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なんだか自分が無力です。

 トーマスさんとの一悶着から数分、ハルカさんが彼を何処かに連れて行ってしまいました。


 詰まるところ、今ハルカさんの執務室にいるのは、二人と一匹。

 私とエルフリーデ、そしてルートヴィヒ様なわけなのですが、私の言いたいことは一つだけなのです。



 き、気まずい……! 尋常じゃないくらいに気まずいですよ。


 先ほどの一件のせいでエルフリーデは抱きしめたまま取り乱したままになっているし、私は固く抱きしめられて動けないし。

それに何よりルートヴィヒ様ですよ! なんで喋らないんですかね? これって喋ろうとしない本人は楽なんですよ、取り乱している方は何か言ってもらった方が楽になるものなんですが。


 少し無遠慮でも必死に場を良くしようとするレオノーラ様とは少し違うところかもしれませんね。そう思っていたのですが、私ちょっと見誤っていたかもしれません。


 私を強く抱きしめたままのエルフリーデに近づき、私の頭に手を伸ばします。


「幸いに、どこにも目立つ傷はないようだが」


 私は喉の辺りを掴まれましたが特に外傷はなく、ただトーマスさんに叩かれてしまったエルフリーデの頬が少し赤くなっている状況でした。


「君の方は……目に見える傷になりそうだ」

「良かったです、この子が無事で」


 流石にこの言葉には驚きを隠せません。ルートヴィヒ様の彼女の言葉に目を丸く見開いて驚いているじゃないですか。

 彼の意図していたのは、『自分は平気だ』とか『痛いです』とか、そうゆう言葉だったに違いないでしょう。それらをほったらかしにして私のことを、ただのペットを心配するような発言、流石に予想はしていませんでした。


 しかしさすがは騎士にも任せられた方といったところでしょうか。ルートヴィヒ様の表情に驚きの色が混じったのは数瞬のこと。

冷静な表情に戻られた彼は、今日お会いした時と同じ少し冷たい視線をこちらに向けられます。


「レオノーラと共にいた時とはあまりに違う。違う人間のようだ」

「それは、わたしあまり人とはお話しするのになれていなくて……」

 確かにそこはこの子のあまり良くないところの一つです。

慣れた人や元々アニメの登場人物であれば気楽に接することが出来るのですが、初めて会う人には尻込みしてしまってまともに話をすることが出来ないのです。

 いつも尻込みしてしまう度にどうにかしてあげないといけないと、ちょっと吠えたりしてダメだよと警告をするのですが、いつもアハハと笑うだけで終わってしまう。


 それではいつまで経ってもダメなのに。


「しかし、それで君の大事なモノを傷つけては意味がないだろう」

「……何も言えません、ね」

 申し訳なさそうに俯くエルフリーデの口から溢れたのはその一言だけ。私も同じ気持ちですよ。私だって何もできなかったんですから。


「レオノーラ……何故このような娘のことを」

「……」

 それこそ本当に何も言えませんよ、でもエルフリーデを馬鹿にされることだけは我慢なりません。しかし私の苛立ちを知ってかしらずか、私の身体を優しく抱きしめるエルフリーデの瞳は先ほどまでの弱気な色はありません。


「―――えっと」

「どうかしたのか?」

「いえ、ご指摘ありがとう、ございました」

「ただの小言のつもりだから気にする必要はないさ……」


 そう言いつつ苦笑する彼の視線はやはり冷たいものでした。ですがその冷たい視線に臆することもなく、我がご主人様は正面から相対しています。

一瞬、私の耳にほぉと感心したようなため息が聞こえてきます。これにはルートヴィヒ様も感じいるものがあったのでしょう。しかしルートヴィヒ様は弱めかけた追求の手を一気に強めてきました。


「だが貴族にあるまじき気弱な態度では、ウェルナー殿下やレオノーラの友人としては認められないな」

「確かに!」

「……」

「確かにわたしはこんなですけど、でも頑張り……いえ、胸を張っていられるように努力します!」

「……」


 正直、びっくりしてしまいました。エルフリーデがルートヴィヒ様に、ほとんど話したこともない男性とこうやって話せていることに。この短い間でもエルフリーデは成長しているのだ。いつまでも子供じゃないってことですよね。

