第1話 勇者と一緒に魔王を倒したのに俺だけ追放!?
エラド王国に魔王が現れた。
魔王は王都の近くに魔王城を築き、魔族の軍勢を率いて、王都や周辺都市を脅かす。
これに対し、国王ゴードウィンはある若者に国の命運を託すこととした。
アレス・エトワールという若者を“勇者”に任命し、魔王討伐を命じたのである。
アレスは幼馴染であり親友でもあるラディル・クンベルと共に、魔王軍に立ち向かった。
二人は共に剣の達人であり、力を合わせ、魔族相手に奮戦。ついには魔王城に乗り込み、死闘の末魔王を討ち滅ぼしたのである。
死闘の舞台となった城内の一室に、仰向けに倒れ込む二人。
もはや剣を握る力も残っていないが、その顔には爽快な笑顔が浮かんでいた。
「やったな……アレス!」
勇者の“相棒”であるラディル。
黒髪に黒い瞳を持ち、茶色い皮の鎧を身につけた彼が、アレスに声をかける。
「ああ、これで王国に平和が戻る……」
勇者アレスはこれに答える。
金髪碧眼で銀色の鎧を纏ったその姿は、まさに“勇者”の称号に相応しいものであった。
ラディルは苦笑する。
「真面目だねえ。俺は国がどうとかより、あのクソ野郎を倒せた喜びしか頭にねえわ」
アレスはこれに微笑みを返す。
「お前らしいな。だが、お前がいなければ、魔王は倒せなかった。本当にありがとう」
「よせやい」
ラディルは照れ臭そうにする。
「とにかく……これでお前は勇者としての使命を果たせた。国で重職に就かせてもらって、ガンガン出世していくんだろうさ」
勇者に任命されるとはそういうことである。
『勇者』とはエラド王国において緊急時に武勇に優れた人物に与えられる称号で、“負けて生きて帰る”ことは許されない厳しい使命を負うことになる。
その代わり、使命を果たした時には重用を約束される。
アレスは魔王を倒したことで、政治や軍事において重要な職務を担うことになるだろう。
「ラディル、お前だって私の相棒としての功績で、多大な褒賞に預かれるはずだ」
「だよなぁ、期待しちゃうよ」
一方のラディルは『勇者』ではないので、この先国政の重職に就くようなことはない。本人にそのつもりもない。
しかし、彼が魔王討伐に貢献したのは事実であり、それ相応の恩賞は十分に期待できるし、その資格は十分にある。
「疲れと怪我を癒やしたら、王都に凱旋しよう!」
「おう!」
勇者とその相棒は、明るい未来を確信して、王都へと戻る。
そう、この時までは――
***
王都に凱旋した二人は、国王ゴードウィンの手引きで、まずはひっそりと謁見することになった。
盛大な歓迎を期待していた二人は疑問に思いつつ、謁見の間へと案内される。
式典でも使われることの多い、城内で最も広い部屋である。
玉座には国王ゴードウィン・エクリプスが座っていた。
いかめしい顔立ちの壮年の男であり、長い顎髭が貫禄を加算している。
アレスは礼儀正しくひざまずく。それを見て、ラディルも慌ててひざまずく。
「勇者アレスよ、おぬしのおかげで我が国は救われた。今後おぬしにはぜひとも国政を担ってもらい、ゆくゆくは国を背負って立つ存在になってもらいたい」
「ありがたき幸せ……」
アレスは粛々と頭を下げる。
彼は元々下級貴族の出身であり、国政に興味があった。そのための勉強もしていた。
ゆえに今回の『勇者』任命は渡りに船だったのだ。
一方のラディルも頭を下げつつ、顔をほころばせていた。アレスとは違い、剣にしか興味のない生き方をしてきたが、それでも褒賞が出るというのは嬉しい。なにしろ魔王を倒すという大殊勲、どれほどの大金を貰えるのか、何に使おうかと、ついつい皮算用してしまう。
アレスをひとしきり称賛すると、ゴードウィンがラディルに顔を向ける。
「さて、もう一人の……えぇと、ラディル・クンベル……だったか」
ゴードウィンはラディルのことはよく知らないらしく、紙を見ながら名前を告げる。
「おぬしは勇者の相棒として、魔王討伐に貢献したそうだな」
「そうでぇっす!」
意気揚々と答えるラディル。
緊張もあり、若干声が上ずっている。
