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刻一刻と、嵐は近付いてきますよ。

 『お茶にでもしないかい?』



 ウェルナー様のその一言をきっかけに、私たちは学生寮の中にある喫茶室に足を運んでいました。



 正直この喫茶室というのはあまり好きになれず、エルフリーデ共々ほとんど利用をしたことのない施設でした。


そもそもそこまで豪華なモノは好きではないエルフリーデ。この喫茶室はそれを絵に書いたような場所なのです。



 食堂と見紛ってしまうほどの広さもそうですが、食器や設置されていると家具、調度品でさえ一目で高価なモノだと分かってしまうほど。




 それだけでも居心地の悪さを感じてしまうのですが、それに拍車をかけている理由がもう一つ。



 そう。それは『貴族が利用する場所と平民が利用する場所と分けている』こと。




 あれだけ実力主義だと言っているくせに、学園側がこのように区別をしてしまうのはどうにも許せるモノではないのです。



 まぁこれは私の勝手な考えの一つですが、エルフリーデも同じように考えてくれていると安心出来るのですが……




 まるで借りてきた猫とはまさにこのことでしょう。居心地の悪さにちょこんと椅子に腰掛けていらっしゃいますよ。


 私はと言えば彼女の腰掛けた椅子の側に寝そべります。謂わゆる定位置というやつにつくわけですよ。こうした方が周囲の様子を伺えますからね。



 前世の言葉で言えば四面楚歌。三人の使用しているテーブル以外はまさに敵地です。



 周囲から注がれている視線が様々にありますが、一番多いのは間違いなく『エルフリーデに対する嫉妬』でしょう。


一介の侯爵令嬢が、王太子とその婚約者である公爵令嬢と一緒にお茶をしているというのはさすがに許容されるモノではないみたいです。



 つまらない事ばっかり考える人たちですねぇ。本当、辟易してしまいますよ。



「ようやく、一息つけましたね」



 そう呟きながら運ばれてきたお茶に口をつけるレオノーラ様。


 視線の先に映るその所作一つ一つさえ優雅に見えてしまう。それに漂ってくる爽やかで上品な香りすら、彼女を彩っているように思えてしまいます。



 レオノーラ様はそう仰っていますが、我がご主人様はリラックスしている様子は全く見受けられません。


 ソワソワと視線を右往左往させながら、どこか居た堪れなさを感じていらっしゃいますね。



 さすがにこれは少し可哀そうかもしれませんよ。それを感じ取ったのか、レオノーラ様からこの一言。



「……殿下、何故ここに?」



 少し刺のある言葉を受け取りながら、ウェルナー様も注がれたお茶を口に運んでいらっしゃいます。



「偶にはいいじゃないか。いつも同じところだと飽きてしまうだろう?」


 確かにその通りです。いつもと同じということはそれだけで退屈に思うものになるかもしれません。しかしいくらなんでもこの状況はエルフリーデにとっては良いものでありません。まさに針の筵とはこのことです。



