あれ? なんだか装いが違いません?
快晴の空を、薄雲が陽を隠すように覆っていく。
目に痛い日差しが和らいだことで、人垣の中心にいる人物たちの表情がはっきりと見やることが出来た。
中心には騎士団支給の衣服に身を包んだ兵士風の男性が二人。どちらも腰には木剣を携え、ただ黙りこくっていた。否、きっとそうではない。緊張と高揚がない混ぜになっているのだろう。
彼らのこんな表情は見たことがない。本当に、見たことがないのだ。
初めて出会ったお屋敷の中庭。
無愛想な表情を浮かべて共に向かった街。
格好つけのくせに私を怖がってしまう、少し抜けたところ。
語り終わった後の、あの温和な笑顔。
その全ては一度私に向けられたものだった。
でも今の彼らからは全く想像できないほどに、鋭い感覚が彼らの間に横たわっていた。
「おい、なんで殿下が……」
「それにあの方って……ルートヴィヒ様だよな?」
背後からヒソヒソと声が聞こえてくる。
しかし誰が声を発そうと、二人の絡み合った視線がとけることはなく、ただただ相手の動きを注視し続けている。
誤解を恐れずにいうとするならば、まさにその姿は戦士。眼前の敵を打ち倒さんとする戦士のそれであった。
「さぁ、模擬戦を始めようか」
さも当然のように、聞き覚えのある声が人垣の中から投げかけられた。
「……えぇ」
「―――行きます」
刹那、二つの影が肉薄する。
打ち付けあった木剣の音より早く二人が動いたとでもいうのか、瞬き一度の間にゆうに数歩の間合いがなくってしまっていた。
本当に、ただの一音で周囲の全てが彼らに釘付けになってしまった。
「―――ッ」
短い呼吸に続き、ウェルナー様の木剣がルートヴィヒ様のものを上方に大きく去なす。
強引ではあったが状態のバランスに崩れはない。剣を返す腕と反動を利用し、ウェルナー様はさらに一歩、ルートヴィヒ様の間合いへ侵入し、一刀を繰り出さんとする。
「……まだ!」
しかしトビおんだ間合いの先には、去なされたはずのルートヴィヒ様の木剣。
飛び込むウェルナー様の一刀よりも早く、より戻されたルートヴィヒ様の剣は次の瞬間、侵入する彼の動きを阻まんと突き出されていた。
「―――ハッ!」
突き出される木剣に動きを止め、大きく飛び退くウェルナー様。
ルートヴィヒ様の剣の軌跡を予測していたのか、それとも彼の突き出した剣があえてその速度を遅くしたのか、それは戦いを見つめる私たちには分からない。
ただただここにいる誰もが固唾を飲んでこの光景を見守っているだけだった。
……いや! ちょっと待ちなさいよ!
今までと全然話の毛色が違うじゃないですか? いきなり戦闘シーンって一体どうゆうことなんですか? それになんでルートヴィヒ様がここにいるんですか? あなた近衛騎士団ですよね? あ、止まってくれないんですね。そうですか。
困惑している私をよそに、体勢整えつつ二人が再度木剣を構える。
しかしここまでの動きを見ていると二人にそれぞれ特徴みたいなものがあると感じます。
ウェルナー様の剣が線とするならば、ルートヴィヒ様の太刀筋が点。
瀑布のように、勢いをもって侵略を試みるに対し、隙を見逃すことなく正確無比斬って返すその様はまるで鋭い槍とすら思える。
「さすがは殿下。学園に通っても鍛錬は欠かしていないようで安心しました」
深く息を吐きつつ、言葉を投げかけるルートヴィヒ様。
「――――――――――!」
しかしその声の返答とされたのは木剣の打ち交わされる音。
そう。ウェルナー様に言葉を返す余裕はなかった。
瞬きの間でも気を抜いてしまえばあの突きの餌食になる。先ほどの攻防でそれをはっきり理解してしまったのでしょう。
だからこそ声を発しなかった。表情は少し苦悶に染まりながらも、木剣を構え続けていた。
「王になるのなら、余裕を持ちなさい!」
数合木剣を討ち交わしながら、ルートヴィヒ様の檄が飛ぶ。
しかし表情が苦悶に染まり始めたと言っても、ウェルナー様の剣の冴は本物らしい。ルートヴィヒ様もそれを理解しているのか、気を抜くこともせずにウェルナー様の繰り出す一閃を捌き続けた。
「ッ……!」
右に捌かれれば左から。
上に捌かれるのであれば一歩後退り打突を繰り出す。
ですが一刀ごとに得物に力が籠らない。
口惜しげな彼の頭の中は一体何が占めているのか、何れにしても弱気や逃げの文字はきっとカケラもない。ただその一瞬の訪れを待って踠いている。
「それでは、貴方を主とは……認められない!」
彼を奮い立たせるための挑発の言葉は続く。それに呼応するように、木剣を去なすルートヴィヒ様の木剣もまた勢いをましていく。
確かにルートヴィヒ様の剣はどんどん速度を増していっている。ですが素人の私でも分かるほどに、彼の剣の戻しが数瞬遅くなったように感じます。
きっとそれを相対している人が気付かないわけがない。
「ルートヴィヒ……貴方こそ」
「……」
「貴方こそ、少しあらが目立ち始めましたよ」
そう。やはりウェルナー様も感じ取っていた。
ルートヴィヒ様の剣戟が徐々に速度を優先したものに変わり始めたということを。しかしその事実を突きつければどうるかも、彼は分かっていたはずだ。
「……なるほど、まだ」
「―――ッ!」
「まだ余裕があると見える!」
言葉の勢いのままに、ルートヴィヒ様の木剣がより力を込めて繰り出される。
次の動きなどは全く考えられていない、乱暴な打突。そう言っても過言でないほどに、感情に任せた剣戟がウェルナー様に降り注ぐ。
それまでのすべての打突をいなし続けていたウェルナー様も、この打突の雨に耐えられず、もはや苦痛に近い表情を浮かべるも、どうにか力を振り絞りその侵攻を逸らす。
「もう負けを認めなさい! さぁ!」
もう苛立ちを隠さない。
ガッカリしたぞと押し付けるように不満を打つける。しかし言葉にすれば体にも現れる。そして打突の戻しがさらに遅れ始める。
その隙を、戻しの遅れを彼は見逃さなかった。
「……そこぉ!」
弧を描く、ウェルナー様の一太刀。
ルートヴィヒ様に生まれた一瞬の隙を見逃すまいと、彼の視覚から振り上げられる一撃。
それはまさに必殺の一撃。
その一撃はついに、ルートヴィヒ様の手にしていた木剣を弾き飛ばした。
そして自身の手にしていた得物でさえ、落としてしまう。
完全に満身創痍。
それがはっきり分かるほどに、ウェルナー様は疲弊してしまっていた。
まさに死力を尽くした戦いが、ここに幕を落としたのだった。
……いやね、やっぱりお話の種類変わってません?




