと……人間でいうと180ぐらいだったと思う」
魔族としてはまだまだ若いベリネだが、軽く百年以上生きている。
「わっ、あたしよりずっと年上!」
「俺よりもだよ。で、サーナはいくつだっけ?」
「10歳!」
「ほら……180歳のくせに10歳に勉強を教わるってどうなんだよ」
ラディルは目を細め、からかうようにベリネに視線を向けるが、彼女は平然としたものである。
「なぜだ? 勉強に年齢は関係ないと思うが」
「え」
「たとえいくつになっても、学びたいのならば学ぶ。そういうものではないのか?」
あまりに真っ当な意見を返され、ラディルは「180歳のくせに」などとからかった自分が恥ずかしくなってきた。
「いや……すみませんでした」
「フッ、分かればいいのだ」
ドヤ顔を浮かべるベリネ。
サーナも「この勝負はベリネちゃんの勝ちだね」と判定した。
「じゃあ続きやるね。このエラドには王都のある南部と、今あたしらがいる北部に分かれてて、北部は辺境って言われてるの」
「ふむふむ」
楽しそうに授業を受けるベリネを見て、ラディルが口を挟む。
「しかし、サーナは頭がいいよな。教え方も上手い。実は見た目は少女、中身は大人だったりしないの?」
「んなわけないでしょ! そういえば話してなかったっけ。あたしの家は、学問所だったんだ。お父さんは王都で学んだこともある学者だったんだから!」
「へえ!」
エラド王国にも学校や学問所は存在する。
しかし、まだまだ数は多いとはいえず、特に辺境の小さな村に学問所があるというのは本当に珍しいことだった。サーナの父の努力が分かる。
「サーナの家か、一度行ってみたいな」とベリネ。
「ん~、もうないと思うよ」
「どういうことだ?」
「だってあたしの家……村ごと滅んじゃったから」
「……!」
ベリネの顔色が暗くなる。
「そ、そうだったのか。それはひょっとして……魔族が?」
「ん~ん、人間だよ。盗賊」
魔族が原因ではないことに安堵はしたが、やはりベリネの表情は暗い。
サーナの不幸を悲しんでいる。
「アハハ、ベリネちゃんが落ち込んでどうするの。ベリネちゃんは優しいなぁ」
「そ、そうかな」
ベリネが頬を赤く染める。
そこへラディルが茶化すように――
「ベリネちゃんは優しいなぁ」
「黙れ!」
ベリネはすぐさま睨み返す。
「なんで俺が言ったら怒るんだよ!」
「サーナに言われると嬉しいが、お前に言われるとなんか腹が立つんだ!」
「理不尽……!」
喧嘩をするラディルとベリネを見て、サーナは腹を抱えてけらけら笑っていた。
「すみませーん! 勇者さんはいらっしゃいますかー?」
外からの声。来客である。
どんな仕事も請け負いますと勇者活動をしているラディルにとって、突然の客は慣れたものである。
ささっとリビングのソファまで案内し、自分はその前に座る。
やってきたのは、朴訥とした青年であった。
どうやらクワンの町の人間ではないようだ。
「初めまして……オイラはトマス・トリーって言います。モルビス村から来ました」
「モルビス村?」
ラディルにとっては初めて聞く地名だった。
辺境の地理に詳しいサーナが説明する。
「クワンの町から北にある小さな村だよ。馬車だとクワンから半日ぐらいかな」
ラディルが礼を言う。
ベリネは熱心にメモを取っている。
「それはわざわざ……で、この俺にどんな用が?」
「この町に“勇者”がいると聞いて、飛んできました!」
これを聞いてラディルは笑みを浮かべる。
「お願いします! オイラの村を救って下さい!」
「救ってやるとも!」
勢いで即答した。
――が、サーナがため息をつく。
「答える前に、まず話を聞かないと。トマスさん、村の状況を教えてくれる?」
「ふん、どんな悪い奴だって、俺の剣にかかれば……」
