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向き合わなくてはいけないこと。

 一路お部屋に帰るべく、廊下を歩いていく。その折に周囲を眺めていると、学生たちや騎士団の面々が楽しそうに話をしています。



 その光景に少しホッとしながらも、私の胸は早鐘を打ち始めていた。



 さっきまでのおじいさまとのやりとりを思い出していたから……だなんて言ってしまうと様々なものが台無しになってしまうので、そうじゃないですよとここはハッキリ言っておきたい。



 考えてみてほしい。数日と言っても喧嘩まがいのような状態になってしまっていた人と話す時、大体の人は緊張するはずです。しかも私たちの関係に亀裂が入ってしまったのって今回が初めてのことでした。そうなってくると仲直りをしようとするのも初めてなわけで……おじいさまの前では格好をつけて出てきたくせに、すぐに彼女と相対することになると思うと身体が強張ってしまうわけです。あまりに格好の悪いことではないですか。



 悶々と考えながら深くため息をつく。


 重くなっていく足取りで廊下を進んで行くけれど、残念なことに勝手知ったる道ということで何も考えずともお部屋の前まで迷わずに帰って来れてしまう自分が憎たらしく思えてしまう。習慣というものがこんなに鬱陶しいものに感じたのは生まれて初めてかもしれませんよ。



そして目の前には見慣れてしまった扉。外界とエルフリーデと私の部屋とを隔てる扉。これを開けてしまったが最後、逃げることは出来ない。



 いや、もう逃げるつもりもないんだから……こんなことを考える必要はないじゃないですか。ただ気持ちをクリアにして、彼女を前にして、感じた通りにすれば良い。それだけでいいじゃないですか。


 意を決して私は扉に寄りかかるように身体を伸ばし、前脚でドアノブを器用に捉える。





 じゃぁ、行きましょうか。





「……おかえり」



 ドアを開け放った瞬間、室内から投げかけられたのはシンプルな一言。声の明るさに身体の力が抜けてしまいそうになりながら、どうにか前脚を踏ん張って声の方に目をやります。



 その表情はどこかはにかんだ笑顔を浮かべていて、今朝までの彼女が嘘みたいに、私のことを見つめてくれている。



 久しぶりだった。久しぶりに彼女に、エルフリーデに会えた。私の大好きな彼女が、笑いかけてくれているって、そんな風に思えた。



「フフフ、なんだか不思議な気分だね」



 私が開け放ったままのドアを閉めながら、エルフリーデが少し和かに話しかけてきます。



 ですが私はすぐにそっぽ向いてしまって、自分の定位置であるソファの横に寝そべります。



「何よ、真面目に話そうとしているのに!」



 なんだか嬉しかったんですもの。エルフリーデが普通に話しかけてくれることがすごく嬉しかったんですもの。そう思っているのを悟られたくなくて、強がってしまってそっぽを向いてしまう私を少し咎めるような声に反応しないようにしていました。



 すると頭上から降り注いできたのはクスクスという笑い声。



笑い声は言わずもがなエルフリーデのもの。何が可笑しかったのかよく分からないままに彼女を見つめると、すっかり大きくなった手で私の頭を撫でながら彼女は「わたしたちってこうだったよね」と呟いてきます。



 確かに、そうでした。数日のことだったのにすっかり忘れてしまっていたけれど、エルフリーデが色々と話をしてくるのを私がわざとウンザリしたような表情をしながら聴くというのが私たちの当たり前でした。しかしエルフリーデは「でもね」と付け足しながら、こう続けます。



「わたし、ずっと貴女に甘えてたよね……」



 この関係に慣れてしまっていて、それが当然だって思ってしまっていた。彼女はきっとそう言いたいんだと思う。私もそれが心地良くって、優越感を覚えていた。そして『エルフリーデを導いてあげるんだ』なんて傲慢なことを思ってしまっていた。




 関係の成り立ちから私たちは完全にすれ違っていたんだ。でもそれでも嘘ではないと、声を大にして言えるのがある。



 『この子を、エルフリーデを幸せにしたい』



 その気持ちにだけは嘘はなかった。


それが『筋書き』にあるものであったとしても、この感情だけはハッキリと自分の内から溢れ出したものだとハッキリ言えるのだ。



 おじいさまと一緒にいた時にも理解していなかったことを、エルフリーデのそばに戻ってきてようやくそれを意識することが出来た。



 随分とぼんやり撫でられていたのか分かりませんが、あまりの心地良さに時間を忘れてしまっていました。くすぐったかったのにも慣れてきた頃、エルフリーデが言いました。



「正直に言うとね、私……分かってたんだ」



 少し辿々しかった。何を? と聞くなんて無粋でしょう。言わずもがな、レオノーラ様とハルカさんのことでしょう。やはり鈍感な人間ではなかったことに胸を撫で下ろしますが、ですが同時に色々と疑問も浮かんできますが、彼女の「でもさ、気付いていないフリをしていた方がいいなって思ってたんだ」という言葉にどこか納得できたような気がしたのです。



 エルフリーデが最初に宣言した言葉がある。



 『悪役になってでも、目立ってやる』



 その言葉が呪縛のように彼女の中に横たわって、素直になることを邪魔しているのだろう。そんな彼女ができることは結局のところ……



「知らないフリしてればさ、何も変わらずに済むかなって思ってたんだ」



 ということだったのでしょう。



「楽だったんだよ。気付かないを、知らないフリしてれば、みんなと仲良くしてられるって……そう、思い込んでたんだよ」



 そう思ってしまうのは仕方がないことでしょう。


 居心地が良ければそれに甘えてしまう。停滞を選んでしまう。それは人間にとって当然のことなんだと思う。私だって同じように考えていたことを否定することは出来ない。




「でも、これじゃダメなんだ」



  冗談を挟むのであれば、キャラクターが変わってしまっているようなそんな気もしますが、そうキッパリと言い切ったエルフリーデには普段の弱々しい様子はなく、決意に満ち満ちているように感じます。



「ねぇ、助けてくれる? わたし……頑張るからさ」



 いつか見たアニメの主人公のような、道具を強請る主人公のような懇願ではなく、エルフリーデの言葉からは『自分でどうにかしなければいけないんだ』という決意も伝わってきます。



 しかし手は震えています。


 紡がれる言葉だって、動揺にまみれていす。



「自分が本当に大事だって思うもののために頑張るから。わたしの好きな人のために、頑張るから……」



 それでもエルフリーデは言葉を続けるのです。


 あの時の、『悪役になってでも、目立ってやる』という宣言とにた声色で。


 しかしあの時とは違う、自棄になって声をあげるのではなく、今度は自分の心の中の声としっかり向き合った上でこう続けたのです。



「ちゃんと、気持ちを伝えるから……」




 あぁ、それならば・・・・・手伝わないわけにはいきません。


えぇ、やってやろうじゃありませんか。

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