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それでも嫌いになれない。

「道を塞いでしまい申し訳ない。カロリング嬢」



 頭を下げつつ、テオさんはエルフリーデにそう告げる。


 私の方にチラリと視線を向けてきていましたが、それの意図するところがよく理解できず、思わず小首を傾げます。その仕草がおかしかったのか、彼は少し笑顔を作りましたが次の瞬間には真剣な面差しに戻っていました。そして周囲を眺めて小さく、「やはり……そうだったか」と呟いていました。なぜだか理解は出来ませんが、どこか悔いるような表情を浮かべたことにも違和感を覚えずに入られませんでした。



 少し話は変わりますが、しかし身長差というものはそれだけで威圧感を与えてくるように思うのは、私だけではないでしょう。



 教室を出て行こうとしたタイミングで鉢合わせになってしまった私たちとテオさん。


 テオさんと私たちは結構なものがあるので、彼が私たちを見下ろす形になってしまうのですが、やはり見下ろされるというのは潜在的に恐怖心を与えてくるように思う。



 どう言ったわけか、彼の表情はそんなものを全く感じさせない。



 だからこそ、先を急いでいたエルフリーデも苛立ちを見せず、テオさんに何も言うことを私なったのでしょう。



しかしエルフリーデの表情を見ただけで、普段の彼女と雰囲気が違うと感じ取って他のでしょう、少し驚いた表情を見せるテオさん。



 そして彼は再度頭をたれてこう口にしたのです。




「……姉さんのことも、本当に申し訳なかった、カロリング嬢!」


「―――な、何を言っているのよ、貴方は!」



 怒号を上げてテオさんを静止させようとするエリカさんでしたが、それでも構わずテオさんは続けます。


『エリカさんがエルフリーデを挑発するようなことをしている』ことを教えてくれた人がいたこと。以前からエリカさんの態度に違和感を覚えていたこと。そしてこの教室の雰囲気を見ればその言葉が事実であろうことは想像に容易いということを説明します。



 こちらとしては他人の感覚ですからそれを肯定も否定もすることは出来ませんが、テオさんが勢いで物事を判断していない。自分の中でしっかりと考え込まれた結果の行動なのだろうということは伝わってきます。


 エルフリーデもその結果の行動だとよく理解しているのでしょう。



「貴方が謝罪を口にする必要、ないんですよ?」



 どこかおじいさまの雰囲気を感じさせるような一言。


 一瞬テオさんは言葉を詰まらせつつも、



「いや、そう言ってもらえたとしてもあの人は私の姉だ……家族に咎があれば謝罪すべきだろう?」



 と真剣な眼差しをエリカさんに向けます。



「罪? 何を言っているのテオドール! この女を罰しないと私のもくて……!」



 まさに条件反射の言葉だったのかもしれません。耳に届いた瞬間にエリカさんの口から放たれた言葉は、あまりに一方的なものになってしまっていた。これまでは棘はあろうと、上手に取り繕われていた言葉も最早その影を潜めています。



「分かるだろう、姉さん? もう、皆にバレてしまっているんだよ?」


「バレているって……」



 気づいた時にはもう遅いとは、良く言ったもの。その時になっていようやくエリカさんは自分の口にした言葉の危うさを理解したようです。両の手で自らの口を覆ったとしても、吐き出した言葉が戻ってくることはない。ただその行動すら周囲の人達に同じ疑念を想起させているのです。



 『やはりエリカさんは、エルフリーデを貶めようとしている』



 薄々全員が感じていたことでしょうが、エリカさんが自らそれを口にしてしまっては認めざるを得ないものでしょう。



 もうこの教室の中にエリカさんの味方になるであろう人はいない。


 少しかわいそうではありますけれど、ここまで大きく墓穴を掘ってしまっては他の人が何をすることもできないでしょう。



「エリカさん」



 しかし誰もが口を噤む中で、エルフリーデだけが言葉を発した。



「別に貴女がどう思おうと自由ですよ」


「何を言って……?」


「だから貴女が何を思おうと、どう行動しようと、それは貴女の自由です」



 エリカさんは不思議そうに首を傾げた。それでもエルフリーデは続ける。



「だから貴女が私を貶めようとしたって、それは別に構いません」



 エルフリーデは「自分のやるべきことを、わたしはやるだけですから」と付け足して一歩、また一歩とエリカさんに近づいていきます。



「でもそうですね……一つだけ、言わせてください」



 手を伸ばせば触れることの出来る距離。


 エリカさんを見下ろしつつ、彼女は続けます。



「わたしはね、貴女のこと嫌いじゃないんですよ?」



 それは侮蔑でもなく、嘲笑でもなく、きっと心の中からの言葉だ。



 顔を見ていないのにそう思えたのは、きっとその言葉があまりに深く、重く私や他の人に響いてきたからだ。



「だって……うぅん、これは言っちゃダメですね」



 それだけ言って、彼女はまたエリカさんから離れて、一人で教室を出て行ってしまった。



ただ取り残されたままの教室の中で、中途半端に投げ出された言葉をどうすればいいのか、私たちはもちろんエリカさんは何も出来ないでしょう。



「な……なんなのよ……何よ、最後まで言いなさいよ!」


「姉さん! もうやめるんだ!」


「貴女と私がどれだけ違うっていうのよ! ねぇ答えなさいよ、エルフリーデさん! ねぇ!」



 テオさんが駆け寄って止めようとしも、エリカさんは擦り切れそうな声でエルフリーデを呼びます。ただ返ってくる言葉もなく、ただただ受取手のいない言葉は乱暴に投げ出されては消えていく。



 あまりに痛々しいその言葉に一人、また一人と静かに教室から離れていく。



 それでも私は動くことは出来なかった。



 まるで昨日までのエルフリーデを見ているみたいで、私は……彼女を見捨てていくことなんて出来なかったのだ。

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