第12話 危険な来客
ロックビーストを倒したことで、ラディルは町の英雄となった。
軍でも止められないかもしれない巨大魔物の暴走をたった一人で食い止めたというのは、それほどのインパクトがあった。
ラディルが町を歩いていると――
「よっ、勇者ラディル!」
「マジですげえよあんた!」
「遠くから見てたよ! あのデカイのをぶった斬るとこ!」
ラディルは照れつつも、嬉しそうに笑う。
「いやいやどうもどうも……。うへへへ……」
サーナはため息をつく。
「まったくだらしない……」
「いやー、あの事件以来、みんなの俺を見る目がすっかり変わったからさ」
「まあねえ。それまではせいぜい“凄い剣の使い手”ぐらいのイメージだったと思うけど、ラディルの腕は“凄い”程度じゃなかったしね」
「そう褒めないでくれよ。いや、もっと褒めてくれてもいいかな。ガンガン褒めてくれ」
ラディルはすっかり舞い上がっている。
「またああいう仕事来ないかな。大物を倒すような仕事」
「贅沢言わないの。そんなこと言ってると、ホントにこの町にとんでもない奴が来ちゃうかもよ?」
「悪い悪い、やっぱ平和が一番だな!」
「そうそう!」
舞い上がっていたラディルだったが、サーナのおかげでクールダウンする。
二人は雑談しつつ、家に戻った。
***
穏やかな昼下がり。
ラディルはソファに寝転び、暇を持て余していた。
一方のサーナは金勘定をしている。
「熱心だなぁ」とラディル。
「そりゃ家計のことはしっかり管理しないと。てかラディルがだらしなさすぎ! どのぐらいお金使ってるとか把握してないでしょ?」
「まあ、俺は勇者の相棒として当分暮らしてける金をもらってる身分だからな」
「そんなこと言ってると、すーぐなくなっちゃうんだからね。いつまでもあると思うな、親と金だよ!」
サーナは実際に両親を亡くしているので、少々重いニュアンスになる。
ラディルも気を引き締める。
「そうだな……俺も剣の手入れぐらいしよかな」
「そうそう。商売道具なんだから。いつ強敵と出会うか分からないしね」
すると、ノックの音がした。
ラディルが腰を上げる。
「俺が出るよ」
ドアを開けると、そこには若い娘が立っていた。
金髪のふわりとしたセミロング、青い瞳をしており、白いシャツに黒のベスト、膝上程度の紺のスカート。しかめっ面だが、可愛らしく気品のある顔立ちをしている。
ラディルはどこかの令嬢だろうか、という印象を受けた。
だとすればかなりの上客。ラディルの胸がおどる。
「えーと、どなた? クワンの人じゃなさそうだけど……」
「お前が勇者か?」
いきなり問われ、ラディルは反射的に答える。
「ゆ、勇者です!」
ラディルは驚き、ぎこちない笑みを浮かべる。
自分から「俺は勇者」と言うことは多いが、相手から「勇者か?」と問われることはほとんどない。
「いやー、嬉しいな。俺もこの町じゃ、結構有名になったけど、だいぶ広まってきたようで……」
この分なら「王都にいるアレスまで名を轟かせる」という目標を成し遂げる日も近いかもしれない。
「とりあえず、こちらへどうぞ」
来客である娘をソファに座らせる。
サーナも金勘定をやめ、「紅茶入れるね」と席を立つ。
ここで娘がようやく名乗る。
「私はベリネという。勇者に用があってここまで来た」
可愛らしい外見に反し、気丈な口調である。
「ベリネさん……ね。で、俺にどんな用?」
「その前に、確かめたいことがある」
「へ?」
「“勇者”を名乗るなら、お前は魔王を倒したはずだな?」
これまで緩んでいたラディルの表情が引き締まる。
ラディルは魔王と戦ったことを積極的に宣伝してはいない――目の前の娘は、ラディルを“町の頼れる勇者”ではなく、“魔王を倒した勇者”として会いに来たのである。
少し考えた後、正直に答える。
「ああ、倒した」
「ならば……当然、魔王の“特徴”を言えるはずだな。言ってみろ!」
ラディルは目を閉じて、思い出す。
魔王の特徴を――
魔王との死闘を――
アレスと二人がかりでようやく倒した魔王の異常までの強さを――
今でも昨日のことのように思い出せる。
体が震える。汗が噴き出る。
決して楽な戦いではなかった。トラウマともいえる激戦だった。
もしも魔王が復活し、「もう一度魔王と戦え」と言われたら、果たしてできるかどうか……。それほどの相手だった。
「ちょっとぉ、大丈夫!?」サーナが心配する。
「ああ、大丈夫だ……」
そして回答を始める。
「魔王は……角が二本あって、紫色の皮膚と青い髪を持った巨漢だった。目は燃えるような赤色で、自分のことは『ワシ』って言ってたかな。拳を振るえばその風圧で俺たちは吹っ飛ばされ、爪の鋭さときたら、つけてる鎧を紙屑のように切り裂いた。床を踏めば城が揺れ、目から灼熱の閃光を放つわ、手から雷を放つわ、やりたい放題だった。こうして思い出すのも嫌なぐらいだ。二度とあんなのと戦いたくないな」
「そんなにすごかったんだ」
サーナが合いの手を入れる。
「ああ……正直いって今でも勝てたことが不思議なくらいだ」
これを聞いていたベリネは、ゆっくりと立ち上がった。
「なるほど、お前は本物のようだな」
「そう、俺は本物の勇者!」
胸を張るラディルだが、サーナが焦るような様子を見せる。
「ちょっと待って、この人様子がおかしいよ!」
ベリネは言い放つ。
「ならば私とお前は戦う運命にある!」
「は……?」
突然の宣戦布告にラディルもサーナも困惑する。
「ちょっと待ってくれ。俺と君が戦う理由がないんだが……」
「あるさ」
「へ?」
ベリネの目の色が変わった。
穏やかな青から、血のような赤色に染まる。
皮膚も紫色に変化していく。
髪の色も金から青へ。
そして――頭には黒い角が二本生えた。
「魔王……!?」
ラディルがつぶやく。
「そう、私は魔王の娘ベリネ!」
「なにい……!?」
「どんな手を使っても、貴様を倒す! さあ、勝負だ!」
変身の仕上げとばかりに、ベリネの両手の爪が鋭く尖った。
忘れもしない、この威圧感、この恐怖感。
ラディルは確信する。こいつは間違いなく――魔王の娘だ。




