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推しとの邂逅

「起立、礼、ありがとうございました」




 滞りなく帰りのHLが終わりクラスメイト達が部活に行ったり帰路についたりしている。




 




「じゃあね、あき」




「部活頑張れよー」




 美穂を送り出した後、閑散とした教室で俺は秀と雑談をしていた。




 




「秀、今日俺の家で編集教えてくれない?」




「朝言ってたこと? いいよ。またみっちりと教えてあげるよ」




「ありがとう、助かる。俺は学級日誌を書いたら帰るから秀は先に俺の家に行ってくれ」




 俺は自宅の鍵を秀に投げ渡した。




「まったく、自宅の家の鍵でしょう?そんな簡単に人に渡していいのかい?」




「秀は俺の家で何か変なことしないだろ? 信頼だよ信頼」




「それは友達として嬉しいな。じゃあ、家で待ってるからね」




 




「さてと……」




 俺は秀を送り出し学校へ戻った。








 10分ぐらいはたっただろうか、学級日誌はすぐに見つかり手早く書き、俺は足早に職員室に向かった。








 「ん……?」








 人のいない静かな廊下を歩いていると奥の方から誰かの声が聞こえてきて








 その奥は確かい今は無きコンピューター部の部室だった教室で誰もいないと思うのだが?








 そんな疑問がよぎり、俺はその声の主のもとへ向かった。




 足音を殺し、慎重に廃教室向かうと聞こえづらかった声が鮮明に聞こえてきた。




「こんばん桜〜、エクスペリエンス所属二期生桜庭アリスです」




 俺は聞こえてきた声に驚きが隠せなかった。




 しかしその驚きは取り越し苦労に終わるのであった。




 スマホを急いで確認し、桜庭アリスのyoutubeチャンネルを確認すると彼女は丁度今配信している所だったのだ。




 つまりこれは誰かがこの教室で桜庭アリスの配信を見ているだけなのだ。




 そんな非現実的な事なんて起きないと分かっていたはずなのに少し落胆してしまうとともに、嬉しくもあった。これは一つのチャンスなのだ。




 学校ではVTuberを語れる友達は一人もおらず、何かとVTuberを一緒に語れる友達が欲しかったのだ。




 なら考える事は一つだよな。




 そう思うとドアに手をかけ堂々と教室の中にいる人に言い放った。








「すみません! 桜庭アリスの配信が聞こえてきたので思わず入ってきちゃいました! 自分VTuberを語れる友達がいなくて、出来れば一緒に桜庭アリスを語りあいません……は?」




 俺は目の前に見えた光景に驚きを隠せなかった。








 パソコンデスクには学校に絶対に置いていないであろうLEDでピカピカ光っているゲーミングPCが置いてあり、配信用であるコンデンサーマイクも見えた。誰がどう見ても配信をいると分かる設備だ。勿論学校にこんなハイスペックな設備は無い。




 しかしそんな事なんて些細な事に思えてしまうほど驚く事がある。








「おっ折本くん……」




 そう目の前にはヘッドセットを付け、固まっている秋津さんの姿があった。




「えっと……。秋津さん何やってるんですか……?」




 よく声が出てきたと思う。この非現実的な光景で行動出来たことに対して自分で自分を称賛したい。しかしこの状況には一つお約束がある。




「早く出てってよ! このバカ!」




 そう、真っ先に行動した人は死ぬのだと。顔にコンデンサーマイクがめり込みながら思ったのであった。




 




 まさかの出来事に俺は放課後の廊下で途方に暮れていた。




 本当に美穂の感どおりになるとは……。俺は彼女の……、桜庭アリスの初配信から今日に至るまでこの挨拶を聞き、切り抜いてきた。最早彼女のことを隅から隅まで知っていると言っても過言じゃ無い。そう言えるほど彼女の声に、姿に、そして彼女の人間としての部分に惹かれていった。そんな俺の生きがいとも言える人が教室の扉一枚挟んだ所に居る。そんなのファンとしてこの上なく嬉しいことだ。ただ、一つを除いて。




「桜庭アリスの魂がまさか秋津さんなんて……」




 俺はため息交じりに今の素直な気持ちを吐き出した。




 正直に言うと彼女のvtuberとしての面と人(魂)としての面のギャップに素直に戸惑っている。まさか聞く人全員を包み込むような優しい声で魅了する桜庭アリスの魂が、聞く人を全て凍らせる氷の女王こと秋津沙羅だと誰が予想できるものか。








