図星を突かれると何も言えなくなるのは何故なのか。
おじいさまのお話が終わってすぐ、今日のスケジュールのようなものが学園の職員から説明されていますが、皆完全に気持ちは別のところに向いてしまっている様子。
それを表すように説明が終わった瞬間に、おじいさまが指定していた教室に足早に駆けていく面々が見えました。おそらくおじいさまの言葉に感じいるものがあったのでしょうか。自然と彼らの足はその教室に向かっていました。
さすがに今おじいさまのところに向かっても何もお話しする事は出来ないのは明白。であればおじいさまの次に気になるモノのところに行くしかないでしょう。
大体の学生と兵士の皆さんは移動が済んだ頃でしょうか。全員が集まっていた中庭には人の手で数えられるくらいに人しか残っていません。目当ての人たちも校舎を背に何か話し込んでいらっしゃる様子でした。
「……あぁ、君は」
「あぁ、ルートヴィヒも知っていたのですかね」
私の前に膝をついて頭を撫でながら、笑みをこちらに向けてくれるルートヴィヒ様に対して、やはり一定の距離を開けながら話しかけてくるウェルナー様。
どれだけ身体が大きくなっても私を怖がっているのは変わっていないんでしょか。顔色を変えないところは素晴らしいことではありますけれどね。
しかし随分とお会いしていないうちにルートヴィヒ様も変わってしまわれた様子。
先日お会いしたアーベルさんよりも身長が高く、そして細かった手足もしっかり鍛え込まれているのか屈強なものになっています。そして誰からの影響なのか、男性には珍しく長く伸ばしていた暗い銀髪も、今はさっぱりと短くまとめていらっしゃいます。
なんだかおじいさまに似ている気もして少しドキドキする……なんて言ってしまうと無粋になってしまうので考えないようにしましょう。
「彼女の家族であれば面識はあります。それにこの子は……」
そう言って私を撫でるルートヴィヒさんの手つきは非常に優しく、またここにも彼とおじいさまを重ねてしまいます。
だからそんなことを考えていては話が脱線してしまうんです! もう少ししっかりしなさい、私!
まさに兜の緒を締め直したような気持ちとでも言えば良いのでしょうか。
「そうですね、この子の存在というのは……非常に、非常に心強いですよ」
「しかし……今日は彼女と一緒ではないのかい?」
自分の表情が強張っていくのを感じた。やはり『私たち』を知っている人からすれば、一緒にいないことは不自然に感じてしまうのでしょう。しかし私はどう返して良いか分からずに俯きがちに顔を下げてしまう。
「あぁ、彼女は……」
私の仕草に首を傾げながら、指差した方向にはエルフリーデは一人。
おそらくおじいさまのところに行こうと考えていたのだろうが、あまりの人の多さに諦めてこちらに戻ってきたところだったのでしょう。ウェルナー様とルートヴィヒさんを見とめた瞬間明るい表情を作りましたが、私の姿を見とめた途端に踵を返して校舎の方に戻っていってしまいました。
「……」
「何故こちらに来ないのでしょうか?」
二人には不自然に見えたでしょう。
自分とずっと一緒にいた存在が側にいるのにこちらに寄ってこないというのはあまりにおかしな話だ。
私はそれに対して、短く鳴き声をあげることしか出来ない。私の反応をみてウェルナー様がぼんやりとこう呟いた。
「恥ずかしがっているんじゃないか?」
ルートヴィヒさんはその言葉に少しムッとした表情を浮かべた後、少し上空を眺めて、ため息まじりにこう言った。
「……ウェルナー様、そんなことを言っても私には通用しませんよ? 彼女はそのような人ではないというのは理解しているつもりだ」
「いや、冗談さ。しかし……」
そこから十数秒、彼は何も発さなかった。私とエルフリーデの現状を説明するのには十分な情報がウェルナー様にはあるはずだ。しかしそれでも何も言わなかったのは……もしかすると私への配慮があったのかもしれない。ルートヴィヒさんもそれを理解したのか、納得したような、少し寂しそうな表情を浮かべた。
「……良いです。久しぶりに彼女に挨拶でもしてきましょう」
ルートヴィヒさんはチラリと私の方に視線を向けた後、颯爽とエルフリーデが去っていった方に駆けていった。
その背中に残されたウェルナー様はこう一言。
「えぇ、では私は少し用事を済ませてきましょうか」
私は思わず深く、深くため息をついた。だって頭上からじっと視線を感じるんですもの。視線をやらずとも分かるそれに、私は短い鳴き声で応えた。
「あぁ、大きなお世話だったかな?」
無論それはウェルナー様の視線でした。これまでに見たことのないくらいの、とても寂しそうな瞳で私を見つめる彼に、思わず吠えてやろうかという気持ちさえ萎えてしまうほど、私は拍子抜けしてしまったのです。
そして彼は「大きなお世話かもしれないけどね」と呟くと、私の真隣まできて、腕を組んでニコリとします。
「なんだい。まだ仲直りをしていなかったのかい?」
やはり知っていたのかと。嫌味ったらしいったらないですよ。少し性格が悪いぞだなんて独言る意味合いを込めて少し低く唸り声を上げると一歩だけ私から離れながら彼はこう続けます。
「怒ることないじゃないか。私はね、本当に心配しているんだよ。あんなに仲の良かった君たちが最近はずっと離れたままじゃないか」
端から見ていてもそう感じてしまうのか。これには少し頭を抱えてしまう。自分たちのことで周りを不快にさせて良いはずがないですもの。でも理屈ではどうも出来ないものもあるでしょう?
