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何か欠点があると萌えるものですね。

 中庭には今日も爽やかに風が吹いています。でも少しずつそれが肌寒く感じる時間。


木々たちもどこか元気がなくなってきたのではないかなんて、そんなメルヘンチックなことを考えたりもするのですが、そう感じるのにも理由があるのです。



世界から彩りが薄れ始めると、活力がなくなっていくような。言葉に表すとそんなイメージ。それも周囲が日の陰った赤に染め上げられていくと、何だか毒々しさがまさってしまうような気がするんですよね。



でも私、実はこれくらいの時間帯が好きだったりするんですよね。



 毎日この光景を見ると世界はちゃんと動いているのだと、きっと明日もこんな風に毎日が続くんだぞと思えるわけなのです。






 ……はい、そろそろ現実逃避はやめましょうか。



 久しぶりにお会いできたおじいさまに夢中になっていた私とエルフリーデ。


 不意に声をかけられた先にいたのはエルフリーデと同年代くらいの男の子。非常に美形な面立ちではあるますが……まぁ私の好みではないですね。私はおじいさまみたいなダンディなお方が好みなのです。



 しかしおじいさまとエルフリーデが口にした『殿下』という言葉が正しければ、そんなことを言っている場合ではないですよ。




 『ウェルナー・フォン・ランストーリア』




 この国、ランストーリア王国の王太子。


 耳にした話で数十年に一度現れるかという神童であるそう。その優秀さは王国の内外問わず、非常に有名であるそうです。


その上この容姿。ダークブロンドの髪を王族には珍しく小ざっぱりと短くまとめられており、知的というりもアクティブな印象を与えています。


でもそんな彼にも大きな欠点があるのだとか。



しかしですよ。よくよく考えてみれば、この容姿であれば、順調に成長を続けて後30歳くらい年齢を積み重ねてくれれば私のストライクゾーンど真ん中なんですよね……。



いけない、いけない! 話が逸れてしまいました。



でも本当にこの国の王子様であるならば、彼の名前がそうなるのですが……エルフリーデ、『覚えて』いないのでしょうか?


 彼って非常に重要な人物なんですけど?



 ですが伝えられないというのはヤキモキするものです。


 私の考えなど気にする事もなく、おじいさまとエルフリーデ、そしてウェルナー様の会話は始まっていくわけです。



「えぇ、私をご存知であれば話は早い」



 椅子から立ち上がるウェルナー様がそう呟きながら、私たちの方に歩み寄ります。声色はどこか私たちを試すようで、この後の展開を全て考え尽くしているかのよう。


 何だか気に入りません、まぁ私は犬なのでそう言えるのかもしれませんが、エルフリーデやおじいさまはそんな事は言っていられないでしょう。



 おじいさまに抱きついていたエルフリーデでしたが、ウェルナー様の動きに合わせるように佇まいを直し、シャンとした姿勢になって、彼を正面から見据えます。


流石に目上の人の前ではきちんとするよう厳しく育てられているだけに、この切り替えの速さは素晴らしいものがあります。



 向かい合う二人。何やらウェルナー様からエルフリーデに熱っぽい視線が向けられています。


 一方のエルフリーデはどうなのでしょうか。おじいさまの膝元で抱かれている私の位置からは、ちょうど赤い日が彼女の表情を遮って見てとる事ができないのです。



しかしおじいさまの体の強張り方を感じれば大体の想像はつくものです。


おじいさま、今日はすごく苛立たれている様子です。こんなの初めてかも。緊張している息遣いを感じながら待っていると数秒の間を開けて、ようやくウェルナー様が話し始めたのです。



「エルフリーデ嬢、貴女を私の伴侶に迎えたい。この願い、聞き届けてくれるかな?」


「は? い、いや、です」



 イエス! ナイスカウンター! その返答まさに脊髄反射と言わんばかりのスピード!そしてシンプルにして破壊力のあるワード! セコンドのおじいさまも思わず拳をギュッと握って、嬉しさを噛み締めている様子。



これは相手、足に来ていますよ!



