誰かが怒る時、きっとお話は大きく動くのです。
『二人きりになれる場所』
テーブルから離れていく私の背後から聞こえてきたその言葉は全く気にならない。そう言ってしまうと正直嘘になってしまいます。
ただ今回はハルカさんに全てを任せよう。
それがエルフリーデと、そして私にとっても良いことのはずだ。
なんて、そう思っていたんですけどねぇ。
悲しきかな野次馬根性とでも申しましょう、テラスを離れていく二人を見送っていたはずの私は何故か見つからないように二人の後を追っていたのです。
いや……ね? やっぱり心配になるじゃないですか。
自分が直接手を下さなくても、エルフリーデがどんな結末を選ぶのかは私自身が認識しなければいけないと思うのです。
まぁそんな言い訳、幾つ並べたって詰まるところ『エルフリーデは心配だ』と言う結論に帰結してしまうのですから、私もとことん甘いようです。
そんなことを考えつつも、二人に気付かれないように動いていく事は忘れません。
エルフリーデは別としてハルカさんはかなり察しの良い方なので、私が近くいることを気付こうものなら、話を中断してしまう恐れがあります。
だからこそ一定の距離、少なくとも視界には映らない事が必須になってくるのです。
子犬の頃はまだ楽に隠れる事が出来たのですが、成長した今となってはそれもなかなかに難しい状態。
まぁそれもまた一興でしょう。それに探偵みたいで少し楽しくなってきましたからね。
そこから数分、二人が行き着いたのは教室棟の一室。
普段は授業には使われない、備品ばかりを詰め込まれた部屋の中で二人は入っていきました。
念のために教室の前までは歩を進める私でしたが、決して教室の中には入らず外から聞き耳を立てます。
「二人でこうしているのは久しぶりですね」
「そう、ですね……学園に入学してからというもの、慌ただしい状況が続きましたものね」
押し黙り、耳に届いてきたのは会話に私は少しハッとさせられました。
二人だけの時間というものは、最近全く設ける事が出来ていませんでしたものね。テオさんとのいざこざがあった際に、手当てをしてくださった時くらいでしょうか。
ですがそれも致し方ない事ではないでしょか。
「ハルカさん、皆さんに囲まれて本当に人気者ですものね」
入学以降、平民で構成されているグループの旗頭のような存在に祭り上げられてしまっているハルカさん。本人はかなり嫌そうにされているのですが、周りはそんな態度すらも素晴らしいと崇拝しているのです。
噛み合っていない状況ではありますが、ハルカさんも貴族と平民の派閥が出来てしまっていたことには苦慮されているようで、自分が立つことで学生の中に一定のまとまりが出来ているのであれば、それは良しとしているようです。
そして喫茶室での一件以降、エルフリーデ自身も多くの学友にチヤホヤされる存在になってしまった。
そんな二人が二人きりになれることなんて、簡単にないでしょう。
彼女たちもそれを理解しているのか、エルフリーデが呟いた後、沈黙が二人を包んでいきます。私がその場にいたとすれば、あまりの気まずさに声を上げてしまうかもしれません。
ですが、それより早く「ですが……」とハルカさんが呟き、続けて足音が響きます。
「大勢に囲まれても、あまり意味はありませんわ」
「えっと、それは?」
「以前から言っているでしょう? 私が共にいたいのは……」
実際にその光景を見ているわけではありません。
しかし何故か胸が熱くなってくるのです、見えていないからこそ。二人がどんな状況で、どんな距離感で話をしているかを想像するだけで……ん?
廊下の向こう側から足早にこちらに駆けてくる影が一つ。
教室の扉にピタリとくっついている私の位置からは影になっていますが、この感覚は間違いない。
なんでこのタイミングでここにやってくるのか! あまりに出来すぎた展開じゃないですか?
思わずこちらに駆け寄る人物に唸り声をあげようと身構えます。
しかし私の動きよりも早く、あっさりと私の横を通り過ぎて教室の扉を開けてしまったのです。
あぁ、二人だけの空間が終わってしまう。ハルカさんの声色からは本当に二人に空間を慈しんでいたのに……それを邪魔してきたのは、
「……テオ、ドールさん」
私を無視し、そして二人の空間をメチャクチャにしたのは言わずもがなテオさんでした。
一体どこからこの状況を聞きつけたのでしょうか。肩で息をしているところを見るに、急いで来た事が伺えます。
そんなアグレッシブさ……このタイミングで見せないでくださいよ!
「やぁ、グライナーさん! それにカロリング嬢も」
なんだか満足げにあげる声すら私をイラつかせるではありませんか!
あぁ、そう思っているのはどうやら私だけではないみたいですね。
「……」
「ッ……」
「グライナー嬢、言葉を交わすのは久しぶりですね」
おそるおそる教室の中を見ると、苛立ちをあらわにするハルカさん。そしてその彼女を目の当たりにし、言葉を失ってしまうエルフリーデの姿。
ですが剛気とでも申しましょうか……否、完全に自分の思いに目の前が見えなくなってしまっているのでしょう、テオさんはしみじみとそんな言葉をハルカさんに送ります。
「えぇ。そうですね」
ですが言葉を返さなくては話が進まないとハルカさんは理解しているようで、可能な限り簡潔にテオさんに返答をするのですが、それにご満悦の様子で更に彼の口撃は続いていきます。
「たまたまこちらの教室棟に用事があったのさ。そこで二人の声が聞こえてきたから思わず声をかけてしまったよ」
「……」
「……えっと」
「せっかくだからこのままご一緒してもいいだろうか?」
この空気の読めなさは一体なんなのでしょうか……確かにアニメの中でも彼はこのようなキャラクターでしたが、実際に自分の目の前で勝手をされていると苛立ってしまいます。
ここは私が威嚇してでもテオさんをここから遠ざけましょうか。
ですが私が動こうとした瞬間、声を放ったのです。
「―――申し訳ないのですが」
ハルカさんが不快感を顕にしながら、ハッキリとこう言い放ったのです。
「申し訳ないのですが、遠慮いただけません?」




