思った以上に周囲に迷惑をかけていることもある。
「……あぁ、おじいさまとお話ししたいんだけどなぁ」
そんなことを呟きながら、一人で廊下を自分のお部屋の方に歩いていきます。
中庭で人垣を作っていた皆さんが挙っておじいさまの指定した教室に殺到してしまい、簡単に近づくことも出来ない。どうにも手持ち無沙汰で中庭の方に戻ってきたわたしですが、思わずあの子の姿を見とめ、踵を返して逃げるようにここまで来てしまいました。
「本当、何してるのよ……わたし」
あの子と関係が少しギクシャクし始めて数日、今日は以前にアーベルさんから伝えられていた騎士団との合同講義の日でした。朝から彼女とのやりとりは辿々しく、それに耐えきれずに少し早くお部屋を出ると、お部屋の中とは違う意味での緊張感が廊下を支配していました。
やはり皆さん、今日の合同講義がどのように進行するのか不安に思っていらっしゃるのでしょう。わたしだって同じ風に感じているのですが、「騎士団が整列しているぞ!」という誰かの声に、皆さんがバタバタと動き始めたため、そんなことは頭の隅に追いやられてしまいました。
皆さんに流されるままに中庭までやってくると既に人垣が作られており、突然始まったウェルナー様とルートヴィヒ様の模擬戦に全員が言葉を失ってしまいました。
それにもびっくりさせられたのですが模擬戦が終わった後、一言だけでその場を支配してしまわれたおじいさまにわたしはさらにビックリさせられてしまいました。
そこから全員がおじいさまに魅入られてしまってそして現在、中庭の方に戻ってきたわたしはウェルナー様とルートヴィヒ様と一緒にいるあの子から逃げるようにしてわたしは自分のお部屋に逃げ帰ろうとしているのです。
一体わたしはどんな風にあの子に接していただろう? それがドンドン分からなくなってきてしまう。
「そうだ……初めてなんだ。こんな風になるの」
そう。あの子と喧嘩みたいな、ギクシャクしてしまうのなんて一緒に過ごし始めて初めてだったのだ。今まではわたしが一方的に拗ねて口をきかなかったりしたこともあったけど、あの子は何も気せずにわたしに接してくれていた。それが今回、あの子自身もわたしにどう接して良いのか分からないくらいに困惑しているみたいだった。
それに今更気がつくなんて……もう少し上手く立ち回ることができただろうと、そう頭を抱えていると久しぶりの声が投げかけられた。
「ご無沙汰していました。エルフリーデ嬢」
わたしが知っているものより少し低い音になっていますが、芯のある響きに変わりはありません。先ほどはついつい逃げ出してしまいましたが、流石に無礼だったでしょう。
わたしは身を翻しながら、声の主の方に向き直った。声の主はわたしにニコリと笑み浮かべて言葉を待っているようで、わたしは少し落ち着きを取り戻しながら口を開いた。
「ルートヴィヒ様。お久しぶりでございます」
「元気そうで何よりだ、と言いたいところであったがどうやらそうではないのかな?」
ルートヴィヒ様はそう言って、ジロリとわたしの方を見据えた。
「そんなこと、ないですよ」わたしは誤魔化しまじりにそう呟いた。「ハハハ」だなんて空笑いを浮かべた。
わたしの仕草を目にして、ルートヴィヒ様の表情が固くなっていく。やはりわたしのごまかしは効かなかったみたいだ。
そうして彼はわたしの顔を正面から見ながら口を開いた。
「都合が悪くなるとそう笑う癖は、相変わらずですか」
「……」
わたしはまた何も言えなくなってしまった。だって自分の悪い癖を全部読まれてしまっているんですよ? それじゃぁ何をしたって意味がなくなってしまう。
「貴女を心配しているというのは本当のことですよ? それだけは理解しておいてください」
ビックリしてしまった。こんなにはっきりと優しい言葉を掛けられるなんて。
「しかし、レオノーラは一体何をしているんだ……」
