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嫌な奴と思われますが、修羅場って見てる側は楽しいのです。

 見上げれば広がる空は青々と眩しく、流れる白は様々に形を変えていく。


 身体を通り過ぎていく風の心地よさに思わず船を漕ぎながら、ただぼんやりと日々を過ごす。


『神、空に しろしめし……すべて世は事もなし』



 確か前世の世界で、そんな詩をうたわれた方がいたなぁと頭の片隅で思いながらも、ただこの微睡に身を委ねてしまおう。



 あぁ、本当……何事もないって、最高ですね。



 目の前の白い椅子に腰掛けるエルフリーデも、今日は一日習い事もない日ですのでゆったりとお茶をたのしんでいたのですが、何やら先ほどからソワソワとしている様子。


 眠たいのになぁ。そんな風にしていると気にするなという方が、無理があるでしょう。


 まぁ、理由は分かっているのですが。



「……な、何か面白いことでもあったんですか?」


 緊張した声色を発するエルフリーデ。

 そうですね、目の前にいる人の様子を見ればそうなっちゃうのも無理ないと思います。


「いいえ、特には」

「なんだかすっごく笑顔だなぁって」

「えぇ、そうですね。今日も可愛らしい方にお会い出来たもので」


 すんごい笑顔、もうこれが主人公の笑顔よ! と言わんばかりの燦々とした表情を浮かべていらっしゃる。

 言わずもがな、目の前にいらっしゃるのは我らが主人公、『ハルカ・グライナー』さん。


 何も習い事がない日と言う事で、元々ハルカさんとお茶をご一緒すると約束をしていたのですが、今回初めて彼女をカリロングのお屋敷に招くという事になったのです。


「ねぇ、ハルカさん良い事でもあったのかな?」


 そりゃねぇ。気になる子のご自宅に招かれたのですから、喜ばない子はいませんよ。

 ですがここまで露骨な態度をしているのに、エルフリーデは何も感じいるところはないのでしょうか?


なんだかここまで鈍感だと私の嫌いなタイプのキャラクターになってしまうので、程よいところで止めないといけませんね。


 ……おっと、いけない。これは余計な事なので忘れてください。



 まぁ今日は自分で頑張ってください。

 私はこの素晴らしい陽気に抱かれて惰眠を貪りたいのです。



 と、そんな事を考えていたのですが、


「―――ところで、エルフリーデ様?」


 ニコニコとしていたハルカさんが何かを尋ねようとしていますね。

 いつも通り、遠回しに色々植えつけていこうとしているんでしょう。


まぁ止めませんよ、『おかしなこと』をしない限りはね。


 あぁ、まだぼんやりしていますね。今日はもう閉店ガラガラですよ。


「本日はルートヴィヒ様や他のご友人はいらっしゃらないんですね?」

「―――! え、えぇ! 皆さんお忙しいみたいですね」

「そう、ですか……」


 閉店ガラガラの私の意識を無理やり叩き起こさんとばかりの、我がご主人様の声。

 もぉ、もう少しお淑やかにして欲しいんですけど。……まぁびっくりするのも無理ありませんか。

 なんでしょう、ハルカさんが説明不足なせいもあるのかもしれませんが、エルフリーデの表情がニヨニヨとしていますよ。


 エルフリーデさん、多分ハルカさんの言葉の意味は『今日は“邪魔する”人が来ないんですね?』ていう意味じゃないんですかね?