 いや、真面目な話をすると、これって不敬になるんじゃないですか? こちらはたかが侯爵令嬢。対するウェルナー様は王太子ですよ。数時間前にハルカさんとやりとりしていた『友達になろう』というお話とは全然違う話なのです。



 この状況、一体どう切り抜けるつもりなのでしょうか。



「……」


 そしてこの沈黙である。


 流石のウェルナー様も様々な想定はしていても、間髪入れずに断られるなんてことは考えてもいらっしゃらなかったのでしょう。それだけに完全に面食らった表情を浮かべていらっしゃいます。


そうなってしまうといたたまれなくなってしまうのは待つ側というのが世の中の常というもの。



アワアワといつも通りに慌て始めたエルフリーデが必死に絞り出したのはこんな一言だったのです。



「……あ、いえ。そのお言葉は光栄ではあるのですが、わたしのような何の変哲もない小娘など、ウェルナー様とは全くもって釣り合いが取れないんじゃないかなぁ〜と」



 いやいや、それでは押し切られておしまいじゃないですか。もうちょっと上手くできないものでしょうか!


これはどうにかしないといけませんが人の言葉を口にする事のできない私ではどうしようも……そう考えた次の瞬間、私の視線が地面に近くなる。



 ん? おじいさま? なんで急に私を地面に下ろすのです?不思議に思っておじいさまを見上げると、キュートにウインクする姿。



まさかこれは、これは! やってもいいって事ですよね? やるしかないって事ですよね!



「私の申し出を断るなんて……不敬とは、ヒィ!」



 ここだ、と言わんばかりに二人の間に割って入ります。


 ここで私が人間の体だったならば、なかなかセンセーショナルなシーンになったのかもしれませんが、残念ながら私のフォルムって子犬なのよね。


 しかしどういう事でしょう?精悍な顔つきをされていたはずのウェルナー様の表情に影がさし、あからさまに怯えた表情に変わります。



 イライラしているおじいさま。


 やりたい放題だったウェルナー様のこの怯えた表情。



 なるほど、こうゆう事ですか。これは……面白いじゃないですか。




「で、殿下?」


 突然前に出てきた私を抱き抱えるエルルフリーデですが、ウェルナー様が何故怯えたのかもわかっていない様子。もう少し観察眼を身につけて貰い物だと思いますが、今がこれくらいの鈍感さが良い味出しているので良しとしましょうか。


 そんな中、ウェルナー様は話の続きをしようとエルフリーデに近づこうとするのですが、そうは問屋が下ろしません。



 まぁここは上品に、キュートなスマイルと鳴き声をお届けしましょうか。



 すると案の定、再び短い悲鳴を上げて動きを止めてしまうウェルナー様。


 何だかこのギャップ……私は嫌いじゃないですよ。



 この後何度か同じようなやりとりをしていると、私とエルフリーデの真上に影が差します。



「―――殿下、もうそのくらいでおやめになりませんか?」



 あぁ、惚れ惚れするバリトンボイス。でもどこかウキウキとしているような響きも感じます。


まぁきっと私たちとウェルナー様のやりとりを楽しんだのでしょう。撫でてくださる手の優しさと言ったら……この体に生まれてよかったと心の底から思ってしまうほどです。



「……ま、まぁエルフリーデ嬢がそこまで気乗りしないのなら、仕方がないかな」


 少し拗ねたようにそう呟くウェルナー様。


 子犬に邪魔をされたという事実は流石に受け止め難いものがあるのでしょうが、多分私が間に入っていなかったら、おじいさまが恐ろしいくらいに怒り狂って……いや、流石にそれは不敬罪になりますか。



 そんな事を考えていたのも束の間、次はおじいさまがウェルナー様に歩み寄ります。な、何をするつもりなのか、このお人は?



