ラストステージに立って
時刻は丁度夕方にさしかかる少し前くらい。
身体をすり抜けていく風に少しずつ肌寒さを感じるようになってくる時間帯だ。
中庭でウェルナー様の家令の方に言われて、私たちは喫茶室まで足を運んでいた。
以前エリカさんとのいざこざがあってから、滅多に立ち寄らなくなってしまった場所ですが、まさかこんな形でこ足を運ぶことになるとは露も思っていなかった。それくらいに敬遠していた場所だったのだ。それに時間帯的にもたくさんの人で溢れかえっているのであろうと覚悟しながら、喫茶室の扉を開ける私たちでしたが、中の光景を見て正直びっくりしてしまったのです。
喫茶室の中には目的の人以外誰もいないのです。
思わずこの光景に閉口してしまっていると、私たちのことをここに読んだ方がこちらに声をかけてきました。
「やぁ、エルフリーデ」
エルフリーデを呼ぶ彼は笑みを浮かべたまま、私たちに向けて手を上げている。
その仕草がどうも胡散臭く感じたのは内緒にしておこう。彼がわざとらしくそう振る舞っているということはすでに知っていることではあったけれど、それを口にしてしまうと小一時間ほど長々と話が続いてしまうはずだ。
「ご機嫌よう、殿下」
エルフリーデもそれを理解しているのか。顔を曇らせたのは一瞬で、すぐに笑顔を作りお辞儀を返していました。ウェルナー様は私たちを自分のかけていたテーブルに招き、正面の椅子を指し示しながら新しいお茶の準備を始めています。
流石に王族の方にそこまでされるのは恐縮してしまう。
エルフリーデは「自分でやりますから」とウェルナー様からティーポットを受け取り、自らカップにお茶を注ぎ始めました。
「別に気にする必要はないのだがね」
そんな風に独言ながら改めて椅子に腰掛け、自分が準備していたお茶に口をつけていました。
この人、やっぱりわざとやっているなぁ。ほくそ笑むウェルナー様を見て感じたのはそんな感情。私はいつものようにエルフリーデの椅子のそばに寝そべり、ぼんやりと彼を見つめます。
こんな時のウェルナー様が何をやろうとしているのか、少し想像をすることが出来てしまうから厄介なのである。
きっとこの後に続く言葉は……
「何やらまた騒ぎがあったようだね」
と、やはり皮肉に満ちたこの一言。
ウェルナー様が言った『騒ぎ』というのはおそらく、数時間前に教室で繰り広げられていたエリカさんとのやりとりのことを言っているのでしょう。
それにしたって耳が早い人だ。一体どこから情報を集めてくるのだろう。多分彼の情報網から退け出すことはこの学園にいる限りは出来ないのだろうなそう思えてしまう。
ここでこれまでのエルフリーデであれば狼狽して言葉に詰まるところでしょう。
きっとウェルナー様自身もそう思っていたに違いありませんが、彼女の反応はそんな様子はありませんでした。
カップに口をつけ、喉を潤しながらエルフリーデはこう呟きます。
「お恥ずかしい限りです。少し大人気なかったです」
歯に噛むエルフリーデを目を丸くしながら見つめるウェルナー様の表情と言ったら、本当にこれまで見たこともなかったような驚きのものになっています。
エリカさんや教室に残っていた学生たちも同じような表情をしていましたね。いきなりキャラクターが変わってしまうとどう対応したらいいか分からなくなってしまうのもですよね。少し彼女たちには同情してしまいましたが、ウェルナー様はどうやら少し違う様子です。
「しかし……」
その瞬間の彼が浮かべたニヤケ顔を私は見逃しませんでした。
これはあの時の、以前この喫茶室でエリカさんとのイザコザが終わった後、手を取り合っていたエルフリーデとレオノーラ様を見つめていたあの時の表情と同じだ。
なんで今またこんな顔をしてエルフリーデを見つめているのだろう。その意味が理解できず、ウェルナー様に視線を送ると、一瞬彼と視線がぶつかったような気がした。
そして彼はこう言った。
「いやね、君の雰囲気が少し変わったような気がしてね」
「そうですか? 自分ではあまり分かりませんが……」
エルフリーデはそう答えながら不思議そうに顔を歪めます。
本人からすれば良く分からないことでしょう。
彼女にしてみれば変わったのではなく、『決意した』だけなのですから。
それだけでこんなに変わることが出来るのですから……
なんと言い表したらいいか分からなくなってしまいますよ。




