幕間です。ご主人様、放置中ですね。
長い沈黙が続きます。銀髪の御仁はハルカさんが挨拶をされてからずっと、彼女を見据えて視線を外しません。
先ほどからずっとこんな調子が続いているのですが、お二人ともすごい体力ですよね。緊張状態が続くのは全然良くないのです。
「……」
「身の余る光栄ではあるのですが、エルフリーデ様はこんな私を友人と仰ってくださっています」
「……」
「……なるほど」
なんの得心したのでしょうか。銀髪の御仁を見据えて何度か頷いた後、声の調子を整えるように咳払い一つしてから改めて彼を見据えます。
「これは独り言になるのですが……」
何か秘策でもあるのでしょうか。瞳から伺え知れるのは、彼に対する怪訝さではなく見抜いたと言わんばかりのものでした。
やだ、なんだか本当にヒーロー然としてらっしゃるじゃないですか。
「貴方様もご存知だとは思いますが、現在この国を……いえ、この大陸を統べる王家の家紋は『尾が剣となった龍が、雄々しく飛び立つ様』を描いたもの。その家紋を身に付けられるのは、王族の親類縁者のみ……ですわよね?」
そうです。ここでこの国、『ランストーリア王国』のことについて触れなくはいけません。
この国は元々大陸にある四つの国家が統合されて出来上がったものなのです。ランストーリア王国の初代国王は武によって大陸全土を統治し、次代の国王が知によって平穏をもたらしました。
またこの国前身となる国家は大陸の東側にあり、東方を守護し、戦いの神と考えられている龍が家紋となっています。
つまり、下克上でのし上って優秀な人が土台を作った国ということですね。
その経験則があるからこそ、この国は基本的では『自らの適性を判断せよ・知と技を身につけよ』という考えが国家活動の原理原則となっています。
詰まるところ、自分のことは自分で考えて、かつ努力しなさい! というものなのです。特徴的なのがどんな身分であっても、適正試験を合格すれば希望の職業の徒弟になることを許されるのです。
さすがに王族にはなれませんが、王になる方は何人かのもう世継ぎを作ることを強要され、選りすぐりの方を時代の王に指名することになっているんですが。
まぁなんにせよ自分の適性を知り、そこから食べていけるかはその本人次第ということで、なかなかの実力社会が形成されているわけです。
エルフリーデも貴族という身分に胡座をかいているわけにはいきませんね。
では二人の会話にお話の焦点を戻しましょう。
「……ッ」
「……あら、当たり前のことなのに、独り言のつもりが貴方に尋ねてしまいましたわ」
少し意地悪く目尻を下げながらハルカさんは笑います。
決していやらしくはなく、ただ事実だけを口にするようなそんな雰囲気。まるで銀髪の御仁がどう反応を試すような仕草。
さすがは商家の娘さんとでもいうのでしょうか、人の表情の変化を観察するのは得意のようです。
「ですが唯一、例外がある……ですよね?」
ピクリと、銀髪の御仁の眉根が吊り上がるのと同時に、悔しそうな表情がにじみ出てきます。
「この国に騎士の中でも最たるもの。適性と武勲を認められた近衛騎士団のみに授けられるはずです」
そう。王家の家紋を身につけることが許されるのは、王族と近衛騎士団のみ。むしろ与えられれば『身に付けることを』義務としなければいけません。
そして彼の方に鈍く光を受ける龍の家紋はまさに……
「私たちより少し年上の方で確か……その名誉に預かられた方がいらっしゃったはず」
これはチェックメイトというやつでしょうか。口にしないなら喋らざるを得なくすればいいということでしょうか。ハルカさん、なかなかの策士ではありませんか。
自分のことのように得意げに思っていると、正面から聞こえてくる噛み殺した笑い声。視線を上げると銀髪の御仁は愉快そうに笑っていたのです。
これまでは怒り顔と怪訝そうな表情しか見ていなかっただけに、このギャプにはびっくりしてしまいました。
「なるほど、存外に博識なのですね。ただの街娘はそんなことに興味はないはずだ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
「彼女の心配も不要であったと言うことでしょうか……いや、まだ分かりませんが」