 そんな風に感じていると、愉快そうな笑い声が響いてきます。


「しかしなるほど。レオノーラが君を気に入っている理由が少し理解できた気がする。人に素直に礼を言えるところは、美徳ではあるな」

「あ、ありがとうございましゅ!」


 あらら、結構カッコ良かったんですけどね。最後の最後で抜けちゃっている子なんですから。でもさすがは頼もしい我がご主人様です。自分のことのように嬉しいではありませんか。


 エルフリーデの腕の中で誇らしくもニヤけ顔をしていると、このタイミングでルートヴィヒ様と目が合います。


「そうか、君もそう思うか?」


 それは……もしかしてルートヴィヒ様も?


「……良いだろう、認めよう」

「っ! ありがとうございます!」


 なんだか最後の最後にレオノーラ様と同じような反応って。でも私と考えていたことと同じことを思っていてくださったとは。ようやくエルフリーデの魅力が周囲に伝わってきたのかもしれませんね。


「ただ……君にとってはこれからが非常に大変になるのだから、楽しみに見させてもらおう」


 と言うような具合で、絶対にエルフリーデの楽な方には進まないと言うのも、まぁご都合主義なのかもしれませんけど、彼女の成長を感じられたので私は何も言いません。


 可能な限り、彼女に協力することを改めて誓うのでした。






でもなんでしょう、これで終わらせちゃダメな気がしますよ。……あぁ! そう言えば終わらせないといけない問題が一つ残っていますね。正直忘れていたと言うのは内緒にしてください。


「あの、カロリング様……」


 背後から聞こえてくる少年の疲れ果てた声に、自然と視線がそちらに向かいます。

 そこにはハルカさんと、少し頬を腫らした少年が立っていました。


「あ、あなたさっきの」

「お嬢の、いえ……グライナー商会で奉公をさせていただいているトーマスと言います」


 なるほど、だからハルカさんのことを『お嬢』と言っていたんですね。もうハルカさんには何度も会いに来ているのですが、トーマスさんに会ったのは今回が初めてです。

まぁ今回のようなことが起こるかもとハルカさんが想定していれば、どうにか会わないように取り計らってくれていたのは想像に難くありませんね。


「そ、そうなのですね。初めまして」

「さっきは、さっきは本当にすいませんでした!」

「べ、別にわたしに謝らなくてもいいですよ!」


 先ほどのこともあって少しビクついているエルフリーデに、深々と頭を下げるトーマスさん。ですが、それをとって返すような返答にその場にいた全員が驚きの表情を浮かべてしまいます。


 これはさすがに……そのまま受け入れてくれればマルッとおさまるのに!


「あ? 何いってんだ、このおバ……いえ! どういったことでしょうか?」


 トーマスさんの気持ちわかるなぁ。私だっておバカさんって言いたくなりますもん。基本的にエルフリーデは言葉足らずで行き当たりばったりなのです。もう少し説明してあげないと理解できるものもできませんよ。

というか、トーマスさんの背後にいらっしゃるハルカさん、殺気出しすぎですよ。見なくても怒っているってわかっちゃいます。


「わたしは少し頬が赤くなったくらいなんでいいんですよ」

「お嬢、これまずくないか? 謝らなくて良いってことはさ……俺、貴族様にやられちゃうよ!」


 まぁ普通はそう考えますよね。ついカッとなって貴族の子女を叩いてしまったんですから、不敬罪で絞首台……あぁ想像したくないですね。しかしやっぱり説明がたりませんよ、エルフリーデ。


