お話が変わり過ぎて困惑しているのですけど。
周囲の誰しもが言葉を失っている。
目の前で繰り広げられた王太子と、若手随一とも言われる近衛騎士の模擬戦に魅入られてしまっているのでしょう。
それだけ二人の模擬戦は素晴らしいものであったと思います。
肩で息をする二人を見れば、互いに死力を尽くして戦ったことは疑う余地もないことですし、ここにいる同年代の中でもおそらく最も身分の高いであろう二人がここまでの姿を見せたのですから、何かを指摘することができる人間、いようはずがありません。
……いやいや、待ってくださいよ! 完全にお話が変わってますって!
なんでいきなり戦闘なんですか! そんな渋いシーンをお伝えするような語彙力、ただの犬の私が持っているわけないじゃないですか。
冷静になってみればツッコミたいところが満載のシーンでしたが、ウェルナー様とルートヴィヒさんの人となりを知っている私ですから、そんな無粋なことをいうことなんて言えませんよ……うぅ、自分の性格が恨めしい。
しかし周囲が息を呑む中で、何も言えないまま時間だけが刻々と過ぎていくだけで良いのしょうか。自分の性格を恨めしく感じながらも、おそらく私を含む何人かがこの空気を壊してくれるであろう人を探しに周囲を窺います。
そこに一つの影が人垣から歩み出し、ウェルナー様とルートヴィヒ様を交互に見つめ温和に呟きました。
「うん、そこまで」
私はその声に思わず胸を撫で下ろしながらも、同時に鼓動が早鐘を打ち始めているのを感じていました。こんな二律背反な気持ちを抱かせるは、エルフリーデ以外ではおそらくこの人だけでしょう。言葉を発することの出来なかった学友たちもその人の声にビクリと反応しましたが、皆が一様にホッとした様子で声の主を見ました。
ピンと張り詰めた空気が一つの音で解きほぐされていくようなそんな雰囲気。しかし相対していたウェルナー様とルートヴィヒさん、そして人垣の向こう側にいる騎士団の面々の表情は厳格な表情を浮かべています。
「ありがとう、ございました」
「……ありがとうございました」
声の主に促され、木剣を納め互いに礼をする二人。
それに満足そうに笑みを浮かべながら、穏やかな声で言った。
「さぁ、どうだろうか。皆見ていただけただろうか。王太子と近衛騎士団の模擬戦であったが……なかなかに見応えがあったのではないだろうか? まだまだ未熟ではあったがね」
人垣が一瞬響めきたつ。声の主がいくら偉い方だとは言っても、王太子や公爵家の長男を相手にここまでの物言いが出来るものなのかと、動揺を隠すことが出来ない様子だった。そんな雰囲気に動じることなく声の主は淡々と続けた。
「未熟の何を恥じることがあるのかね、それはまだまだ伸びる余地があるということだろうに。それに言いたいことを言い合うことが出来るからこそ、本当に信頼が生まれるはずだ」
人垣の中から一つ、声が飛び出した。
「それは、貴方が将軍だからでは?」
しかしその声にこう問い返す。
「では言いたいことを常に我慢し続けるのかね? それこそ不毛ではないかね?」
そんなことを言ってもと、周囲から口々に似たような言葉が飛び出してくる。その中の声の一つに再び「将軍」と呼ばれた、私の愛するお方が反応した。
「そう、『身分が違う』が最も大きなものなのだろうね。しかしそれを言い訳にしていては何も進まないということも理解できるだろう?」
確かに言葉にされれば簡単なこと。でも多くの人がそんな逆境に立たされたいとは思わないはずだ。そんな空気が周囲に漂った頃、再び彼が続けた。
「この学園……いやこの国ではこう教えているはずだ。『適正さえあれば何にでもなれる。そのために力をつけよ』とね。何も私のように王族に生意気な口をいけとは言わないさ。ただ私にとってはこれが当たり前だっただけさ」
私は思わずその言葉に息を飲んでしまった。
『当たり前』をやり遂げるためにどんな積み重ねを続けてきたのだろうか。それは私なんかでは想像することも出来ないけれど、多くのものを対価に今のこの人がいるのだと思うと胸が熱くなってしまった。
「カール将軍、そろそろ……」
不意に聞き覚えのある声が投げかけられます。おそらくこの声は……アーベルさんでしょう。さすがは優秀とまで評されるブレーキ役です。
「あぁ、すまない。つい熱くなってしまった。この話の続きをしたいものはこの後時間を設けるので一緒に話をしよう」
カール、つまりエルフリーデのおじいさまではありますが、彼もそして周囲の人たちも投げかけられた言葉に胸を撫で下ろしています。
私個人としてはもう少しお話を聞いていたかったんですけどね。
まぁ私の場合はおじいさまの声に聞き惚れているだけなんですが。
「今日は皆で大いに交流を図って欲しい。こちらから強制することは特にないからね。老人のつまらない話はこれくらいにしようか。では皆、今日は楽しんでくれたまえ」
しかし……さすがですおじいさま。
ウェルナー様とルートヴィヒ様がこの場の主役であったはずなのに、一気に全てを自分ものにしてしまわれて……
あぁ、本当に素晴らしい!




