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推しに脅されました

『桜庭アリスの配信に乱入者!? 発狂して配信が終了』








「はい、UPロードと……」




 俺は今日の分の切り抜き動画をyoutubeに上げた。 配信自体は削除されていたがネットにあったやつを持ってきて今回の切り抜きを投稿した。自分でも何やっているとは思うがこうでもしないとストレスでどうにかなりそうだ。








「どうしたのかな?織本くん」




 顔を上げたら彼女と目があった。そう、今俺のストレスの根源。目の前にいるのが桜庭アリスの中の人秋津沙羅だ。五十嵐先生のせいで俺たちは映像研究会として部活動をしなければいけなくなった。




「やっぱりこれって現実なんですかね?」




「そんなに私に会えたことが嬉しくて夢心地なのかな? 照れちゃうな……」




 秋津さんは少し照れたような顔を浮かべた。




「いや、何照れてんだよ!」




「お〜、ナイスツッコミ!」




「何すっとぼけた事言ってんだよ……。昨日の事は大丈夫かよ……?」




「あ〜、めっちゃ怒られちゃったよ。会社の緊急役員会議で契約解除目前までいったけど何とかなったよ……。けどそのせいで謹慎三週間。無収益での配信を一ヶ月するように言われちゃったよ……」




「俺のせいだから強くは言えないが、今絶賛炎上中のvtuberの発言だと思えないな……」








 昨日の配信はすぐに削除されたがそんなので炎上は止まるはずなく、Twitterのトレンドで瞬く間に一位を獲得し今のネットではファンやアンチの阿鼻叫喚の地獄のような事になっている。




「いいのいいの、炎上なんかほっとけば鎮火するんだから」




「清々しいほど反省していないな……」




 まあ、俺もその切り抜きを上げている時点で同罪か……。




「もしかして私の事心配してくれてるの?」




「当たり前だろ。俺は花びらなんだからな」




「ふーん……。まあそんな事は置いといて」




 かなり大事な事を置いといた気がするが、秋津さんはその事を気にせず話し始めた。




「織本くんって編集とか出来たりするの? 今パソコン持ってきてるし」




「ん? ああ簡単編集ぐらいなら出来るぞ」




 今日からここに来る事になったので、暇つぶしに編集も出来るノートパソコンを持参してきた。勿論校則違反だが、バレなきゃ問題無い。




「じゃあさ、私の配信の切り抜きを作ってくれないかな?」




「なぜ俺がそんな事をしなくちゃいけないんだ」




 




「理由ならあるよ。これだ〜!」




 そう言って秋津さんはスマートフォンを取り出し、スクショらしき画像を見せてきた。




「これはどうゆうことかな、織本くん? いや、切り抜き師のakiと言ったほうが通じやすいかな」




 それは俺の切り抜き動画のサムネだった。




「黙秘権を要求する」




「ふーん、黙っちゃうんだ。なら炎上系Vtuberばかり取り上げている人とツテがあるからこの録画音声を使って『現在炎上中!桜庭アリスが身バレ!? 正体を知ったのは、あの有名切り抜き師!? 』ってタイトルで動画を上げてもらうよ?」




「何を言うかと思ったら、そんなデタラメを言うのか?」








『桜庭アリスの魂がまさか秋津さんなんて……』




 秋津さん制服の胸ポケットから昨日俺が言った独り言が聞こえてきた。そして胸ポケットからスマートフォンを取り出した。




「証拠ならあるよ。昨日の話、スマートフォンで録音させてもらいました。この音声をネットになんて上げられたら切り抜き師akiとしての活動は絶望的ですね。織本くん少し配信活動もしているから、そこからこの音声の裏も取れますよ」




 その言葉はまるで昨日までの、氷の女王を彷彿とさせる口調で言った。




 




「分かったよ、降参だ。それで秋津さんの切り抜き動画を作ればいいのか?」




 流石にそれを出されると誤魔化すこともできない。これ以上抵抗したら、本当にやりかねないのでここは素直に従うしか無い。




「物分りが早くて助かるよ。約束だよ?」




 またさっきまでの秋津さんの口調に戻り聞き返してきた。




「分かったよ。男に二言はない」




「ありがとう。それじゃあこのメモリに編集してほしい配信の録画あるから明日までによろしくね〜。それじゃあ今日は早めに解散だよ。鍵は返しといてよ〜」




 そう言うと秋津さんは教室を出て帰ってしまった。








 




