その言葉を口にするには、覚悟がいるのです。
「何を、偉そうに……」
ワナワナと身体を震わせながら今にも消え入りそうな声で呟くエリカさんでしたが、すぐに口をつぐみます。まだまだ彼女の中にも理性的な部分が残っているのでしょうか。これ以上声を荒げてしまわないように、必死に平静を保とうとしています。
しかし今のエルフリーデがエリカさんの反応を気にする事もなく言葉を続けます。
「ねぇ、エリカさん……」
向けられた視線は冷静なまま、「貴女は何をしたかったんですか?」と問いかけます。
それはエルフリーデにとっては当然の疑問であったのかもしれません。しかしエリカさんの想定ではそんな疑問を彼女は抱かないと思っていたこととは間違いありません。問いを投げかけられた瞬間の表情を見れば、そう考え至るのはあまりに簡単でした。
『きっとハルカさんとレオノーラ様の事ばかりを考えて、自分のやっている事になど何も思わないだろう』
きっとエリカさんの中では、そう想定していたはず。
エリカさん、確かに『昨晩まで』のエルフリーデならばそうなっていたかもしれません。でも今のなら貴女も気付いているのではないでしょうか。
エルフリーデが昨日までのエルフリーデではないという事を。
チラリとエリカさんがこちらに視線を送ってきます。瞳の色は完全に動揺と困惑を隠せなくなってしまっています。言っておきますけどね、ここでいい気味だなんて思うことはしませんよ。それではあまりに性格も悪いですし、同じ穴の狢になってしまいますからね。何より今の私は言わば外野なのです。
話を進めるのは、彼女以外であってはいけないのですから。
「答えてくれないのですか?」
「だから一体何を……」
何も答えないエリカさんに対して、さらにエルフリーデは問いかけます。
「貴女でしょう? テオドールさんをけしかけていたって?」
「けしかけるって……それをして私に何の得があるっていうのよ!」
「『何のことですか?』とは、言わないんですね」
「それは……でもあの子が勝手にやっていたことでしょうに!」
「そうですね、確かにテオドールさんが勝手にやっていたことなのかもしれませんね」
素直にそれを認めて、エルフリーデは少し考え込むように右手を自身の頬に当て、視線を下に落として考え込むような仕草を見せますが、すぐに顔をあげて再びエリカさんに問いかけます。
「今わたしにけしかけている理由は何ですか?」
「友人に話しかけるのに理由が必要なのかしら?」
「友人というのならば、先ほどの貶すような言葉の意図するところを知りたいと思うのですが」
「それは……」
さすがにこの問いかけには何も返す言葉がなかったのでしょう。エリカさんは何も反論すること出来なくなってしまったようです。
普段のエリカさんを知っている人であれば違和感を覚えずにはいられない光景でしょう。今教室に残って聞き耳を立てている学生たちもそう感じていたのかもしれませんが、それ以上にエルフリーデの変わりように全員が驚いて声も発する事が出来ないというのが本当のところでしょう。
「この場でわたしを晒し者にして、周囲の信用みたいなものを全て失くさせようとしているって、そう思っても不思議ではないですよね?」
エルフリーデは「これまでの貴女の行動を考えればそう思いますよ」と付け足しながら、周囲をグルリと見渡します。見守っていただけの周囲の学生たちの口々に「そう思ってもしょうがないよな」だとか「エリカ様……またやっているの?」などと口々に言っていますが、やはり端から見てそう思われる行動をしていたエリカさんがされていた事を私も否定出来ません。
「そ、そんな事! わたしは別に……!」
周囲の反応を耳にして否定を口にしようとするエリカさん。そこから数分間、様々に言葉を尽くして説明を試みます。
必死に『意図していなかった』『私は何も知らなかった』と言っていますが、その言葉の全てがエリカさんにとって都合よく改変されたもののように聞こえてくる。エリカさんに興味を持っていなかった周囲の人たちですら、もうエリカさんには良い感情は抱いていないのでしょう、少しずつ冷ややかな視線が彼女に送られています。
言葉を紡げば紡ぐほどに、更に窮地に陥っていくエリカさん。
「そう言えば全て丸く収まると思っているんでしょうか?」
おそらくこの状況で誰もが頭の片隅にそれをおきながらも、決して口にしなかった言葉を平然と言い放つエルフリーデ。
しかしエルフリーデの言葉に完全に理性が弾け飛んだのか、顔を真っ赤にしてエリカさんが大声をあげます。
「でも、貴女はどうなんですか?」
「わたしですか?」
「そうよ、そうよ……そうよ! 貴女はあのお二人から好意を向けられているのにも気付きながら何もしていないじゃない! それはあまりに不実じゃなくって?」
そう声高に叫ぶと同時に、しまったという表情を浮かべるエリカさん。
かなりデリケートな内容ですし、レオノーラ様やハルカさんにも迷惑をかけるないようであるということを理解できてはいるようですが、余程余裕がないのでしょう。覆水盆に返らずとはまさにこのこと。
一方で、これでエルフリーデが口を噤んでくれれば、攻勢を掛ける事が出来るかもしれない。その期待もあって口が緩んだのかもしれません。
「えぇ、そうですね。確かに、何もしない事は罪ですね」
それは否定ではく、でもハッキリとした肯定でも無い。ただ優柔不断であるということを罰する言葉でした。
「ほら、認めましたわね! 貴女こそ自分の不実さを悔いれば……」
そして勢いだけでまくしたてようと、エリカさんは一際大きい声をあげる。
しかし次の瞬間、その声はエリフルリーデの言葉にかき消されました。
「えぇ、どちらも愛しています」
いえ、彼女の言葉に何も言えなくなってしまったという方が正しいのかもしれません。
「わたしはレオノーラ様のことも、ハルカさんのことも、愛していますよ」
シンプルに、そう一言だけ告げると周囲は再びシンと、静寂に包まれた。
ただ、ただエルフリーデの口にした『愛している』という言葉だけが反響して、教室の中に広がっていった。




