秋桜
「はぁっ……はぁっ」
閑静な住宅街。人っ子一人歩いていない道を全速力で走っている。地図に書かれていた所はここから一キロ程離れていた。急いでそこへ向かうとそこは住宅街を見渡せる、小高い丘にある休憩所的な場所だった。そこで秋津さんは夜景を眺めていた。
「秋津さん!」
「織本くん。来たんだ……」
どこかこの展開を予想でもしたこのように、特段驚く様子もなく落ち着き払った調子だ。
「さっきはごめん。あんなデリケートな問題に土足で踏み込むような真似をして」
「それで? 何が言いたいの?」
「俺と一緒にこの問題を解決していこう」
「どうゆうこと?」
ほとんど表情と口調を変えずに言い放った。
「これからずっと、同じ業界にいるものとして。仲間として俺の手をとってくれないか?」
俺は手を差し出し、返答を待つ。
「そんなの……。そんな都合のいい話なんてあるはず無いじゃない!」
出した手を払い除け、強い拒絶反応を見せた。
「だって私とあき君は所詮ビジネスパートナー。仕事でしか関わらない存在でしか無いし、公私混合もいい加減にしなよ!」
耳が痛い話だ。秋津さんの言う通りだ。
「確かに俺のやっていることビジネスパートナーを超えた、一ファンとしては超えてはならない一線を超えている。だけどな……。目の前で推しが傷ついているんだぞ、そんなの救いたくもなるだろ?ここで見てみぬふりをするなんて花びらとして失格だ」
俺渾身の告白に秋津さんは少し笑っていた。
「もう……。傷つけたのはあき君でしょう……」
「それは言わないでくれ・・・」
「ふふ。つくづく変だね、あき君は。本当に……。本当にこれから仲間として私の手を取ってくれますか? 私と協力して、世界一のVtuberにしてくれますか?」
こんな質問に答えるのは簡単だ。俺は桜庭アリスを・・・。そして秋津沙羅を・・・。
「世界一どころか宇宙一のVtuberにしてやるよ。宇宙一のVtuberと宇宙一の花びらだぞ? Wetubeで登録者百万人突破なんて余裕だ。お前の配信と俺の切り抜き、合わせれば最強なんだ。そうだろう?」
俺は秋津さんの告白を豪快に答えた。
「やっぱりあき君らしいよ。今日を持って秋桜、結成だね」
「お前も安直だな。akiと桜庭の頭文字取ったのか。最早桜関係なくなってるけどな」
「いいじゃんコスモス」
「それもいいな。そうした方が花びらの俺も目立つからな」
「さっきまで一ファンとか言ってたのに」
コスモスは秋に桜のようなピンク色の花を咲かせるから、秋桜。桜よりも小さいが可憐で美しい。桜はその見た目と華やかさで人の目を引きつける。配信を桜とするなら、切り抜きは秋桜では無いだろうか?俺は桜庭アリスには沢山の人の目を引きつけてほしい。俺はその華やかさを小さきながらも美しい、秋桜として発信していきたい。
「そんな事は良いんだよ。まあ、よろしくな相棒」
俺はさっき振り払われた手を再び差し出した。
「これから二人で頑張ろうね」
これから二人で宇宙一のVtuberを目指すユニット、秋桜が誕生したのだった。
「それじゃあ行くか。もう午前三時だぞ、このままじゃ補導されるからさっさと火夜さんの家に戻るぞ」
「ごめん」
短い謝罪の言葉を尻目に俺の体に秋津さんの華奢な体が飛び込んできた。
「なっ!」
急に飛び込まれたから、踏ん張れずに後ろの芝生に二人して倒れ込んだ。
「ごめん。ちょっとこのままにさせて」
二人で折り重なるような体位になり、目の前に秋津さんの可憐な顔が間近に状況だ。
やっぱり可愛いな……。今までこんなに間近で秋津さんの顔を見たことが無いので、改めて見ると小顔で目鼻立ちも整っている。頬は桜色に色めきたっていた。とく……とく……と秋津さんの心臓の鼓動が俺に伝わってくる。それ程までに肉体的距離が近い。
「あき君って大っきいんだね」
「ど……どこがですか……」
「何か変な想像してるでしょう」
俺の胸の上を秋津さんの指が這う。蠱惑的な行動に俺の頭はどうにかなりそうだ。
「じゃあそんな勘違いされるような行動するなよ」
「もしかしてこれかぁ〜少年」