「仕方ないか……」




 早速渡されたメモリをノートパソコンに挿し内容を確認する。




『一番初めに見ること!』そう名前が付けられたPDFファイルをクリックする。




『炎上系取り扱う人とツテがあるのは嘘だよ! これから編集よろしくね!』








「やられた……」




 ファイルの更新日が昨日なのでどうやら完全に秋津さんにしてやられたようだ。




「俺も帰るか……」




 緊張が溶け俺も帰路につくことにする。








 にしても秋津さんの性格変わりすぎだよな……。




 家への帰り道、俺は率直な疑問を考えている。昨日まで氷の女王として恐れられているのに対して、教室での変わり度合いはまるで別人のようだ。普段の秋津さんが氷の女王だとしたら、あの秋津さんは春の到来を喜ぶ子供だろう。この春津モードが桜庭アリスの元なっているとは思う。しかしどうして今の冬津モードになってしまったかが気になるが、今現状じゃなんとも言えないな……。








「ただいま〜」




 静かな廊下に俺の声が響く。父はいつも夜遅く帰るのでこの時間帯はいつも一人だ。




「おかえり、あき」




 聞き覚えのある声に驚いていると階段を下る秀の姿が見えた。




「どうして俺の家に居るんだ?」




「ひどいな、あきから呼んだのに昨日来なくてすごく暇だったんだよ」




「あ〜すまん。昨日色々あって遅れた」




 すっかり今日秀に編集を教えてもらうことを忘れていた。昨日は秋津さんの件があり、思い切り秀との約束をすっぽかしてしまったので今日に移ったのだ。








「なあ、秀。もし美少女に脅迫されたらどうする?」




「なんだい?藪から棒に?」




 俺は早速、秀先生による動画編集講座を受け、少しの休憩時間に今日のあったことを少し伏せて質問してみる。




「いや、さっき思いついてな。秀だったらどう答えるかなと?」




「普通そうゆう質問の定番は『もし、美少女が空から降ってきたらどうする?』とかだと思うんだけど」




「それじゃつまんないから少し変えた」




「そうゆうものか? まあいいけど」




 かなり怪しい言い訳だったが納得してくれたようだ。




「もし美少女に脅されたらだっけ、それだったら答えは一つじゃない?」




「どんなのだ?」




 秀は少し間をおいて語った。








「そんなの美少女の言うとおりになればいいのさ。だって美少女なんだろう? そんなの俺達にとってご褒美じゃないか。しかもそんなシチュエーションなんて人生で一度あるか無いかだ、そんなラブコメ展開をみすみす逃すなんてクリエイター失格だよ。あきも一端のクリエイターなんだから、もしそんな事があったら面白くなる方向に進んだ方が絶対にいいよ」




 いかにも面白いこと映像をもっと面白くするゆっくり実況者らしい、説得感のある言葉だ。最初の言葉は聞かなかったことにするが。


「最初はともかく、最後のは秀らしいな。ありがとうなこんな質問に乗ってくれて」




「僕も一端のクリエイターだかね、こんぐらいの質問いつでも聞くよ」




 秀は少し誇らしげに言った。




「ところで僕が答えたんだからあきも答えるべきなんじゃないかな?」




「あ〜あ〜聞こえない〜。もう日も落ちてきたから帰るぞ」




「ちょっと! あき、それはズルくない!?」




 そんな事があり俺達の動画編集講座はお開きとなった。












『お話しよ!』




 秀を玄関まで送った後、俺は日課となったVtuberのライブ配信を見ようしたが俺のTwitterアカウントにDMが届いていた。




「あいつも結構思い切った事するな……」




 そう送り主は桜庭アリス、つまり秋津沙羅だ。以前の俺なら推しがDMを送ってくれるなんて天地がひっくり返っても無いことなのできっと昇天するレベルで大喜びしただろう。しかし推しの魂は秋津沙羅だ、だから特に感慨深くも無いのだが、そんな思考になっている俺自身が最も憎い。まあ、そんな事は一旦置いといて俺は秋津さんから送られたURLをクリックした。








『桜庭アリスさんがあなたをDiscordに招待しています』




 URLには桜庭アリスのDiscordアカウントに招待する、招待画面が写った。どうやらここで話そうということらしい。




 VTuberでDiscordと言うと凸待ちが思い浮かぶ。Vtuberが配信中のVtuberに通話を持ちかけ簡単に雑談をすることだ。このときにいろいろなVtuberが通話を持ちかけてくれるのでプチコラボのような形になり、ここでしか聞けない雑談が聞けるので人気の企画だ。








 正直今日の件がありあまり積極的には誘いに乗りたくないのだが、さっき見送った幼馴染の言葉が脳裏に浮かぶ。『もしそんな事があったら面白くなる方向に進んだ方が絶対にいいよ』




「なるようになれだな」




 ここで立ち止まっても何も起こらない。俺は幼馴染の言葉に背を押され、意を決して招待画面の参加と書かれた文字をクリックした。


「うわっ!」




 突然部屋に響き渡るリズミカルな着信音が俺を襲った。少し驚いたが改めて画面を見ると、画面には桜庭アリスのアイコンと俺がDiscordアカウントで使っているアイコンが表示され、下には通話と書かれている。反射的に俺はその文字をクリックしていた。