自信に満ちているラディルに対し、トマスは首を横に振る。
「いえ、相手は……“悪い奴”とかではないんです」
「え、じゃあ……“いい奴”?」
大ボケをかましたラディルの頭をサーナがはたく。
「痛いっ!」
「え、ええと……相手は病気なんです」
「病気ィ!?」
ラディルはおろか、サーナも予想しなかった事態になってきた。
ベリネは一生懸命メモを取っている。
トマスがモルビス村の状況を説明する。
人口数十人の小さな村だが、高熱を出し倒れる人間が続出。村に備蓄してある薬草などもまるで効果がないという。
ラディルは魔王とも戦った男だ。しかし、病気と戦ったことはない。
先ほどの即答はどこへやら、弱気な表情になる。
「そういうのは医者に任せた方が……」
「もちろん、クワンの町のお医者にも頼んだんですが、断られてしまって……。誰か他にいないかと聞いたら、『この町には頼れる勇者がいる』と聞いたんです」
サーナはなるほどねーとつぶやく。
「ようするにラディルを頼ってこの町に来たというより、お医者に断られて仕方なくってわけだ」
「え、そうなの!?」
自分が第二希望に過ぎなかったことに、ラディルはややショックを受ける。
「す、すみません……」
トマスも申し訳なさそうにしている。
「まあ、お医者さんが断る気持ちも分かるよ。ただでさえ忙しいのに、よく分からない病気のために、遠い村まで行くなんてリスクが高すぎるもん」
「そうですよね……」
サーナの言葉に、トマスはさらに落ち込む。
助力は得られそうにないと感じているようだ。
サーナはちらりとラディルを見る。
「で、どうすんの? ラディル」
ラディルはあっけらかんとこう言い放つ。
「そりゃ行くに決まってんだろ!」
これに一番驚いたのはトマスだった。
この流れでは断られるに決まっている、と思っていたのに。
「俺は国中に名を轟かせる“勇者”を目指してる。相手が魔王だろうが、病気だろうが、戦わなきゃならん。選り好みはしてられないって!」
これを聞いてベリネは嬉しそうにする。
「フッ、さすが勇者だ!」
サーナは肩をすくめる。
「やれやれ、しょうがないね。それじゃモルビス村までレッツゴー!」
***
モルビス村まではトマスが用意した馬車で向かうこととなる。
トマスの馬車は二頭の馬が荷台を引く、大きな馬車であった。
ラディルが感心する。
「へえ、結構いい馬車じゃないか」
「オイラの村なんて、馬車ぐらいしか自慢するものはないですけどね」
自嘲するトマスだが、ベリネは目を輝かせている。
「馬車に乗るのは初めてだから、楽しみだ!」
魔族としての本性を隠しているベリネは、金髪の美しい令嬢に見える。
そんな彼女が喜んでいる姿を見て、トマスははにかんでしまう。
「こりゃどうも……」
これを見たベリネは、ラディルに耳打ちする。
「あのトマスという男が私にプロポーズをしてきたらどうしよう……?」
以前は戸惑ったラディルだが、今度は答えを用意していたのか、あっさり答える。
「いきなりプロポーズしてくるような奴は容赦なく振っちゃっていいと思うよ」
御者はトマスが務め、ラディルたちを乗せた馬車が走り出す。
ラディルは王都から旅立った日を思い出す。
「こうやって、王都から辺境に来たっけなぁ……」
サーナは子供らしくはしゃいでいる。
「馬車なんかめったに乗らないから楽しい!」
そして、ベリネはもっとはしゃいでいた。
子供のように動く景色を眺めている。
「これが馬車か……いいものだ! ええとトマス、もっとゆっくり走ってくれないか? 景色をじっくりと見たいから……」
「ベリネちゃん、ワガママ言わない!」
サーナに叱られ、ベリネはシュンとする。
馬車はひた走る。
疫病が蔓延するモルビス村へと。