「ねぇ! これってさ!」


 ……うん、すんごいニンマリとした表情。完全に勘違いしちゃったみたいですよ。

 こうなっちゃうと気が済むまでやらないと気が済まないのがエルフリーデなのです……が、すぐ終わるはずなのでこのまま放置しましょうか。


「も、もし良ければ、連絡を取りましょうか?」


 ハルカさんの様子を伺いながら、牽制をいれるエルフリーでなのですが、


「いえ、結構ですわ。特に用件もございませんし」

「あ、そうですか……」


 結局この一言で終了となるわけです。正直ハルカさんはルートヴィヒ様のことなんて、特に何も思っていらっしゃらないはずですから、当然こんな反応なわけですよ。


「あれぇ? なんでだろう」


 気づかぬは本人ばかりなり。いや、むしろエルフリーデ自身がそういうものを感じとるアンテナが低いのかもしれません。


 まぁこうゆうすれ違いや勘違いがあるから、端から見ているこちらとしては面白いんでしけど。



 私の子犬らしからぬニヤリと歪んだ表情に首を傾げながら、私を膝にのせて背を撫でるエルフリーデ。


 ちょうど良い優しい手つき。もう私のツボをちゃんと理解してくれているみたいです。


 おっと……もう、寝ちゃおうかな。




「しかしこのお庭、素晴らしいですね」




この声が再び私の平穏を打ち破るのです。



 だってほら、“ここ”を褒めちゃうと、暴れちゃいますよ。

 うちのご主人様が。



「ですよね!」

 椅子から立ち上がり、目にも止まらぬ速さでハルカさんに近付き、浮かべるのは溌剌といた笑顔。


伊達にトレーニングを欠かしていないだけに、こうゆう時の機敏さは目を見張るものがあるんですよね。


膝の上で微睡かけていた言葉と一緒にきつく抱きしめられる感覚で、私の目も冴え冴えになってしまう。


 仕方がないことではありますが、もう少し私のことも考えて欲しいです。



「ちょ! ちか」


 そりゃびっくりもしますよね。こんな風にテンションの上がったエルフリーデを、ハルカさんは見たことなかったはずなのです。

不意の行動に顔を真っ赤にされていますがその理由も気付かぬまま、我がご主人様はつらつらと話を始めます。


「このお庭はこのお屋敷の中でも一番気に入っている場所なんです。おじいさまからが設計に関わってらっしゃって、色々なところに拘っているというところも素晴らしいところなんですが、何よりもお屋敷の皆さんがいつも手入れしてくださっているんです」


「そ、そうなんですね」


「そうやって皆さんが日々気にかけてくださっているから、こうやって綺麗さが維持できているんです。本当に、皆さんに感謝しても仕切れないくらいです!」


 自分も手伝いをするが、なかなかみんなの役に立てないのだと付け加えるエルフリーデ。

 普段引っ込み思案なくせにこんなギャップを見せるのは、結構卑怯だなぁと思うのは私だけ、ではないみたいですね。


 うっとりとエルフリーデを見つめる彼女も同じことを思っているようで。


「……えぇ。本当に、素晴らしいです」


 言葉と視線に熱が篭っているのに気付いているのは、まぁ今は私だけですか。



 しかしこれはもう、完全に確定かもしれませんねぇ、グヘヘ。



 話終える頃には肩で息をするエルフリーデに、計算もなく心の底からそう思っているのだろうなということが伝わってきます。



私だって同じことを思っていますし、感謝もしているのです。

このお庭は家令の方達も皆さんが力を惜しみなく使って手入れをしてくださっています。


私は話し終えて少し疲れているエルフリーデの腕の中から飛び出し、無造作に身体を投げ出します。


チクチクと心地良く芝の感触が肌に伝わってくるくらい。それ以外に心地よさを阻害するものは何もないくらい。


 本当に、素晴らしいことこの上ないですね。


 あぁ、また……眠気が。



「だからね、ハルカさんも遠慮なくここに来てくださいね! あ……無理にとは言いませんが」

「いえ、そんなことありませんよ。エルフリーデ様が呼んでくだされば、いつでも馳せ参じる所存でございます」

「そ、そんな畏まらなくてもぉ」

「いえ、こればかりはきちんと線引きをしておかなくては」

「気にする必要ありませんのに……」


 うんうん、そうやって少しずつ距離を詰めていってください。


 あとはゆっくり、お二人の話し声をBGMに惰眠を貪ることにしますよ。



「―――貴女はまだそんなことをおっしゃっているんですか!」


 ってこんなんばっかりかい、今日は!

