第10話 ラディル、大樹を斬る
ラディルとサーナの勇者活動は板についてきた。
「ラディルさん、薪割ってくれ!」
「ちょっと隣町まで行くから、護衛を頼みたいんだけど……」
「この丸太、半分に斬ってもらえない?」
魔物やら悪党を倒すといった依頼はほとんどなく、雑用ばかり。
傍から見ると勇者勇者とおだてられて、こき使われているようにも見える。
しかし、ラディルは――
「くっ、楽しい……! 楽しすぎるぞ、この生活!」
大いに楽しんでいた。
幼い頃から親友アレスと共に剣術漬けだった日々。
おかげで剣の腕は魔王を倒せるほどになったのだが、いわゆる普通の仕事をこなすことはほとんどなかった。
だから、クワンの町での日々は新鮮で、楽しいものだった。
サーナとの仲も良好だ。
辺境の事情に詳しく頭もよいサーナは、ラディルには足りない部分を上手に埋めてくれていた。
「ご飯できたよ~!」
「お、ありがとう!」
そして今日も、ラディルたちの元に一筋縄ではいかない依頼がやって来る。
***
クワンの町の北には、町一番の大樹がある。
樹齢数百年とされる広葉樹で、特別に祀られたりしているわけではないが、町の人間からは長年愛され続けている木である。
だが、樹木の専門家がこう判断する。
「ダメだな……幹に腐食が見られる。切るしかない……」
切らなければ、腐食が広がって、木全体がダメになってしまう。
仕方ないとはいえ、人々の落胆は大きい。
長年町を見守ってきた大樹なのだ。
だが、木を守るためならと、人々は斧やノコギリなどの道具を持ち寄る。
ところが――
「……全然切れねえ!」
「長生きしてるだけあって、硬い……!」
「傷ばかり増えて……これじゃ木が可哀想だ」
腐食しているとはいえ木は硬く、作業が全くはかどらない。
苦しんでいる患者を下手な治療で余計苦しめているような気分になってしまう。
そして、誰かが言った。
「こういう時はラディルさんに頼もう! ほら、あの“勇者”を自称してる!」
この知らせを聞いたラディルは快く引き受けた。
「分かりました。この俺が大樹を斬りましょう!」
「やりがいあるお仕事だね、ラディル!」
サーナと共に現場に駆け付け、大樹と向き合うラディル。
人々が「お願いします」「大切な木なんです」と声をかける。
野次馬の中にはかつて妖刀に操られ、辻斬りをしてしまったダニエルの姿もあった。
中にはラディルを知らず、懐疑的な眼差しを向ける者もいた。
「でかいな……」
ラディルが木を見上げ、幹を撫でる。
きっと数百年、この地の歴史を見続けてきたんだろう……。
ラディルは木に語りかける。
「斬られたことにすら気づかないほど、静かに斬ってやる」
ラディルは腰を落とし、呼吸を整える。
右手は鞘に納まっている剣を握る。
静寂が辺りを包む。
間近で見守るサーナも、「まるでラディルがいなくなったみたい」と思うほどに。
ラディルがつぶやくように技名を口にする。
「――林静斬」
チンと、剣を納める音が響いた。
樹の異変に最初に気づいたのは、町長の息子ダニエルだった。
「もう斬れてる!」
大樹がゆっくりと倒れていく。
「あっ、危ない!」
誰かが叫ぶ。
しかし、ラディルは落ち着いたものである。
「いや、動かないでくれ。誰もいない方へ倒れるように斬ったからな」
ラディルの宣言通り、大樹は誰もいない方向に倒れ、ズズンと地面に沈んだ。
後には綺麗な切断面の切り株が残された。
ラディルの居合い技“林静斬”。
静かで、それでいて素早く正確な、相手に斬られたことすら感じさせない剣であった。
歓声が上がる。
「マジかよ! たった一太刀で!」
「すげえ!」
「全然分からなかった!」
ラディルを大勢の町民が囲む。
「ありがとう! あれなら木も苦しまなかったろう!」
「あんた、マジで勇者なの!?」
「ホントにすごかったんだな!」
賞賛を浴びるラディル。
照れ臭いが、悪くはない気分だった。
元々ラディルは“名声”にはあまり関心はなかった。
だから国王から「いなかったことになってくれ」と言われた時も、都を追放された時も、皮算用がパーになったとはいえさほどショックは受けなかった。
チヤホヤされることや頼りにされることに興味はないし、むしろそれで構わないと思っていた節さえあった。
しかし、今の彼は“勇者”を目指している。
王都で頑張る親友に自分の名を轟かせるために。
名声を得るってこういうことなのか、とその味を噛み締める。
これもいい。これも悪くはない。こういうのも楽しい。
にっこりと微笑んでいるサーナに、サムズアップするラディル。
そして決意を新たにする。
待ってろよ、アレス……。
俺は約束通り、この町で勇者になって、今にお前の耳に俺の名前を響かせてやるからな。
そしたら、遊びに来いよ。
この俺――もう一人の勇者ラディルのところに!
これで第一章終了となります。次回から第二章です。
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