知らず知らずのうちにそんな感情が視線に籠もっていたのか、ウェルナー様が私の方を一瞬見てすぐに視線を逸らして口籠ってしまう。本当ならこんな時に甘えさせてくれなら、心底惚れ込んでしまうんですけどね。王太子様は私……というか犬に触れられるのはやはりお嫌な様子。
私が一歩近づこうものなら後退り、正面から彼を見ようものなら数瞬も視線が混じり合うことはありません。
これはもう……うん、ダメですね。しかしウェルナー様に言われた通り、これ以上エルフリーデとのことをこのままにしておいて良いわけがない。考えがないわけではないけれど、今は動くしかないでしょう。幸い、今エルフリーデの側には私が知る中で冷静に物事を判断できる方がいらっしゃるのですから。
こうなったら意地悪なウェルナー様のことなんて置いていきましょう。私は再び短く鳴き声をあげてその場を立ち去ろうと四本の脚で歩き始めようとするのですが、行く手を阻む影が一つ。
「ちょ、待て! 少し話し合おう!」
話し合うって、この人は私が犬だということを忘れているのでしょうか。それにしたって今日はやたらと絡んできますね。まぁこれまでは大抵エルフリーデが側にいましたし、私たちが二人になることなんてほとんどありませんでしたから……まぁ聞いてあげることにしましょうか。
私が立ち止まったことに胸を撫で下ろしながら、彼は深くため息をつく。苦手なモノの前に立つって結構な勇気がいるはず。しかし一体何を私に言うつもりなのか。
しかしそんな私の少し傲慢とも思える考えを、ウェルナー様の一言は突き崩した。
「自分でどうしようもないという自覚があるのならば、人に頼りたまえよ」
何も返す言葉が浮かばなかった。自分でどうにかしないとと、まぁ偶然そこに助け舟があれば乗っていこうだなんて思っていた自分が恥ずかしくなった。
「君も、それに彼女も、存外に強情すぎるからね」
そうだ。私は『自分だけ』でどうにかしようとしていた。その過程で『偶然』誰かが助けてくれたような体になれば良い。そんな、都合の良い風に考えていたのだ。
「拍子抜けした……そんな表情をしているね?」
そりゃそうでしょう。結局私は格好つけているだけの痛い犬だったってことじゃないですか。都合の良い偶然に期待して、自分では何も手を下さないようにしているなんて、大馬鹿にも程がありますよ。
そんなことを考えていると不思議と視界が曇っていく。
あれ? なんでだろう。この体になって初めての感覚だ。目の前がボヤけて、鼻だって普段はしっかりと利いてくれるのに、全然何も感じない。考えが纏まらなくて攪拌されたみたいにグチャグチャになっていく。
あぁ、ダメだ……どうしようもないですよ。
そんな私にウェルナー様はこう言った。
「まぁもう少しだけ、私の話を聞いてくれたまえよ」
まぁ、相変わらず視線は一瞬しかこちらを見やることはなかったけど、それが何故だか少し優しく思えたのは……一生涯伝えずにいようと思う。