「ちょっやめろ」
また指が這ってきた。そうして今まで気づかないふりをしていたが、ちょっと……体位がな……。その……かなり際どい体制だ、傍から見たら勘違いされそうな程に。正直男としての本能がさっきから刺激されまくっている。
「あき君って結構鍛えてるんだね。腹筋とか胸筋とか」そんな葛藤は知らないのか気にせず触っていく。
「中学の時結構運動してたからな。今も筋トレが日課でそこそこ鍛えてるからな」
「凄いよ、カチカチだよ。だからちょっと胸借りるね」
「は!?」
さも当然かのような調子で俺の胸の上に頭を乗せ、腕枕ならぬ胸枕として利用している。
「温かいよあき君の胸、心臓の音も聞こえる」
秋津さんは俺の胸に顔を埋め、とろんとした顔で俺の胸を満喫している。
「なんかくすぐったいな、こうゆうの」
「すごく良いよ……これ……」
「それは良かった……のか?」
まるで温泉に入っているカピパラのような感じだ。
「今日はごめんね……。色々あき君を振り回しちゃって。面倒くさい女だよね私……」
先程までの態度が一変し、弱々しくなっている。
「もうその態度が面倒くさいぞ……」
「茶化さないで聞いてよ……。あき君のいけず」
「少しぐらい良いだろ」
さっきまでの蠱惑的な行動から庇護欲を掻き立てられるような、小動物のように弱々しい。
「いけず……。もうこっちの本題に入るからね。どうしてあの時私が飛び出したか、今なら話せるから……」
俺の胸の上で少し恐怖を噛み殺してるような表情で事の顛末を語ろうとしている。
「ゆっくりで良いから、怖いなら途中で辞めても大丈夫だ。話せる範囲で良いから話してくれ」
俺は秋津さんの恐怖が少しでも和らぐように頭を撫でた。
「うみゅ、えへへ。ありがとう」
少し表情が和らぎ、そして本題の事について語りだした。
「実はね……私DMで脅迫されてるの。でもねこのぐらいの事はたまにあったし、気にも留めてなかったんだけど今回来たやつは違ったの。何故か私の個人情報とか私の写真とかがあって、それと一緒に『次は無いぞ』って書かれてた。この事は勿論警察とかに言ったけど、何か起こるまで動けないって、言われてちゃって。それで今日あき君が拾ったデジカメの写真を見たときに、私に送られた写真が入ってて、それであの男がストーカーって知ったら気が動転しちゃった」
どうやら事は俺が思ってるいる以上に深刻らしい。
「もしかして最近配信活動とかしてないのは……」
「うん、ちょっとそんな事する気じゃないし。炎上の事もあったし、ちょっとこのまま休もうかなって」
秋津さんの顔には今まで心労が透けて見えるほど悲しい顔をしていた。
「すまん。そんな時に問い詰める真似なんかして」
「別に良いよ。あの時は私も気が動転してて、冷静な判断が出来なかったし。少し言われただけで飛び出すなんて、こっちこそごめんね」
あの行動はかなり追い詰めてしまったからしてしまったらしい。逆にそれ程までにあの男は秋津さんを追い詰めているのだ。到底許されざる行為だ。そして最後の一押しをしてしまった俺も同罪だろう。
「ごめん。ちょっと泣く」
そう言うと俺の胸に顔を埋めてしまった。俺の胸に温かい液体が染み込んでくる。すすり泣く秋津さんに俺は、背中をポンポンと優しく叩くことしか出来なかった。
「ありがとう。服、ちょっと汚しちゃった」
目には泣きはらした後が残っているが、憑き物が落ちたような感じで表情がさっきより明るくなっている。
「俺の服ぐしょぐしょにしといて、今更そんな事気にするなよ」
「そこは普通、『全然大丈夫だよ』とか言う所」
「そんな軽口叩けるなら大丈夫だな。火夜さん待たせてるし、早く戻るぞ」
「あき君!」
帰ろうとしたら、秋津さんが俺を呼び止めた。何事かと振り返ったら丁度秋津さんの後ろから日の出が昇ってきた。
「二人で秋桜。絶対天下取ろう!」
「おう! 相棒」
俺は相棒の問にサムズアップで返した。俺はその日、これ以上相棒を傷つけさせないため、そしてこれから宇宙一のVtuberを目指すため。目標を叶えるその日まで、相棒をどんな時でも支えると誓った。