 もう私も我慢の限界ですよ。思わず威嚇を孕んだ唸り声を上げながら、突然響いた声の方を向こうと顔をあげたのですが……



 いや、本当に恐怖を感じた時って視線があった瞬間からスローモーションなるというか、自分の頭が理解しないようにブレーキをかけようとしているというか……



 いや、すんごいびっくりしましたよ! いきなり自分たちの背後に現れた麗しき公爵令嬢、レオノーラ様のその姿に。



「……あ、あれぇ? 今日はいらっしゃらないのでは?」


 私が感じた緊張と同じものをエルフリーデも感じているのでしょう。緊張した面持ちで問いかけていらっしゃいます。


「たまにこのように抜き打ちをしないと、貴女は貴族然とした行動を意識しないでしょう?」

「そ、そんなことはぁ」


 エルフリーデの反応に、少し笑顔を浮かべるレオノーラ様。

 よかった、いつもと同じ反応です……これなら問題なさそうですね。




 と、安易に考えた自分を叩いてやりたい!




 レオノーラ様の視線が動くと同時に、一気に温度が氷点下に下がるように感じます。


「しかし……」


 その視線と同じくらいに冷たい言葉が、明確に一人に突き刺さるように放たれます。


 感じたのは明確な敵意とでもいうのでしょうか。こんなレオノーラ様を私は見たことがありません。



 その視線を送られていた方は、いつの間に立ち上がっていたのでしょうか。


 既に佇まいを正し、深く頭を下げていらっしゃいます。

 そして一言、よく通る声が響きます。


「―――下賤の身ではございますが、名乗りますことをお許しいただけますでしょうか」


「……えぇ、よくってよ」


「身に余る光栄でございます」


 頭を上げ、レオノーラ様を正面から見据えるハルカさん。

 顔色はいつもと変わりなく堂々とされており、レオノーラ様にも引けは取っていません。


 やはり商家で厳しく育てられているが故のこの余裕なのでしょう。こればかりは私も感嘆の息が溢れてしまいます。



「……」


 対するはレオノーラ・フォン・アーレンベルク様。

 もう既に品定めを始めているのか、沈黙したままハルカさんを威嚇するように睨み付けています。


 ですがそれもどこ吹く風と言わんばかりに、再び頭を垂れるハルカさん。


「ハルカ・グライナーと申します。グライナー商会を取り仕切っておりますケント・グライナーの一人娘にございます。商人と言う卑しい身分ではございますが、ご挨拶できて光栄でございます、アーレンベルク様」



 この威風堂々とした姿にはレオノーラ様も何かを感じたのでしょか。

 普段であればもっと長い時間睨み付けているはずなのですが、溜息まじりにハルカさんに声をかけます。


「……お兄様に聞いた通り、強かなお方みたいですね」


「勿体ない御言葉、恐縮でございます」


「でもね、認めませんわよ」


「……と、言うと?」


 あぁ、これは……ちょっとまずいですよ。


「はっきり申し上げます。私は貴女をエルフリーデさんの友人とは認めませんわ!」


 なんでしょう、すごく既視感を覚えます。こんなシーン、アニメ本編で見たことがあるような気がするんですよね。


 まぁもっと色っぽいシーンであったということは言うまでもないでしょうが。



しかしアニメと共通しているのは一つ。


 レオノーラ様が、ハルカさんを『宿敵』と認めたと言うことでしょう。




 ……今日の最初の平穏はどこにいったのか。


世は事もなし、とは一体なんだったのか。あぁ、平和な日は訪れる事はないのかなぁ。


 そんな風に辟易してしまうかもしれませんが、私の目的を達するためにはこれって……なかなか良いきっかけになるかもしれません。


 さて、休憩も終わりです。


 張り切って、3人の間を掻き回してやろうじゃないですか!






「彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 その3

            

            主人公とライバル令嬢(候補)は早めに遭遇させておく」








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