この後は『おぬしにも多大なる褒美を……』という言葉が来ると、ラディルも、アレスもそう思っていた。
ところが――
「おぬしのことなのだが……実は“いなかったこと”にしたいのだ」
「……へ?」
予想外の言葉にラディルはきょとんとしてしまう。
代わりにアレスが尋ねる。
「陛下、それはどういうことでしょう?」
「うむ、アレスには魔王を倒した勇者として、これから国のために働いてもらわねばならぬ。だが、その伝説には……“相棒”は邪魔なのだよ」
「邪魔……俺が?」
「『魔王を倒した勇者アレスが国政を担う』、これは大陸中のニュースとなる。国民はもちろん、海外諸国もアレスに注目するだろう。言い方は悪いが、アレスにはこれから広告塔のような役割も担ってもらうことになる。だが……」
ゴードウィンが目を細める。
「魔王を倒したのが“二人で”ということになると、その効力は薄れてしまう。一人で魔王を倒す、二人で倒す、どちらがよりアレスの名を高めるかは言うまでもあるまい」
ラディルもアレスも呆然と話を聞いている。
「ゆえにラディルとやら。おぬしはいなかったことにしたいのだ。幸い、おぬしの存在を知る者はほとんどいない」
国王の言う通り、アレスとラディルの戦いはほとんど目撃されていない。
国民に行き渡っているのは「勇者アレスが魔王に挑み、それを倒した」という伝聞のみ。
「そこで、おぬしには北の辺境に旅立ってもらいたい。もちろん、生活に不自由しないだけの金は渡そう。それをこのたびの功績に対する褒美として受け取って欲しい」
「は、はい……」
愕然とした表情で返事をするラディル。
魔王を倒したはずなのに、どうしてこんなことに……。
俺の人生設計が……と灰色の思考を繰り広げる。
「お待ち下さい、陛下!!!」
これにアレスが抗議する。
「ラディルも私と共に魔王と戦ったのです! 少なくとも私と同等の厚遇を受けるべきです! ましてこんな追放も同然の処分など、あってはならない!」
ゴードウィンは冷たい目で答える。
「アレスよ、この処置を認められぬのなら、おぬしも国の重職に就くのは諦めてもらうぞ」
「えっ……!?」
「当然だろう。“二人で魔王を倒した勇者”など、大した広告塔にならぬ。それでは王国の上層部としても、おぬしを重職に就かせるメリットがなくなってしまうからな」
「……!」
アレスが唇を噛む。
ラディルもそれを見逃さなかった。
「まあ、今日いきなりこんなことを言われても結論は出まい。明日また謁見を行う。それまでに二人で話し合って、結論を出しておいてくれ」
半ば打ち切られるような形で謁見は終わった。
アレスとラディルは色々と言いたい気持ちを抑えつつ、国王に頭を下げて、謁見の間から退室した。
***
ラディルとアレスには話し合いのために、城内の一室が与えられた。
木のテーブルに向かい合って座る二人。
「ふざけるなッ!!!」
アレスがテーブルを拳で叩く。
ラディルがビクッとするほどの迫力だった。
「ラディルの功績を認めず、しかも追放するだと? こんな話、認められるか!」
国王の話に当然ラディルは納得いってなかったのだが、アレスはラディル当人よりも怒っていた。
ラディルも思わずたじろぐ。
「お、落ち着けよ……」
「これが落ち着いていられるか!」
アレスの顔は真っ赤である。
下手すりゃ魔族たちに対してよりも怒ってるかもしれない……とラディルは思う。
「明日、朝一番で陛下に直訴する。私はお前と魔王を倒したことを公表し、我々は同等の褒賞金を手にする。これでこの一件にカタをつける」
「いや、ちょっと待てって……」
「よし、今夜は疲れたし、もう寝よう」
話を切り上げようとするアレスを、ラディルが怒鳴りつける。
「待てって!!!」
「……!」
動きを止めたアレスに、ラディルは真剣な顔つきで問う。
「お前、本当にそれでいいのかよ?」
「それでいい? 何がだ?」
「せっかく勇者になって魔王を倒したのに、重職に就けなくなることだよ。俺はお前がこの国のことをどれだけ想ってるか、よく知ってる。ずっと政治に携わりたかったってこともな」
アレスは黙っている。