「ですがこれでは!」


「藪蛇だとでもいうかい?」


「えぇ、これでは彼女が落ち着くこともできません。それに!」


「それに、このような奇異の視線を向けられて……かい?」



 そこまで分かっているのにわざわざここに来たのには何か理由がある。ウェルナー様の言葉の端々から、そんな思わせぶりな感が伝わってきます。



 これは何か大きな仕掛けがあるのでしょうか。


そう思った瞬間でした。


ずっと押し黙っていたエルフリーデがおずおずと声を上げたのは。



「あのぉ」


「どうかしたかい? エルフリーデ」


「わたしは別に、気にしていませんよ? でもお二人が……」



 あらら、こんな時にも人の心配ですか。まぁ無理もないですね。



 そもそもエルフリーデ自体が、このような奇異の視線に晒されている理由に気付いていないことが問題なのですが、どうしても自分に問題があると信じて疑っていません。



 きっと今の自分と一緒にいて、お二人に不利益が生じないかという事ばかり心配しているのです。お人好しにも程があるでしょう。



 さすがにこれには私もため息をつかずにはいられませんよ。



「そんなことない! 貴女が気に病むことなど一つたりとありませんわ!」



 その声にガヤついていた周囲の音が一瞬鎮まり、すぐに喧騒が帰ってきます。


 乱暴に机を叩く音と、レオノーラ様の叫び声が響いたのです。普段の彼女らしからぬ、怒りを顕にしていらっしゃいます。



「レオノーラ様……」


 エルフリーデもこの様子には唖然とし言葉を失ってしまっています。雰囲気はあまり良くありません。ガヤガヤと話を再開した周囲の人たちも何食わぬ顔をしてらっしゃいますが、心の中では戦々恐々としているのが私には良くわかりました。そんな中、唯一冷静にウェルナー様が言います。



「それには私もレオノーラに同意するよ。エルフリーデ、君に何も落ち度はないさ」



 レオノーラ様の声にウェルナー様は驚くことはありません。



「あるとすれば……」



 その呟きにハッとしながら咳払いを一つ。気持ちを改めつつウェルナー様の言葉を付け足して行きます。


「あるとすれば、私たちに責任があるでしょうね」



 少し寂しそうに、これまでの事を詫びるようにそう呟き、視線を下に移すレオノラー様。ですがそんな悲哀に満ちた表情も次の瞬間には驚きのものに変わります。



「責任だなんて! お二人は何も悪いことしていないじゃないですか!」



 再び静まり返る周囲。先ほどのようにすぐに喧騒は戻ってくることはなく、エルフリーデの言葉に聞き耳を立てているようです。


 おそらくボロを出す事を期待しているのでしょう、クスクスと卑しい笑い声さえ聞こえてきます。



 こんな人たちが貴族だなんて……この時に私の頭の中を占めていたのはそんな嫌な感情。思わず唸り声を上げながら周囲を睨みつけてしまいます。



「いや、何もしていないことも十分罪となるのさ」



 間髪入れずに、ウェルナー様は終始冷静なままキッパリと言います。


 ウェルナー様の一言に私も冷静になることができ、再び身体を伏せ、周囲の音に耳を傾けます。



 うむ、やはり王太子様の一言に周りに人も感じるところがあったのでしょうか。


 ヒソヒソと聞こえてくるのは、ウェルナー様の言葉に賛同するものも多い。ですがやはり多いのはエルフリーデに対する批判の言葉でしょう。




 しかしそれすら理解しているのか、周囲をグルリと見回した後、ニコリと笑顔を浮かべウェルナー様は言います。



「だからあえて、ここで宣言をしておこうと思ってね」



 宣言? なんのことでしょうか。言葉が断片的になりすぎていてうまく理解できませんよ。



「……なるほど。さすが殿下ですわ」



 わ、分かるんですか? まぁ話を総合していけば分からないことはないですけど……でも我がご主人様は分かっていない様子。


 そんな彼女を置いて、お二人の会話は進んでいきます。



「君ほどではないさ。ただエルフリーデのことになると、視野が狭まるのは少しどうにかしたほうがいいよ」


「ご忠告痛み入ります」



 まぁそのきらいはありますね。冷静なのに激情家。その二律背反の性質を持っているのがレオノーラ様の魅力の一つでありますからね。




 すると座席を立つ音に続いてウェルナー様が言います。



「だがさすがに少し準備が必要だからね。レオノーラ、少しついてきてくれるかい?」



 ん? 着いてきてって……



「かしこまりました。お供いたします。エルフリーデさんは少しこちらでお待ちになっていてください」



 いやいや、ここで待っていてって!



「えっと、え? わかりました……」



 そこで了承するんですか! 貴女今の状況、分かっています?


 ちょっと。ウェルナー様! レオノーラ様! お一人くらい残ってくださいよ。



 そんな私の気持ちは届かず、お二人はその場から離れていってしまわれます。


卑怯ですよ……去っていく姿すら優雅なのは卑怯ですよ!




「……」



 ってそんな場合じゃない! この針の筵状態をどうにかしないといけないのだ!



 まずは冷静に周囲の状況を理解しないと




「本当に、なんで貴女みたいな人が殿下達のお気に入りなのかしら!」




 はい、先手を取られちゃいましたよ。



 そうなってくると……この後の状況も容易に想像できますよね。

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