「ち、違います! 謝るのであればこの子に……」


 私を抱き上げるエルフリーデの言葉はどこか慈しみ深く感じます。しかし何故私に謝罪をするようにだなんていうのでしょうか。それこそお門違いじゃないでしょうか。


「はぁ? なんで犬なん……すいません! 本当にすいません!」

 トーマスさんが皮肉を言いかけますが、やはり背後からのハルカさんの怒気にやられてしまい、またまた誰にかわからない謝罪を口にします。


まぁここで私の意見を言わせてもらいますと、トーマスさんの考えは十二分に理解できるのです。

こんな言い方はしたくないですが、私は所詮ただの子犬です。そして私が彼を挑発しなければ掴み上げられることもなかったはずです。

彼にとっては不可抗力。しかしエルフリーデにあんな態度をとった事だけは許せませんでした。


 だから気持ちは分かりますが、納得はしてやりません。えぇ、生意気と言われようがこればかりは譲りませんよ。



 ずっと取り乱してばかりのトーマスさんに痺れを切らし、彼に色々耳打ちしているハルカさん。これは少しかかってしまいそうです。まぁ落ち着くにはいいかもしれませんが。


 ですがまだまだゆっくりはできないようで……


「エルフリーデ嬢、質問しても良いだろうか?」


 ずっと黙っていたルートヴィヒ様の突然の問いに首を傾げるエルフリーデ。


「貴族としての振る舞うのであれば、きちんとケジメは付けるべきだ。それをまさか自分を差し置いて、自分のペットに謝るようにとはどういった理由なんだ?」

 ルートヴィヒ様の言葉に不思議そうに、再び首を傾げる彼女の感覚は絶対に貴族の方には理解されません。


そして納得のいかない表情をしたまま、彼女はやはり理解されない言葉を口にします。


「……? だって今回一番辛い目にあったのはこの子ですよ?」

「だからそれは分かっているが……貴族ならば!」

「ルートヴィヒ様!」

 噛み合わない会話に声を荒げそうになるルートヴィヒ様にピシャリと投げつけられるハルカさんの声。よく通る声、さすがのルートヴィヒ様もその声に冷静さを取り戻せたようですが、やはりエルフリーデの言葉には納得できていない様子。


「……何故止めるのですか、グライナーさん」

「エルフリーデ様は、そういうお方なのですよ」

「それは・・・・・・なるほど。だからレオノーラも」


 えぇ! それで納得しちゃうんですか……いや、分からなくもないですね。


「それが分かればこの方の事が気になって仕方がないでしょう?」

「確かに。心配で仕方がないという意味だがね」


 なんだかお二人とも納得されたようですが、本当にこれでいいんでしょうか。

 当の本人は理解できていないようです。普段のエルフリーデなら「何がですかぁ」なんて嘆いているところですが、今日はそんな素振りも見せてはくれません。


 改めてトーマスさんの前に踏み出し、私を彼に差し出しながら

「えっと、とりあえず……トーマスさん? この子に謝ってもらえますか?」

 と、笑顔で一言。

「は、はい!」

 この笑顔にさすがにトーマスさんも観念したのでしょう、畏まりながらのお返事は、年相応の子供の素直なものでした。

しかしエルフリーデ、どこまでもお人好し……じゃないですね、私のことを考えてくれている彼女に、今日のところは感謝しかありません。


「あ、えぇ。まぁなんだ……本当にごめんな」

ん、全く問題ありませんよ。これくらいの方が重くなくて良いです。ハルカさんは小言を仰っていますが、わたしが良いのですから良いじゃないですか。


 私の声を聞いて納得してくださったのか、ハルカさんはあっさりと小言をおやめになります。



 しかし本格的に私の知らない物語が展開され始めていますね。

 今回エルフリーデのところにやってきたのがルートヴィヒさんだったから良かったものの、これが本当に貴族然とした人だったらどうなっていたことか。


 ……ダメですね、こんなこと考えていてはフラグになってしまうじゃないですか。


 まぁもしそんなことになったら、その時はエルフリーデに頑張ってもらうしかないでしょう。


 今日のことでよく分かりましたが、どうしたって私は子犬なのです。



 たかが子犬にできることなんて、結局そんなにないわけですから。




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