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本当に悪い人なんていないということです。

 今年も例に漏れず、暑い日が続いています。


 普通なら集中力も散漫になってしまおうものの筈ですが、なんだかんだと名門であるこの学園。校舎の中で授業を受ける学生たちは集中力を切らすまいと必死に講師の声に耳を傾けています。



 やはり根は真面目な子が多いんだろうなぁ。



 開け放たれている教室のドアの隙間から彼ら彼女らのそんな姿を目にし、少しホッコリとする私がいます。



 真面目な姿、いいですよねぇ。




 そんな風に一人考えていると、休憩を告げるベルの音が校舎全体に響いていきます。



 一気にあちらこちらが騒がしくなるのと同時に教室から学生たちが飛び出してきます。



 どうやら今から少し長い休憩の時間のようですね。


 さて、我がご主人様は……よし、いましたよ。



 どうやら数人の学友に話しかけられている様子。こちらを見とめて手を振ってくれますが、どうやら彼らとの話を切り上げる事ができないようです。



 あの助けてくれと言わんばかりの潤んだ目、相変わらずですね。




 ここで以前の私なら助け舟の一つでも出すところなのですが……皆さんお気付きでしょう? 私がぜーったいに助けてなんてあげないって。



 コクリと一旦頷き、彼女の方を見やると少し嬉しそうな表情。ですが私はというとサラリと踵を返してその場を立ち去っていきます。


 後ろから残念そうな声が耳に届いてきますが、そんなことを気にせず私は声の届かないところまで


駆けていきました。



 最近少しおかしい感じなんですよ。少し駆けただけで息も上がるし、どんどんスローペースになってきていて……なんだか嫌な気分です。



 そんな自分の中の変化も感じつつ、私は常々こう思うわけです。



 少しはね、自分でも頑張ってみなさいよ、エルフリーデ。



 そうじゃないと……ね?






 さて、お話は変えましょう。


よく話のネタになるものかもしれませんがこんな問いかけがあるとします。




最近のお気に入りのスポットはどこか?



 そう尋ねられると私は迷わずそこに視線を向けます。



 それは中庭の真ん中くらいにある大きな木の下。


 じりじりと肌に張り付いてくる熱を交わすにはそれが作る木陰が、私の身体には丁度良いのです。



もう何年も前からそこで存在感を顕にしているのであろうその大きな木。


 そこで身体を横たえて吹き抜けていく風を感じているだけ。ただそれだけなのです。



 あぁ、やっぱり何もしないという事は幸せだ。


 自分の器が人のものなら、こんな風には決して思わないだろうけど、こんな些細なことでも、今の私なら幸福に思えてしまうのでしょう。



 しかしですよ、今日はその場に先客がいるのです。




 いや、今日だけじゃないですね。最近毎日のようにやってきては私の特等席を奪っている人がいるのです。



 ホント、トラブルしか運んでこないなぁ、この人は。




「なんでこんなことに……」



 そう独言ながら膝を抱えて蹲っている赤毛の少女。


 喫茶室の騒動で一躍『学園最高のヒール』の汚名を受けてしまったエリカ・フォン・リヒトホーフェンさん、その人なのです。



 なんかいいじゃないですか、『学園最高のヒール』って。あまりに力に溢れたその言葉に、感嘆の声をあげてしまいます。



 この鳴き声にエリカさんも私がやってきたことに気付いたのでしょう。目線だけこちらに向け、じっとこちらを見つめてきます。



 しかし彼女が私に向かって何か語りかけることなんてありません。




 無理もないかな、というのが正直な私の感想。



 私はエルフリーデの飼い犬。そしてエリカさんはなんだかんだでエルフリーデが原因で『ヒール』の汚名をきてしまった。


 そんな憎い相手の飼い犬に話しかけることなんて、面倒だって思うでしょうね。




 何もしない。ここ数日私が出した結論は『何もしない』でした。



 まぁ私個人としては、別にエリカさんのことが嫌いなわけではないですから、私のお気に入りの場所にいることくらいは許してあげますよ。



 それに、しっかり影になる部分を開けておいてくれているところを見るに、根っから悪い人じゃないというのも理解できますからね。



 エリカさんに敬意を表しながら、開けてくださっていたスペースに身体を横たえます。


 うん、やっぱりいいですね。一年中心地よい風が吹き抜けていって、ひりつく暑さなんて忘れさせてくれるこの木陰が私はやっぱり好きなのである。



 心地良さが身体を包んでいくと、やはり次に来るのは睡眠欲。


 ユラユラと、自分の視界が揺蕩っていくのがわかります……あぁ、もう意識を手放しちゃおうかな。



 そう思いながら瞳を閉じて夢の世界の旅行に旅立とうとするのですが、



「私はただ、レオノーラ様のおそばにいたいだけだったのにぃ!」



 はい。お決まりの邪魔が入るわけですよ。



 私の幸福な時間を邪魔するなんて、許せませんねぇ。不機嫌をあらわにしながら、声の主に視線を向けます。


同時に私はいつもと違う彼女の雰囲気に少し驚きを隠せずにいたのです。



 ここ数日間見てきたエリカさんは、私のお気に入りスポットでぼんやりとしているだけで、何かを語ったりすることはありませんでした。



 そんな彼女が突然声をあげたのですから、びっくりしてしまうものですよ。でも残念ながら、何を言いたいのか分かっちゃうんですよね。




「ほんと、あの女……許せないわ! エルフリーデ・カロリングめ!」



 派手な音を立て立ち上がりながら放ったのはやっぱりこの一言。


 そんな大声あげたら校舎の方にいる学生にも、あぁ、やっぱり気付かれていますね。



 少し視線を上げると校舎の窓のあちらこちらからこちらを見下ろしている学生たちの姿が見て取れます。




 この行動はあまりに軽率すぎじゃないですか? いや、もしかすると何かのアピールでこんなことをしているのもしれませんよ。


 喫茶室でのこともありますし、彼女はなかなか侮れない筈。



 思わず固唾を飲んで彼女の言葉を待ちます。ですが先ほどまでの強い言葉はどこに行ったのか、あわあわとした表情を浮かべてこう続けます。




「何よ、文句でもあるの?」



 いやいや、文句じゃなくて! 完全に自分のキャラクター崩れてしまっているじゃないですか? きっちりヒールみたく振る舞ってくれないと困るんですが!



 視線にそんな気持ちをのせて彼女を見つめますがやはり届くこともなく、不思議そうに首をひねるエリカさん。




 これがエルフリーデなら分かってくれるんですけどねぇ。さすがにそれは致し方ないでしょう。



 暑苦しい日差しの元、突然の熱いキャラクターになってしまったヒールなエリカさん。



 もう、トラブルを起こすとかしか思えないんですけど。




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