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本当の『断罪イベント』の始まり。

「……よし、行ってきますか!」



 この言葉は私に投げかけるのではなく、きっと決意の言葉だ。




 不安そうな表情はどこに行ったのだろう。


 おずおずとしていた瞳の色はどこに行ったのだろう。


 辿々しくボソボソと呟く言葉はどこに行ってしまったのだろう。




 おそらくこれまで彼女を彼女たらしめていた『弱い部分』は私には見とめることは出来ない。ただ理解出来るのはエルフリーデがたった一夜で変わってしまったということだった。



 私としては心強いと思う部分と、少し悲しいような気持ちの二律背反に苛まれているけれど、先ほどの彼女の言葉を耳にした途端にそんな気持ちはあっさりと消えてしまいました。



 その表情は、まさに……



「フフフ、どうしたの? 早く行こうよ?」



 こちらに手を差し伸べながら片方の手でドアを開け放つエルフリーデ。


 開け放ったドアからは朝に相応しい、少し冴えた風が吹き込んできてくる。それに靡くようにエルフリーデの金砂の髪はふわりと揺れている。



 いつか見惚れた時とそのままに、やはり彼女は美しいと思うのだ。





 でもそれ以上に私の心の中を占めていた言葉がある。





 美しくて、そして勇しく思うのだ。



 それはまさに……私たちが『モニターの中で見て憧れたヒーローの姿』だった。





『彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 その9


          ヒロインではなく、ヒーローになってしまえばいいのです!』








 いやいや、終わりじゃないですよ!



 なんだか雰囲気の変わってしまったエルフリーデに飲み込まれてしまっていましたけれど、彼女が抱えた問題は何も解決していません。ハルカさんのことも、レオノーラ様のことも、そして今回の問題を持ち込んできた人との決着だって何もついていないのです。



とにかくここが正念場。さてどうなることやらということなのですが……




 そんな風に力を入れていた私でしたが、すぐにことが起こらないというのが実のところ。


 普段通りに授業が進んでいくのですが、何やら奇異の視線を向けられているように感じるのです。エルフリーデもそれに気付いているのか、視線を感じた瞬間に、そちらにキツく視線を向けるものですからそんな人たちは完全に萎縮してしまっているのです。



何れにしても、普段と雰囲気が違う彼女に、周囲にいる全員が違和感を覚えていることが言うまでもないようです。



 それでも普段から仲良くしてくれている人たちは変わらず話しかけてきてくれるのですが、やはり『例外』と言うものもやはりあるようです。




 事が起こったのはお昼に差し掛かろうという時。本日は騎士団との合同講義の翌日という事で、お昼までで授業が終了となるので、私たちの耳に規則的な鐘の音が聴こえてきたのをきっかけに学生たちはそれぞれの時間を楽しむべく動き始めていました。



 エルフリーデもそれは同様。一旦お部屋に帰るべく、身支度を手早く整えています。



 少し急がなくては今日中に目的が果たせないかもしれませんよ。私少し焦りながら、彼女をけしかけるように短く鳴き声をあげます。



昨日の夜、エルフリーデから聞いたのです。



 今日、全部に決着をつけるのだと。



 それについて私は何も助けてあげる事が出来ないですから、せめてエールだけは送ってあげようと思う。



「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。ちゃんと、落ち着いてるつもりだから」



 私の声にシンプルにそう言葉を返しながら笑みを浮かべるエルフリーデ。応えたと同時に支度が済んだのでしょう、立ち上がり荷物を手にしたタイミングで突然甲高い声が乱暴に投げかけられました。



「ご機嫌よう、エルフリーデさん。今日もお一人なんですか?」



 挨拶に続いて、余計な言葉が付け加えられた一言。声をかけてきたのは言わずもがなエリカさん。思わず唸り声を上げてしまった私のことなどあっさりと無視して、立ち上がったエルフリーデの行く先を遮るように椅子に腰掛けて、エルフリーデにも腰を下ろすように促します。



「えぇ。まぁ」



 返す言葉は最低限に、彼女に促されるままに再度椅子に腰掛けるエルフリーデ。しかし流されている様子はなく、それを証拠にエリカさんの方には全く視線を向けていません。


 おそらく少し無礼とも取れる態度ですが、突然道を塞いできたエリカさんに対して礼を尽くす必要はないと考えているのでしょう。今までの彼女であれば全く想像も出来ないような応対に、遠巻きに二人を見ていた学生たちも身体を固くしてそれを見守っています。



 しかしエルフリーデのそんな片鱗を既に目にしていたエリカさんには、まだまだ予想の範疇なのでしょうか、余裕の笑みを讃えながら皮肉を口にします。



「そうでしょねぇ、レオノーラ様やグライナーさんにあのような態度をとっておいて、なかなかなかなか二人の側にいることなどできませんよね?」



 おそらく教室の端まで届くほどの芯の強い声。視線が一気にエルフリーデに注がれているのが手に取るようにわかります。声の主が一度はエルフリーデを陥れようとした人間であると全員が理解していても、どうしても心の中には野次馬根性のようなものがあるのでしょう。一様に聞き耳を立ててエルフリーデの言葉を待っているようでした。



「何が言いたいんですか?」



返ってきたのは、冷たく冴えたこの言葉。


やはり難しい顔をしていますね、エリカさん。きっとお二人のことを話題に出せば主導権を握れると考えていたようですね。



言ってあげましょう、甘いですよと。



 今日のエルフリーデは……うん、やっぱりちょっと気が立っていますね。


 それでもめげずにエリカさんは矢継ぎ早に言葉を繰り出す。



「いえ、特に何もありませんよ。ただねぇ、お二人から好意を向けられて、それをのらりくらり躱すというのはどのような気持ちなのか知りたいだけですよ」


「そんな事を知ってどうされるつもりなんですか?」


「特に理由はありませんよ。ただね、あまりに不実かと思いまして」



 最後のその言葉にピクリと眉根を釣り上げるエルフリーデ。


 顔には笑顔が張り付いていますが……



「……口出しないでよ」



 呟くように吐き出された一言が再び周囲と、そしてエリカさんを動揺させます。



「へ?」



 あまりの驚きに声が漏れてしまったのか、間抜けな声をあげるエリカさんに、咳払いをしながらエルフリーデは改めてこう返します。



「外野が口出しだなんて、正直気分の良いものではありませんね」



 さすがに先ほどの言葉は品がなかったと反省しているのか、少し頬を赤くしながらそう言いつつ懐からハンカチを取り出して額を拭いながらようやくエリカさんに視線を向けた彼女の瞳は、友人へのものではなく完全に倒すべき敵へのものでした。



 おそらくここでエリカさんも気が付いたのでしょう。



「今日は、いつもと雰囲気が違いますね」



 焦りを隠すこともできず、ストレートな物言いでエルフリーデに問いかけますが、



「わたしはわたしですよ、別段何かが変わったということはないはずですけど?」



 やはり冷たい雰囲気は変わらず、そして淡々とエルフリーデは答えます。




 しかしこれも乗り越えるべき壁というものでしょう。



 おそらくこれが、本当の『断罪イベント』の始まりなのです。

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