「それにクレア王女のこともある。お前は……クレア王女が好きなんだろ。きっと彼女もそうだ。だが、お前がここで勇者として重職に就けないと、彼女と付き合っていくのは難しくなる」
クレア王女とは国王ゴードウィンの娘で、アレスとは密かに想い合っている。
しかし、アレスは下級貴族に過ぎない。彼女と結ばれるためのハードルはあまりに高い。
だが、勇者に任命されその使命を果たし、国の重職に就いたとなれば、王女と結ばれることも夢ではなくなる。
アレスはこう答える。
「かもしれないな。だが、お前を犠牲にした上で勇者としての栄誉を得るなど、まっぴらごめんだ」
アレスはあくまで友情を優先させるつもりだ。
ラディルにはそれが嬉しかった。
出世より、恋心より――自分を取ってくれている。
だが――だからこそ、ラディルは大きな決断をする。
「アレス、お前は“一人で魔王を倒した勇者”として、ちゃんと名誉を受けろ」
「何を言っている!?」
アレスが眉間にしわを寄せる。
「だってよ、悔しいじゃねえか。せっかく魔王を倒したのに、お前が国政を担えなくなったら、国王の思う壺だ。向こうからすれば、『魔王を倒すことができて、しかも勇者に重要な地位を与えなくて済む』って状態になる」
「……」
「だが、俺がいなかったことになれば、お前は重要な地位につける! 勇者として国での人気は高まるだろうし、政治もやらせてもらえて国をよりよくすることができる! 最高じゃねえか!」
アレスが反論する。
「だが、お前はどうなる!? 辺境に追放されるんだぞ! お前も私と一緒に魔王を倒したのに!」
「俺はお前と違って、地位とかに興味ないんでね。金は貰えるらしいし、辺境で楽しく暮らすさ」
こう言ってのけるラディルだが、やはりアレスは反対する。
「ダメだ! 私が勇者なら、お前も勇者! 二人で勇者なのだ!」
アレスのこの言葉にラディルはハッとする。
「そう……そうだよな」
「そうだ! だから、二人で魔王を倒したと公表――」
「いいや、そうじゃない」
「?」
「俺はやっぱり辺境に行くよ。お前は王都で、“勇者”になれ!」
「だから、それはダメだと――」
「話は最後まで聞けって。俺も……“勇者”になる」
ラディルの言葉に、きょとんとするアレス。
「つまりだな、俺も辺境で“勇者”を名乗ってやる。俺も魔王を倒したよーってな。アレスだけじゃないぞーってな」
不敵に微笑むラディル。
「それをずっとやってれば、勇者ラディルの名は辺境に轟いて、いつか王都にいるお前にも俺の名が届く日が来るだろ。いや、届かせてみせる!」
ラディルは自分の決意を見せつけるように拳を握り締めた。
「……」
「そしたらさ、酒でも飲みに来てくれよ。俺んとこまで!」
アレスは押し黙っている。
やがて、口を開く。
「……本当にそれでいいのか、ラディル!」
「ああ、それでいい。むしろ、こうしたいんだ」
アレスの目から見ても、ラディルの宣言は強がりには感じられなかった。
この男は己の意志で、追放を受け入れようとしている。
「分かった……。ならば私は陛下の要求を飲もう。王都までお前の名が轟くのを楽しみにしているぞ」
アレスは苦渋に満ちた表情だった。
「おう、約束する!」
ラディルは辺境に行くことを選んだ。
友のために――
それに彼自身、北の辺境には足を踏み入れたことがなかったので、「こんな機会でもないと行く機会ないしな」というのんきな思考も混ざっていたのは事実だ。
次の日、アレスとラディルは国王の提案を飲むことを報告した。
国王ゴードウィンは自分の提案が受け入れられたことを喜ぶ。
「ではアレスにはこれから勇者として、王国の国政を担ってもらう。存分に働いて欲しい。それと……ええと、ラディルだったか。おぬしには早急に旅立ってもらおう。近く、辺境行きの馬車が出るから、それに乗っていくがよい」
ラディルを最後まで軽く扱っていた国王にアレスは不満を抱いたが、当のラディルはさして気にしていなかった。
こうしてアレスは“勇者”として、今後の輝かしい未来が約束された。
親友ラディルの追放と引き換えに――
連載作品となります。よろしくお願いします。