表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/82

私が見ることのできない彼女たちのお話、ですね。

 茜色が廊下を染め上げていく。



 お部屋も、建物も、世界ですら全てその暖かい色に染められてしまう。



 その色の中にいるだけでホッとした。


 この世界に自分がいるだけで安心できた。



 きっと一日の中で最も短いと思われるこの時間帯が何よりかけがえのないものだった。



 陽が顔を隠せば家族との時間が始まる。


 おじいさまや両親、お屋敷の人たちと、その日一日のうちに起こった出来事を話していく。



 そうするのがたまらなく楽しかった。


 そうするのがたまらなく嬉しかった。



 その時間を心待ちにする、この茜色に包まれた全てがわたしにとって大切なものであったのに……




 今はどうしようもなく、この時間が早く終わることを祈っている自分がいた。





「……ハ、ハルカさん」




 腕を引く彼女に声をかける。でも彼女は振り返る事はない。この沈黙が堪らなく嫌で、それでも彼女に腕を引かれたままだから足を止める事もできない。



 何故こんな事になってしまったのか。そもそもテオドールさんとエリカさんの無理なお願いに対して首を縦に振ってしまった事が原因だって事は充分に理解しています。



あのやりとりがなければわたしだってこんな後ろめたさを感じることなんてなかったのに! まぁ今更そんな事を考えても仕方がないけど……でも先ほどのハルカさんの激昂ぶりを見てしまっては申し訳ないという気持ちと、彼女に対する恐怖から何も言えなくなってしまっています。



 それに普段ならば必ずわたしの前をあの子が歩いてくれているはずなのにどこに行ってしまったのだろうか。教室の扉の前で少し姿を見た気がしたけど、今はその姿が全く見て取れない。



 普段は必ずわたしの側にいてくれるのに、なんでいないんだろう。それがあまりに心細くて、更に自分を萎縮させていた。




「……前にもこんな事ありましたね?


 ハルカさんはわたしを見ず、そう言った。すぐに言葉を返す事は出来なかった。だって彼女とのやり取りの中で思い当たる情景は数え切れないくらいにあったから。



「何度もあったように思いますけど」


 思わず正直に答えてしまうとハルカさんはクククという笑みの後、こちらを振り返ります。その仕草はいつもの彼女のものでした。



「確かに。私は相変わらず、成長していないと言う事でしょうね」


「ないですよ? 絶対にそんな事ないですよ!」



 思わずぽかんとしてしまった。一体何を弱気になっているのか。こんなのはハルカさんらしくない!


 今度はわたしから彼女の手を握ります。



「ハルカさん、こんなにも綺麗になったし、皆さんからの信頼も厚いですし。それに商会を引き継ぐために努力されている事を私は存じ上げていますよ?」



 なんでしょう。心の底から思っていることでも、言葉にしてしまうと少し恥ずかしいような、嘘臭くなるような気がする。タイミング悪かったかな? テオドールさんとのいざこざがあった後にこんなこと言っても信じてもらえないよね?


 そう考えてしまうとますます自分が信じられなくなってしまう。



 しかしそれでもハルカさんは温和な笑顔を浮かべて、「ありがとう」と静かに呟いてくれた。



「でもどんなに頑張ったって欲しいものなんて、簡単に手に入らないのですよね?」


「欲しいもの?」


「いつでも手の届くところにあるのに怖いんですよ……この気持ちを伝えてしまうだけで、全てがなくなってしまうような気がして」



 わたしの返答に複雑そうにハルカさんが笑う。


 きっとわたしはまた何かをやらかしてしまったのだろうか。わたしを見つめるハルカさんの視線は優しさに満ちているのに、どこか寂しそうに感じる。


 でもわたしはあえて彼女の求めているものには言及しない。いや、出来ないのだ。これを言葉にしてしまったらわたしたちの関係は完全に形を変えてしまうと実感があるから。



 わたしはこの人とはいつだって対等な、出来ればライバルでいたいのだから。




 少し難しい顔をして俯いたからだろうか。今はそれよりもとハルカさんは言った。わたしはその言葉に顔を上げつつ再び彼女を正面から捉えた。



「それよりお伺いをしたかったのはあの男のことですよ」



 瞬間、背中にゾクリと怖気が走っていくのを感じた。正体はわかっている。ただハルカさんの放った苛立ちがこんなにも重苦しいと思っていなかったから言葉を失ってしまった。



 わたしは、エルフリーデ・カロリングはどうしたってただのモブキャラだ。


 ハルカさんのように周囲から認められる力と意思を思っているわけではない。レオノーラ様のように周囲を惹きつける容姿もカリスマも備えていない。



 そんなわたしが突然正面から苛立ちをぶつけられても何も出来ないに決まっている。



「あの男って……」



 ただ一言だけ、その言葉が口をついた。声を出す事が出来れば少し落ち着きを取り戻す事が出来るみたいで、わたしも少苦笑いを浮かべて答えた。



「それでいいのです。あの目、人を道具のようにしかみていない人間の目です……信条としては人に対して陰口を言うなんて恥知らずな真似はしたくないのです。でも私にはあの男からは嫌な感じがするのですよ」



 きっと考えて、考え抜いての言葉にどう答えたらいいのかわからないまま、ハルカさんが話す様を見つめていた。


 でもハルカさんの言う通りだと思うわたしがいる。正直テオドールさんからは良い印象を抱いていなかったのです。常に意見を押し付けてくるあの態度にわたしは流されてばかりでした。


 ここまで言ってもらえるのは心の空く思いもしますが、彼が教室に取り残された時の表情を見ると同情を禁じ得ません。



「解せないのですよ。あの男が性懲りもなくエルフリーデ様に関わってくる理由が」



 ハルカさんは変わらずに苛立ちを隠しません。でもハルカさん、さすがに気付いていると思っていたのに・・・・・・



「それは、えっと……気付いていませんか?」


 正直に言ってしまった。きっと気付いていないと思っていたから。


 しかしわたしに言葉に目を丸くした後呟きます。



「気付く、ですか? 彼がわたしに恋慕の情を抱いているという事ですか?」



 あまりに冷淡に、彼からの感情には微塵も興味はないと、ハルカさんはハッキリと断じていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