些細な一言でも、きっと誰かを救えるものみたいです。
エルフリーデの泣き声に何も出来ずに、ただただ誰にも見られないように息を潜めていた。
いつも考えてしまうのだ。
自分はなんて不甲斐ないのだろうかと。
その度に思ってしまうのだ。
人の姿であれば、抱きしめて上げられるのにと。
そして、結局失望してしまうのだ。
全部が自分のエゴで、それは本当にエルフリーデのための行動ではないと。
私はどこまでいっても欲望の塊で、『自分の思い描いていたエルフリーデ』を彼女に押し付けていた。
そうだ。それに気付いてしまったから私はエルフリーデに対して何もしてあげられなくて、チグハグな態度をとってしまっていたのだ。
あぁ、いやだ……こんな自分が。
今すぐにでも……そう、今すぐにでも消えてしまいたい。
目の前がどんどん薄暗くなっていく。
まるでエルフリーデと初めて出会った時に垣間見た、真っ暗な空間に追いやられていくようなそんな感覚だ。
あれ? なんでだろうか。
私は今、エルフリーデのペットのはずなのに……
なんで“画面の中にいつかの私”がいるのだろう?
なんでコントローラーを握っているんだろう?
なんで、涙を浮かべているんだろう?
分からない……いや、解っちゃいけないのかな? どこかスッと腹落ちしたような、そんな感覚が私の頭の中を駆け巡っていく。
そうか。私が“自分の最期を知らない”理由って……
しかしその映像はすぐに止まってしまう。
「久しぶりだね」
この優しい声が、私を『この身体』のあるべき現実に引き戻してくれた。
「どこか他人行儀に感じるのだが、もしかしてエルフリーデとのやり取りを見ていたのかな?」
やはり聞き耳を立てていたことがバレてしまっていたのかという焦りと、先ほど垣間見たものをまだ消化出来ていないとも相まってしまって、自分でもどんな表情をしているかは分からない。でもおじいさまが声をかけてくださったことがあまりに嬉しくて、さらに私の頭の中は混沌としてしまっています。
「本当に君の瞳は表情豊かだね」
きっとおかしな顔をしているはずの私に微笑みながら、おじいさまの大きな手がそっと、そっと私の頭に触れます。優しくて、くすぐったくて、私の全部を包んでくれるようなそんな暖かさを感じる。小さい頃に抱きかかえてもらった時の、あの穏やかな気持ちが戻ってきたように感じられたのだ。
あれ? さっきまでの混沌とした頭の中がスッキリと澄んでいく。
冷静になった頭で周囲を見渡すと、教室の扉は開け放たれており、そこにはおじいさまだけしかいない。エルフリーデは一体どこにいってしまったのだろうか? それにどれくらいの時間が経ってしまったんだろうか? 自分でも正直分からないままにおじいさまの顔を見るとやはりニコリとしたまま「彼女は先に部屋に帰らせたよ」と一言。
うむ……エルフリーデにも立ち聞きしてしまったのをバレてしまっているんですね。それはそれでやりにくいなぁなんて頭の隅で思いながら、おじいさまに手招きされて私は教室の中に入ります。
おそるおそる中に入っていくと今日のために運ばれてきた荷物が整然と並べられているだけで、その他に目立つものはありません。貴族が移動してくるのであればもう少し仰々しく準備をしてくるものと思っていましたが、あるのは最低限の衣服くらいでしょうか。こんなところにもおじいさまがエルフリーデに肉親たる所以が垣間見えた。
そんな些細なことに嬉しさを感じていると、おじいさまは既に椅子に腰掛けて私の到着をまっていらっしゃるようでした。これはいけない、大事な人を待たせるのは私の信条に反するのです。そそくさと足元に近づき、ジッとおじいさまの顔を見つめると、見惚れてしまうどの笑顔をこちらに返してくださいます。
……いけないいけない。これじゃお話が何も進みませんよ。
頭を少し振って、仕切り直しだと意を決しておじいさまの膝に前脚をのせてみると静かにおじいさまは言った。
