ここがいわゆる正念場、ですよ!
エルフリーデが言葉を発した後、シンと教室が静まり返った。
その事実に誰も何も答える事が出来ないのか、すぐそばにいたエリカさんも、聞き耳を立てていた学生たちでさえ言葉を詰まらせている。
彼ら彼女らに視線を送りながら、無理はないかというのが私に素直な感想だ。
今まで人に流される印象しかなかったエルフリーデが、これ程までにはっきりと自分の感情を口にするなんてことは今までになかったはずです。まぁ特定に人にしか見せていなかったというのが本当のところでしょうが、周りからすれば『何か箍が外れたのではないか』と思っている風に私には見えた。
「わたしには確かに罪深かったのでしょう。これまで何もしてこなかったのですから」
椅子から立ち上がり、進行方向を遮るように座っていたエリカさんの後ろを通り抜けながら彼女は続けます。
「正直に、正直になると決めたのです。それだけが、あの人たちに出来る償いですから」
そこまで言い切って、エルフリーデは私の方に手を差し伸べて教室から立ち去ろうと促してきます。この空気のまま教室から立ち去ってもいいのだろうかという考えが頭を過ぎります。さすがにこの状態では残される人たちがかわいそうにも思ってしまうのですが、やはりエルフリーデは全く我関せずといった状態。それよりも早く彼女たちとの約束を取り付けに行かなければいけないという気持ちが先に立っているのでしょう。
自分の優先順位のための、やりっぱなしのままは良くないですよ。そこは反省してもらうしかない。私は彼女に促されても簡単には身体を動かさずその場で寝そべっていると、ようやく正気を取り戻したのか、少し棘のある声がエルフリーデに投げかけられました。
「ちょ、ちょっと! 話は終わっていなくてよ!」とエリカさん。
「もう終わっているでしょう?」とエルフリーデが応えながら、再度私を抱き上げようと力を加えますが頑として動こうとはしません。
エルフリーデは深くため息をつきながら、「もう……しょうがないなぁ」と呟いてエリカさんの方に向き直りました。
エルフリーデが向けた視線にこちらから見ても分かるほどに身を固くしているエリカさんに、彼女はまた問いかけます。
「貴女は、どうするのですか? わたしをどうしたいのですか?」
それはエルフリーデなりの助け舟だったのでしょうか。
これまでの寒々とした様子が一転、どこか優しさの感じさせるようなものだった。
一度目。
先ほどまで自分の座っていた席、つまりエリカさんの側まで戻りながら、「エリカさん、どうしたいのです?」と再度この一言。私からすれば普通の一言でしたが、今のエリカさんにはどう聞こえたのでしょうか。
「……別に、何も」
やはりエルフリーデの言葉を威圧的に感じてしまったのでしょう。彼女の棘は形を潜め、まさに借りてきた猫のような状態。
二度目。
もう一度「何もないのですか? 本当に?」とエルフリーデ。
「貴女に何が分かるというのですか? 少し変わったからって上から目線で!」
「そんなつもりはありません。あの子が与えてくれた機会ですから、この際しっかりお話をしておこうと思っただけです」
「それが上から目線だって!」
「そう思うのならそれで結構です。ただわたしの問いには応えてくださいませんか?」
「だから……何も」
「であれば、わたしはすぐにでもこちらから出ていくつもりなのですけど……やっぱりまだダメ?」
「何よ……なんでその子なんかに話しかけているのよ! 今は私と話しているじゃない!」
「『その子なんか』とはどういう意味ですか?」
「あ……それは」
「……まぁいいでしょう。確かに無礼な行動だったかもしれません」と深く頭を下げるエルフリーデでしたが、またエリカさんは言葉を噤んでしまいました。
三度目。
再び「いいんですね」という問いかけがエリカさんに飛んでいく。
しかし受け手であるエリカさんは何も言えずに俯いたまま。
四度目。
しつこいくらいの問いかけにさすがに周囲からも「やりすぎだろう」という声が聞こえてくる。しかし誰もエリカさんに助け舟を出そうとしないのは、自業自得だと思っている節があるからかもしれない。
エリカさんはとにかく話の主導権を握るのが上手な印象があった。
事実これまでのやり取りでも、何度も捲し立てられて肯定せざるを得ないような状況を何度も見てきた。おそらくエルフリーデとエリカさんの様子を見ていた学生たちの中にも、無理やりに巻き込まれたりした人もいたのでしょう。
だから誰も助けに入らない。なんだか少し悲しく思える光景でした。
今の彼女に助け舟を出すことの出来る人なんて……一人くらいしかいないはずだ。
五度目。
最早エルフリーデが何かを問いかけることはありません。
「そうですか、それは残念です」
それの言葉を最後に、踵を返して教室から出て行こうとするエルフリーデ。
こうなっては仕方がないと、私も彼女の後について行こうと、寝そべっていた身体をようやく起こします。
しかしいつも思うのです。
この人は、登場のタイミングが常に秀逸だなと。
「―――姉さん!」
私たちが出て行こうとした扉から教室の中に放たれたのはこの一言。
声の主は私たちを見とめ、一瞬身体を固くしましたがすぐにいつもの様子に戻りながら、ペコリとこちらに頭を下げてきます。
少し印象が変わるような感覚。これまでは決してこのような行動をとる人ではなかったんですが、やはり先日の出来事で彼の中の『何かが』大きく変わったのでしょうか。いずれにしても言葉を交わすまでは何かを断じることは出来ませんからね。
「テオ……」
そう。ようやくの助け舟。
これがどう転ぶのか。私には予想ができないのですけど……