その言葉に、わたしは何も言えなくなる。自分の表情がさらに曇っていくように感じた。
「なるほど。妹も……原因の一つですか」
確かに、レオノーラ様とのやりとりもきっかけの一つだと思う。でも今わたしが思い悩んでいる理由は別のところにある。
「ち、違い……ますけど」
だからわたしの口をついたのはこの言葉だった。
その言葉に少し笑みを浮かべながら、「嘘をつくのが下手であるのは変わりないか」と呟きつつ、彼はわたしの隣に並びます。
こう見てみると以前よりもすごく身長も高くなられていますし、身体もしっかりと鍛えられている様子です。先ほども感じていた通り、声だって少し野太くなられたというか……どこかおじいさまと同じような印象を受けてしまいます。
「しかし分かりませんね」
「え?」
ぼんやりとしていたわたしに、ルートヴィヒ様がこう続けます。
「何故今日は彼女と別々に行動しているのですか? それに彼女も今の貴女と同じ表情をしていましたよ」
またわたしは口籠ってしまう。でもそれと同じくらいに、ホッとしている自分もいた。
あの子もわたしと同じように悩んでくれているのかもしれないって、そう思うと、わたしだけがから回っているわけじゃないとそう思うことができた。
でもどうしたってあの子が居た堪れないし、それで迷惑を掛けてしまっているルートヴィヒ様やウェルナー様に申し訳なくて思わずこう口にしていた。
「えっと……すいません」
あぁ、また悪い癖が出てしまった。都合が悪くなったりしてしまうと謝罪を口にしてしまう。これではあまりに軽薄ではないか。
しかしそんなわたしにもニコリと笑いながら彼は続けます。
「謝る必要などないですよ。ただ私も、自分の考えを口にしただけですので」
そう呟くとルートヴィヒ様は少し伸びをして深く、深く息を吐き出します。そして「私もそろそろ行かなくては次の予定に遅れてしまう」と口にしながら少し何かを考えている様子。どうしたのだろう。彼を下の方から覗き込むと、噛み締めるような言葉が聞こえてきました。
「一つだけ、小言を言っても良いでしょうか?」
こんな風にルートヴィヒ様が言葉を選ぶような仕草を見るのは初めてだ。なんだか今日は体験したことのないことばかりに出会う日だななんて、そう思いながら首を傾げるとルートヴィヒ様の瞳が決意したように光を宿します。
「私はね。貴女と、そして彼女を微笑ましく思っていましたよ。私たち、兄妹にはない、そんな雰囲気を感じましたから。かけがえのない、大事なものを見ているように感じていたのです」
自分のことをこんな風に言われるのはどこかむず痒い。ルートヴィヒ様からこんな風に思われていたというのは嬉しいことではあった。
「しかしね、それが失われてしまうのはあまりに悲しい」
そう続ける彼はそこか寂しげに見えたけれど、「まぁどうしたら良いか分からない時は誰かに頼ることも必要でしょうね」と続けて会釈を一つ、彼は中庭の方へと戻っていった。
「……どうしたら良いか分かんないのに」
その背中を見送りながらついぞわたしの口をついたのはその一言。
ルートヴィヒ様には悪いけど、そう簡単にいかないのだから厄介なのだ。
「人に頼るかぁ」
またそう呟いてわたしは廊下の窓から外を眺める。
正直わたしも同じことは考えていたのだ。だからあの人と話をしたいと思っていたんだけど、今は人に囲まれていることだろう。もう少し待つしかないのかなとぼんやりとしていると見知った人がわたしが前を通りがかりました。
「あぁ、アーベルさん! お久しぶりで……え?」
アーベルさんはこちらに頭を下げながら「探しましたよ」と一言。その言葉に嘘はないようで、肩で息をしながら安堵の表情を浮かべています。
一体どうしたんでしょうか? 思わず首を傾げていると彼は言葉少なくこと告げてきます。
「呼ばれているですか?」