でも自分はただの街娘だとクスクスと笑いながら続けます。
いえ、この子はヒロインです。今は誰よりもヒーローされていますが。
前にも言ったように思うのですが、基本的にアニメの中でもハルカさんが攻略対象の皆さんに惚れてしまうと言った描写は全くと言っていいほどありません。
それどころか、逆にその男前さで攻略対象たちを惹きつけていたのが、このハルカ・グライナーという人物なのです。まぁ出来過ぎな感もありますが、ここまで突き抜けてくれていれば面白いですよね。
しかし銀髪の御仁が最後に仰った『彼女』というのはやはり……
「私はルートヴィヒと申します」
「ルートヴィヒ様・……やはり先日騎士に任ぜられたアーレンベルク公爵家のご長男ではございませんか? これは失礼な態度を申し訳ございません」
なんと! レオノーラ様の関係屋だとは思っていましたが、まさかお兄様だったとは。そこまでは予想していなかったので驚きではありますが……いや、別に驚きはないかなぁ。
よくよく思い返してみれば、会ったばかりのレオノーラ様と同じような反応をずっとしていたように思います。レオノーラ様の場合は、アニメでもその性格を知っていただけに違和感なく受け入れることができたからこそ、エルフリーデもいつもの調子でいられたのですから。
一瞬短い鳴き声を上げてしまいましたが、とっさに頭を撫でてくださったハルカさんのおかげで茫然自失にならずに済んだ私。
そんな私の様子を見ながら銀髪の御仁、ルートヴィヒ様は話を始めます。
「かまいません。騎士と認められたその瞬間に公爵家との関係はないものと考えています。私には妹も弟もいますからね。それに私など、大したことのない人間ですよ」
「それこそ謙遜でしょうに。貴方の評判はこの街にも届いていますよ。様々な分野に造詣深い方と有名です」
謙遜されるルートヴィヒ様に驚きの声を上げるハルカさん。正直私は存じ上げませんでしたが、ハルカさんが驚かれるほどの勇名をルートヴィヒ様は誇っていらっしゃるのでしょう。
「ですが、そんな貴方様が今日ここにいらした理由が理解できません……と言いたいところですが、先ほどまでの貴方様の様子を見て、理解できましたわ」
「なるほど、察しもいいのですね。これは更に考えを改めねば」
まぁあんなに明からさまな態度を取られていれば、流石に察しはつきます。
「―――えぇ、しかし貴方の真意はそれではないでしょう?」
ルートヴィヒ様の目的はこれだけではないはずなのです。
「確かに貴方様は見極めにいらっしゃったのだと思います」
きっとそれは、『レオノーラ様からお願いされた事』だから。自分の妹からの願いならば叶えないわけにはいけないというものでしょうか。
しかしハルカさんが気付かれた、ルートヴィヒ様の本当の目的に、彼女は自身の中に湧き起こった感情を隠せなくなっているようなそんな印象さえ感じられました。
「『私』の品定めであれば良いのです。私はただの街娘ですからね」
頭上に見えるハルカさんの拳は固く結ばれ、そして微かにですが震えていらっしゃいます。
「……」
「信用されていないのが『彼女』なのであれば私としては……許すことの出来ないことです」
声に少しずつ怒気が加わり始め、鋭い視線がルートヴィヒ様に向けられます。相手は公爵の子息、身分の高さは言わずもがな。盾ついたりすれば待っているのは想像もしたくもない結末のはずであるのに、ハルカさんは気にされていない、当たり前のことのようにそうなさっています。
これもエルフリーデのことでここまで感情をあらわにされるなんて。個人的にはグヘヘと笑いたくなる案件ですが、彼女の熱意に少し胸が熱くなってしまいました。
「は、ハハハハハ! まさか妹と同じようなことをいう方がいらっしゃるとは、おもしろいことだ!」
……なんですかそれ? やっぱりアーレンベルクの皆さんは少しずれているのかもしれません。レオノーラ様の時に考えすぎるだけ無駄だって分かっていたはずだったんですが……私もまだまだですね。
しかしもうすっかり笑顔でお話をされているお二人に私は安心することができました。ルートヴィヒ様の目的も判明したわけでし、とりあえずご主人様の所に戻ってあげましょうか。
いつまでも放置しておくのもさすがに悪いですからね。