「私で悪かったですね……。まあいいわ、話があるからとりあえず入って」




 教室の扉が再び開き、中から落ち着き払った秋津さんが顔を見せた。




「さっきは怒って俺のことを叩き出したくせに……」




「何か言いましたか?」




「いえ、なにも……」




 どうやら氷の女王は健在そうだ。




 席に座るように促され、対面の席に座った秋津さんが話を切り出した。




「織本くん。あのどこまで聞いていたの?」




「何か挨拶をしていたところまで……」




「そうなのね……」




 その声はまるで周りの物が凍りつくような怒気を含んでいた。




「い、いや別に意図して聞いていたのでは無くて学級日誌を職員室に届けようとしただけであって……」




「そうなのね……」




 秋津さんはさっきと全く同じ事を変わらない声色で言っている。




「なので本当に不幸な事故だったんですよ」




「そうなのね……」




 秋津さんは、壊れたロボットのように同じ言葉を繰り返している。正直に言ってすっごく気まずい。ただでさえ、氷の女王として普段から恐れられている秋津さんと一緒に居るだけでも背筋が凍るのに、あのような現場を見てしまったからには、生きて帰れるのか分からない。それほどまでに、今この状況は危険なのだ。だからここは秋津さんを怒らせない慎重な言葉選びが求められる。




「えっと……、秋津さんはいつもここでこんな事を?」




 まあいいか。秋津さんはどこか諦めがついたような感じで話しだした。




「織本くんはもう私の正体を知っているようだから言うけど、放課後はここに来て歌の練習とかしたり、たまに配信もしたりしてるの。まさか来るとは織本くんが突撃してくるとは思わなかったけどね」




「すみませんでした」




「もうタメ口でいいよ? 話しづらいし」




 さっきまでの氷の女王の雰囲気が消え、代わりに唐突なタメ口と普段見ている秋津さんとは百八十度違う喋り口で、さっき秋津さんが桜庭アリスの魂と発覚したときとは違う驚きが俺を襲った。




「えっと、まずその喋り方は何なんだ? さっきと全然雰囲気が違うが」




「やっぱり気づかなかったね。昨日の配信で言った通りでしょ? まあ小学校までこんな感じの喋り方だったんだよね。今はあんな感じだけどこれが普段のわたしだよどうかな?」




「最後の言葉だけアリスの声にするな!正直さっきと今のギャップが違いすぎて混乱してる」




 さっきの言葉で秋津さんがアリスの中の人だと確信した。あの声がこの世に二つとしてあるはずないしな。




「まあそれでだけど、私がここで配信してる事とかクラスの皆や学校には内緒にしくれないかな? 実はここ無断で間借りしてるんだよね」




「えぇ……。優等生が何やってるんだよ……。てかどうやってこんな大量の機材運び込んだんだよ……?」




「え? モニターはここに置いてあったやつをそのまま流用したし、パソコンはケースはここに置いてあったやつを使ったけどパーツは全部自作、後は普通に持ってきたよ」




「そこまでして学校で配信したいのかよ……」




「まあ家で歌の練習とかすると騒音がね? 機材はあったほうが便利だから持ってきただけ」




 あたかも普通に言っているが普通はありえない。これが配信者魂だろうか?




「まあこんなもんかな? 質問はもうすんだ? 今から私炎上の火消しにまわらないといけないんだよね」




 秋津さんは皮肉げに言った。




「それは本当にすみませんでした……」




「絶対にこの事は秘密にすること! いいね?」




「分かってます。それじゃあ自分はこの辺で帰りますね……」




 この非日常から逃れようと扉に手をかける。








「おい。ここで何してる?」




「あ……、どうも。五十嵐先生……」




 まずい……、面倒くさい人が出てきたな……。




 五十嵐先生は体育教師でサッカー部の顧問だ。生徒に対しては厳しく指導するため生徒からは非常に恐れられている。




「叫び声が聞こえたから来てみたら、ここの教室は使用が禁止されているはずだが? これはどういう事だ?」




「あ……、えっと……」




「こんにちは五十嵐先生。すみません。これ同好会の活動でここの部屋を使わせてもらっているんですけど、まだ申請が出来ていなくて」




 秋津さんとは別ベクトルの恐怖に受け答えが出来ないでいると秋津さんが変わりに答えてくれた。




「これがか? 同好会の名前は?」




「映像研究会です」




「映像研究会だ? 活動内容は?」




「主に映画やアニメの歴史などを調べます」




 秋津さんはまるで最初から決めていたかのように堂に入った話をしている。




「そうか……。それじゃあ申請は早くしなさい」




 それだけを言うと五十嵐先生は戻っていった。








「すごいな。よくそんな嘘がペラペラと出るもんだ」




「全く良くない! 織本くんのせいで面倒くさいこ事になったじゃない!」




「自業自得なのによく言うよ……」




「クソが」




「そんな事言わんでくれ」




 流石に推しが暴言を吐いている姿は見たくない。




「取り敢えず明日も来て?」




「え?」




「え? じゃないよ。五十嵐先生にあんな事言った手前同好会を作るしか無いんだよ……」




「マジで……?」




「マジで」




 どうやら神様は俺を逃してはくれないようだ。








 こんなふとした出来事で俺達二人は出会ってしまった。これはそんな物語の序章に過ぎない


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