「なかなか痛い目を見ましたな、殿下」


「カール殿……貴方もお人が悪いですよ。それに……」


 チラリと私の方に目を向けるウェルナー様。


 そんな熱い視線を向けられも困ってしまいますよ、あ、そんなことありませんね。


 しかし何だかおじいさま王太子様相手に普通に話していらっしゃいますよ。不敬罪とかどこに行った! 私の心配を返してください。



「おじいさま? それに殿下も……これは一体?」


「あぁ、すまないエルフリーデ。少し殿下に嫌がらせをしていたのだよ」


「……この国で王族にこんな事をして許されるのは貴方くらいですよ」


「ハハハ、そんなことはないでしょう、おふざけが過ぎますよ」



 ピシャリと言い放つおじいさまの言葉に、思わず言葉を飲み込んでしまうウェルナー様。


 おじいさま自身も目が笑っていない様子ですし、『これ以上冗談はやめにしておけ』というサインなのでしょうか。



 それを理解しているからでしょうか、一瞬引きつった表情を見せたウェルナー様でしたが、流石は一国の王太子様。次の瞬間には先ほどまでの笑顔に戻っていらっしゃいました。



「本当にすまなかったね。しかし、私に許嫁がいなければ是非に婚約を結びたいところであったが……」


 まだエルフリーデを口説こうとしやがりますか! なんて人だ! おじいさま、やってやりますか?


 しかし私の想像とは裏腹に、次に彼の口から飛び出したのは、少し違う言葉だったのです。



「素直に君に興味が湧いてしまったよ、エルフリーデ。我が友になってくれれば嬉しいのだが」


「はい、それはもちろんです……よろしくお願いします」


 固く握手を交わす二人に少し羨ましさを感じてしまいますね。



ならば私もと言わんばかりに、ウェルナー様の足元に近づこうとした瞬間、


「ヒィ!」


 案の定、脱兎の如く飛び去る影一つ。


 まぁいうまでもなく、この国の王太子様なわけですが。



「さ、先ほどからこの犬はなんなのだ! 事あるごとに私の前に立ち塞がってぇ!」


 今までとは打って変わって声を荒げるウェルナー様。


 そこにはもはや王族の威厳はなく、年相応の男の子という具合でしょうか。だからこのギャップは反則ですって。



「ご、ごめんなさい! 普段はこんな事する子では!」


 悪気はなかったんですよ、エルフリーデと仲良くしてくれるというのならば、私も少しは仲良くしたいなぁって思っていただけで……嘘です、びっくりする様を見たかっただけです。



 でもそんなことは気にも止めていないのでしょう。おじいさまは大笑いしながら、再び私の頭を撫でながら、よくやっただなんて言っています。


本当に、この人はこの国で一体どんな立場にいらっしゃるのか。相手は王太子様ですよね?



「彼女を守るナイトですよ」


「そ、それは……なんとも」


「えぇ、さながら我が孫に近づく『悪い虫』を遠ざけるナイトですな」


「まったく、本当に耳が痛い事です……」



 まぁナイトと言われることは非常に光栄であるのかは、私個人としてはどうでも良い話ですが、どうにか今日一日度重なる難関を乗り越える事ができたようです。



 早く犬らしい平和な日を送りたいものです。






 そしてところ変わってここはエルフリーデの自室。あの後思いの外早く、ウェルナー様が帰ってくれたおかげで今はこうやってお部屋で落ち着いているわけです。


残念なのはおじいさまも一緒に帰ってしまわれてしまった事でしょうか。もう少し一緒にいたかったです。


 


 しかし今日は本当に疲れてしまいました。


まるで眠気が心地よく体全体に覆いかぶさっているようです。


 エルフリーデのお部屋の自分の定位置で寝そべっていると、鏡台の前に腰掛けるエルフリーデが話しかけてきました。


「なんで急に王子様が出てくるのよぉ……でもなんだか大事な事を忘れてるような気がするんだよなぁ、何だっただろう……」



 そりゃそうでしょう。


 だって貴女が私と同じようにゲームとかアニメをやった事があるのであれば、『彼の成長した姿』を見た事があるはずなのですから。



「でもこれでハルカちゃんとの関係も作れたし、悪役に一歩前進なんじゃないかなぁ」


 だからそれも違う意味で、艶っぽい意味でね。



「ハルカちゃん……ウェルナー殿下……あれ? これって」



 あらら、ようやく気が付きましたか。



 そうです、この国の王太子、ウェルナーは『ときめき☆フィーリングハート』に登場する攻略対象の一人。


 そして今の王太子の許嫁というのは……。



「やばい! 殿下の許嫁って『あの子』じゃない! 絶対にあの子が出てきちゃうよぉ……」



 ま、つまり余計な人との人間関係まで作っちゃったって事ですね。


 というわけで、今日もお約束のやつを聞いておしまいにしましょうか。



「な、なんでこんな事になってるのよー!」





「彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 その2                


                   とりあえずヒロインと仲良くなっておく」




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