ライバルとして
「でもそうですね……確かに、自分のやりたいことは明確になったような気がしますね」
ウェルナー様の問いに「殿下が仰っているのはそういう意味でしょうか?」と尋ねながらエルフリーデは首を傾げる。実際に彼が言っている言葉はどうとでも取りようがありますから、誤解を生まないように少し慎重になる彼女でしたが、表情はこれまでのオドオドしたものではなくなっています。それだけでウェルナー様には十分に伝わったのでしょう。彼は頷きながらこう言った。
「そうか、『その気』になってしまったんだね」
「その気? というのは……レオノーラ様のことですか?」
正直このタイミングなのかと、思わず私は目を丸くしてエルフリーデを見つめてしまう。先日までの鈍感な振りはわざとなのか、それともこの状況になって遠慮というものをやめてしまったのか、それを判断する必要は今はないでしょう。
この言葉は『宣戦布告』だ。
エルフリーデからウェルナー様に対する宣戦布告なのだ。
その事実だけが、今エルフリーデから放たれた言葉によって詳らかになっている。
それは私と、そしてウェルナー様の動きを止めてしまうには十分な衝撃があった。しかしウェルナー様もそのことは知った上でエルフリーデをけしかけたのでしょう。彼はすぐに苦笑を浮かべながら小さく呟く。
「寝る子を起こしてしまったということか……」
悔しそうにも聞こえる。そして嬉しそうにも聞こえる音が私の鼓膜を叩く。
かみしめるように呟いた言葉を改めて自分の中で反芻しながら、ウェルナー様は少し冷めてしまったお茶を口に運ぶ。
素敵な香りももはや香らなくなってしまっているだろう。これはただ自らの渇きを潤すための行動だ。もしかするとウェルナー様は自ら考えていらっしゃる以上に困惑していらっしゃるのかもしれない。
ただ他の人とは違うのはそれを表情には表さないことでしょう。そして少しの沈黙の間にも自らの中に言葉を紡ぎ始めていました。
「父王がよく言っていることだが……」
そう口にした彼の表情は先ほどまでの少し軽やかな印象はなく、王族のそれに変わっていました。
「常識にとらわれることなく、多方面から物事を見るべきだ。それが悪しき考え方でない限りは、受け入れる事が重要だとね」
それは言葉は違えど、この国に住む皆が幼いころより教えられてきた内容だ。自らの考えを貫き通すために、『適正を見極め、己を鍛え続けろ』ということを私たちはおじいさまたちからずっと教えられ続けてきた。
その模範たるべきは王族だ。きっとウェルナー様はエルフリーデとは比べ物にならないくらいに、それを教え込まれてきたのでしょう。
彼の言葉にはそんな厳格さがあった。
「だから私は君の思いにも、レオノーラの思いにも何も口出しするつもりはない」
しかし厳格な言葉に少しだけ曇りが見えた。
おそらくここからは彼にとって『受け入れる』とはまた別の領域の話なのでしょう。咳払いしつつ、彼は「しかしこれだけはよく覚えておいた方がいい」と言いながら改めて彼は正面からエルフリーデを見据える。
「レオノーラは間違いなく私の妃になる。彼女が誰を思っていようともね」
瞳が告げていた。『これだけは決定事項だ』と。思いを向けても無意味だと。諦めてしまえと。
その圧力に、これまでは他の人を驚かせていたエルフリーデも言葉を発せずにただウェルナー様を見つめている。
しかしそんな視線を向けた刹那、すぐにその色は違うものに変わる。
「でもね、私は期待もしているんだよ」
それは初めて出会った時に見せてくれた、少し無邪気だった頃の色だ。
「初めて出会った時から君は予想しない事を言ってくれたね……」
おじいさまもそうですが、王族を王族とも扱わないようなあしらい方をしてしまいましたけど、あの時のウェルナー様にしてみれば、同年代から邪険に扱われたことはなかったのでしょう。「私はそれだけで君に救われたと思ったが、同時に歯痒かった」と続けます。
「自分の伴侶となる女性の心には常に自分ではない、他の誰かがいると分かっていたからね」
確かにレオノーラ様もハルカさんと出会ってから自分の気持ちを隠さなくなった。そして一層美しくなっていく彼女を横目に見ながら、許嫁という関係だけは残り続ける。
気にしないふりをしていても彼の中ではそれが頭を悩ませることではあったのでしょう。
そんな中、ついにエルフリーデが自分の気持ちに正直になろうとしている。だからこそウェルナー様は牽制の意味でこの言葉を口にするのでしょう。
「でも今のままでは何も覆らない。彼女は、レオノーラは私のものだよ」
それだけウェルナー様の中でレオノーラ様の存在というものは大きいのだ。
独り占めしたいほどに、誰にも譲れないほどに。
しかしそう言いながらも「でもね、同時に友として期待しているのさ」とも彼は言った。
「君がこの状況を覆してくれるんじゃないかと、私たちが想像していない世界を見せてくれるのではないかと。その時がくるかもしれないと」
そう思うと恐怖もあるが楽しさもあるのだとそこまで言い切って、また彼はいつもの笑顔を見せた。
それはいつも向けてくれる少し意地悪な、でも優しい笑顔だ。
私たちを友人と認めてくれた時の、そのままの笑顔だ。
ならば私たちもちゃんと返さなくてはいけませんよね。
ね? エルフリーデ?
「……言いましたね、殿下?」
浮かべたのは不敵な笑顔。
「あぁ、エルフリーデ。しかし私も簡単に負けるつもりはないよ?」
似た表情を浮かべて彼も応える。
「わたしだって、決して負けませんよ」
もう譲ることはしないと、改めて自分の気持ちを明確にして彼女は続ける。
「絶対に、負けませんから」
そう言い切ってエルフリーデは先に席を立った。
放たれた矢のように、でも逸る気持ちを抑えながら。
その後ろ姿は少し危ういけど、私には誇らしく見えた。
「なぁ、あれが本当の彼女なのかい?」
さぁ、どうでしょうか?
人なんて少しの時間で大きく変わることが出来ますからね。
「君は知っていたのか? 彼女が守られるだけの人じゃないと……本当に見違えてしまったよ」
知りませんでしたよ。
まだまだ守ってあげないといけない、大事な女の子だって思っていたんですから。
「あれでこそ、私の憧れた、友と呼べる人だよ」
エルフリーデを見送りながらそう言って彼はまた冷たいお茶に口をつけた。
その表情には笑みが溢れていた。