「招待されていきなり通話って、いきなりにも程があるだろ」




「うわ!本当に織本くん出た」




「出たも何もお前から通話してきたんだろうに……」




 通話かけてきた張本人はまるでイタズラが成功した生意気な子供のように笑った。




「へっへっへ、実はほとんど確信してたけど、akiが織本くんっていう証拠がなかったから半分博打だったんだよね」




「本当に俺じゃなかったらどうするつまりだったんだよ。違ったら桜庭アリスのDiscordID流出してただろうに」




 あいつもそこそこ危険な橋を渡ったようだ。




「でも織本くん安直だよね。織本明の名前をそのままとってakiって、見る人見たら一瞬で分かっちゃうよ?」




「いいだろ別に、俺はネーミングセンスが無いんだ」




 俺の小さな反論を秋津さんは笑い飛ばした。




「あはは、面白いね織本くん」




「そこまで笑わなくていいだろ」




「いや〜、叩くとよく音が鳴るね〜」




「心外だ……。ところでそんな博打までして俺と話したいことは何なんだ?」




「あっ、忘れてた」




「自分から吹っかけた話を忘れるなよ……」




 今日の教室でしたように、癖なのだろうか? 咳払いをして話を進めた。




 




「っうん、それじゃあ本題に入るよ。今私がこうして通話しているのは織本くんの腕を買っているんだよ? 依頼自体はもう完了したけどね」




「あれを世間では脅迫と言うぞ」




「そんな細かい事いいじゃん。あれは少しカマかけただけだよ」




 どうやら学校とは違い、今話している秋津さんはかなり大雑把な性格なようだ。




「また大雑把な……。それ俺がaki本人として確定して行動してるだろ」




「人生このぐらいが丁度いいんだよ。akiくん?」




 煽るような言い草に俺は学校での秋津さんと今話している秋津さんが同一人物だとは今日の出来事がなければ信じられなかった。


「おまえ本当に学校と性格違うんだな、キャラ崩壊してるぞ。氷の女王の名はどうしたんだ?」




「そんなのあなた達が勝手に付けたあだ名でしょう? 不愉快だからやめてもらえる?」




 何かが秋津さんの癪に触ったのだろうか。先程の口調から一変して氷の女王を彷彿させる言葉が飛び出した。




「悪い今度から気をつける」




「今度は無いよ。それじゃあ肝心の依頼内容の発表だよ」




 底冷えする程の声の後、さっきまでの秋津さんに戻った。




 




「今回私があき君に依頼するのは動画作成。つまるところ切り抜き動画の作成だね。具体的には一週間に一本前週の見所をまとめた切り抜き動画を作って欲しいです」




「それが依頼か? だったらそのくらいならするぞ」




「返事が早い男は嫌いじゃないよ」




「でも一つだけ条件がある」




 俺だって今日あった事を忘れたわけじゃない。流石に一つぐらいねだってもバチは当たらないだろう?




「条件は事務所が実現出来る範囲でお願いね」




 俺がこの依頼に求める条件はたった一つしか無い。少し言うのが恥ずかしいが、こんな機会はもう二度と来ないかもしれないんだ、俺は言うぞ。




「俺にずっと桜庭アリスの切り抜きを作らせてほしい。他の切り抜き師に頼まないで俺だけに……、切り抜き師akiだけに頼んで欲しい」




 最早一種の告白のような条件を言い、しばし二人の間で静寂が流れた。そしてその静寂を破ったのは秋津さんの笑い声だった。








「え? 普通そんな事頼む? ずっと切り抜きを作らせてくださいなんて。あき君もしかしてバチャ豚か何かなの?」




「そこまで笑わなくてもいいだろ。後、バチャ豚は心外だ、俺がお前にスパチャしたこと二三回ぐらいしか投げたこと無いぞ。バチャ豚は冗談でもやめてくれ。推しが言っていると普通に傷つくから」




 秋津さんは申し訳無さそうに謝った。




「あ……。ごめんね、勿論冗談だから」




 バチャ豚。嫌な言葉を聞いた。バチャ豚とは、まあ言い方は悪いがいわゆるvtuberファンの蔑称だ。第三者から見ると我々の行動は豚に見えるらしい。主にvtuberファンをバカにするときに使われることが多い単語で正直この言葉を使われると悪意がなくても辛い。気を取り直して俺達は契約の話に戻る。




「まあ、これで契約成立でいいか?」




「勿論いいよ、でも本当にこんな概念的なもので良いの?」




 そんなの最初から言葉は決まってる。




「推し公認の切り抜き師になれるんだ。これ以上嬉しいことはないよ」




 秋津さんは俺のこっ恥ずかしい話を笑わず、心の底から感謝しているような口調で言った。




「本当に私の事を推してくれているんだね。ありがとう、あき君」




 それは確かに秋津沙羅が言った事だったのだが、今思ってる気持ちは推しを思う気持ちと自然と似ていた。


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