無自覚は時として凶器になるのです。
「それに……すごく視線を感じるんだよ。なんだか、堅苦しいなぁ」
それはご自身の生い立ちと、今日のことを省みてみれば分かるはずなのですが……あぁとにかく今は暖かくしたお部屋が恋しい。
そう思いつつ宙を眺めていると、木の擦れる音が私とエルフリーデの間に割って入ってきます。
舞踏室から誰かが出てきたのでしょうか。ヒールが床を打つ音も同時に響いてきます。
こう思うのは私だけなのかもしれませんが、足音というのはその人の特徴を著しているように思うのです。
コツコツコツ、規則的で乱れのない音。
こういう足音の人は芯のしっかりとした、真っ直ぐな性格の人。
なんとも小気味よいとは思うのですが、少しばかり迫力も感じますね。
私たちの関係者でこういう音を響かせる人は二人なのですが、
「全く……こんなところで何をしているのです」
この声色を響かせるのはあの人でしょう。
「あ、アーレンベルク様」
エルフリーデも声を聞いただけで、誰が側に来ているのか分かったのでしょう。振り返るよりも先エルフリーデは頭を下げながら、彼女の名前を呼びます。
舞踏室から離れれば、彼女を照らすのは月明かりだけ。
まるで彼女だけを照らすスポットライトのように彼女の、レオノーラ様の存在をあらわにしていました。
息を飲むとはまさにこのことでしょう。
煌びやかに光を受ける銀の長い髪が、切れ長の瞳が、彼女を構成する全てが私たちを惹きつけてくるのです。
しかしどういうことでしょうか。何か違和感を覚えますよ。
……そうですよ、名前ですよ! 何故レオノーラ様のことを名前で呼ばないんでしょうか。
あれだけお願いされていたはずなのに……あぁ、なるほど。そういうことですか。
舞踏室の中から向けられている視線に気付いた瞬間、エルフリーデの行動に得心がいきました。
いくら鈍感だと言っても、この視線の意味には気付きますよ。
舞踏室の中から向けられていたのは奇異、嫉妬を始めとしたおおよそ良いとは言えない感情ばかり。
たかが侯爵の娘が、公爵家のご令嬢と仲良くしているなんて、他の人からみれば納得も出来ないのでしょうね。
エルフリーデもさすがに彼ら彼女らから向けられる感情に萎縮してしまったのでしょう。だから辿々しい態度をとってしまっているのでしょう。
本当に、そういうしょうもないのは嫌いです。
誰が何を思おうと勝手ですけど、こんな風に態度や言葉にされてしまうと非常に不快に感じますよ。エルフリーデももう少し、堂々として欲しいものです。
ちょっとイラついてきてしまいましたよ。
ムクリと身体を起こし、舞踏室の中を睨み付けていたのですが、不意に私の耳に「くだらない人たち……」と声が聞こえます。
レオノーラ様も私と同じように考えてくれていたのでしょう。視線を上げると彼女も執務室に視線を向けてため息をついていらっしゃいます。
つまらなさそうに彼ら彼女らを一瞥した後、エルフリーデに視線を戻します。
「……」
しかし向けた視線は寂しさと憤りを絡んでいるように感じます。
なんでしょうか……うん、やはり少し怒っていらっしゃる様子ですね。
そりゃちゃんと約束を守っていないですからねぇ。こんな表情向けられるのも仕方がないですよ。
「いえ、でも……周囲の目もありますし」
「私が良いと言っているのです。周囲など気にする必要はないでしょう」
「ですが……」
「言いたい人には言わせておけば良いのです。これは私と貴女の問題ですわ」
キッパリとそう言い切ったレオノーラ様の凛々しいことと言ったら、胸が空く思いですね。爽快感すらありますよ。
その勢いにエルフリーデも圧倒されてしまった様子です。
「レ、レオノーラ様……」
言葉を詰まらせながら呟いたエルフリーデ。名前を呼ばれた途端にレオノーラ様は年相応の微笑みを浮かべていらっしゃいます。
なんというか、すごくむず痒いですね……というかレオノーラ様ちょろすぎません?
まぁ私としても甘々しい空気もご馳走になりますので役得ということにしておきましょうか。
「ところでどうしたましたの? 一人でこんなところで」
咳払いを一つ、改めてこちらの様子を伺う彼女に、首を横に振りながらエルフリーデは私の方にかがみ込んできます。
「一人じゃありませんよ。
「あぁ、そうでしたのね。ご機嫌よう」
この子とお話をしていたのですよ」
エルフリーデは私にちゃんと視線を合わせてくれるところを考えると、本当に会話をしているつもりになっているのでしょうか。
あまり度が過ぎると周りから惹かれてしまうと思うのですが、側にいらっしゃるレオノーラ様は気にされてはいないようです。
まぁちゃんと個人として認められているということは非常に嬉しいことではありますが。
「相変わらず利発ですわね」
「えへへ、そうですか」
えへへ。嬉しいじゃないですか、ってそれは私のセリフですよ! 私の貴重なモノローグを取らないでもらいたいんですけど!
でも考えていることが被るって結構嬉しいじゃないですか。しかもそれが私を褒められたからというところもポイント高いですし。
でも絶対喜んでなんてあげませんよ! ここで嬉しそうな鳴き声をあげようものなら、毎回この調子になってしまって収拾がつきませんから。
「あ、貴女のことを褒めたわけではないですのに!」
そしてレオノーラ様のこの反応。
エルフリーデの仕草にいちいちドギマギしているというのが手に取るようにわかってしまいますよ。
「いえいえ。この子はわたしの家族ですから。褒められれば嬉しいものですよ」
素直すぎるの考えものですよ。
本当に、嬉しくなってしまうじゃないですか。