「……どうやらエルフリーデが何かをしでかしたようだね?」
何もしていませんよ。むしろしてしまったのは私の方ですから……
伝える術はなく、ただ甘えるようにおじいさまの膝に頭を預けていると続けておじいさまは尋ねてきました。
「存外にあの子は頑固な子だからね。それが良いところでもあるが融通の効かない所でもあるしね」
おじいさまの言葉は如実にエルフリーデの性格を言い表していて、微笑ましく思えた。でもそんな彼女の良いところを私が台無しにしてしまっていると思うと、申し訳なくなってしまってまた顔を伏せてしまう。
私の気持ちが沈んでしまったのに気付いたのか、おじいさまが私の気持ちをほぐすために、色々な話をしてくれた。騎士団の中であった笑い話や最近お会い出来ていないお屋敷の人たちの様子など、少し懐かしく思う内容のものばかりで、自分でも分かるくらいに気持ちが軽くなった。
「でも珍しいじゃないか」
不意におじいさまがそう呟いた。
「君がそんな風になっているのは、本当に珍しいね」
正直この言葉には全然意味が分からなかった。
「……いや、この言葉も的を射ていないか」
しかしすぐに訂正と謝罪して、おじいさまは私の頭を撫でた。そして「私はね……」と口にしながら、おじいさまは少し考えて混んでいる様子だった。
私としてはおじいさまが何を意図していらっしゃるのか分かっていないだけに、どう反応して良いのか見当もつかなかった。ただ必死に私のことを考えてくださっているということだけは理解できた。
そして少し慎重な面持ちで彼が言葉を紡ぎ出した。
「多分ね、私は君のことを誰よりも信頼していると思うんだよ」
自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
「君しかいないと、君でないといけないと感じたんだよ」
思い出されるのは、『この身体に分かれた』ことを自覚した時、陽だまりの中で抱きしめてもらった時の暖かさ。心を温めてくれる言葉だった。
しかし次の言葉に私は少し動揺してしまう。
「少しロマンチックに言うなら……そう、一目惚れと言うやつかな」
私の胸が早鐘を打ち始める。そんな言葉を投げかけられて平然としていうことなんて私にはできない。冗談まじりな言葉だったけど嬉しくて仕方がなくて……落ち込んでいた自分が嘘みたい感じられた。
また私は救われた。数え切れないくらいに私はおじいさまに救われている。
だからこの人のために、何かを成し遂げたいと思った。私が『この身体』で生きていく理由を最初に与えてくれたのはおじいさまだった。
そして……
「君ならば、私の大事な宝を守り通してくれるだろうと……そう思えたのさ」
私の生きがいは『彼女に素晴らしい人生を送ってもらう』ことだった。それを思い出した瞬間目の前の靄が晴れたような、そんな気がした。
もしかしたら自分でそう思い込んでいるだけかもしれないと、思わずおじいさまに視線を送ると、そこには温和な笑顔があった。
また嬉しくなった。
嬉しくて、早く彼女に会いたくなってしまった。
そんな私の頭を撫でるおじいさまは教室の外に目を向けながらふと、「あぁ、もう時間みたいだね」と呟く。
確かにもう暗がりが重く、周囲に影を落とし始めている。
もうそれぞれが自分の安心できる場所に帰る時間が迫っているのだ。
それならば……私も帰らなくてはいけないですね。
少し甲高い鳴き声を上げて、私はおじいさまの側を離れて扉に向かいます。名残惜しいけど、今すぐに彼女のそばに行きたいと、その気持ちが膨らんで行って止まりそうにない。
その私に背中に、その言葉は投げかけられました。
「いつでも君たちのことを思っているよ」
なんてキザなセリフなんでしょう。
でも、その一言はまた私の心を温めてくれる。
そして私は短く、鳴き声を返します。
これは決意の音。
二度と彼女のことを悲しませないという、決意の印だ。




