私たち、置いてけぼりじゃないですか?
レオノーラ様の気になる一言から数時間後、私とエルフリーデは帰宅されるレオノーラ様を見送ってから街の方まで出かけてきました。彼女に言った通りハルカさんと約束を交わしていた私たち。当初はエルフリーデも今日のハルカさんとのお茶会にウキウキとしていたのですが、今はそれも見る影がありません。
理由はというと……
「……あのぉ」
「……」
そうです。レオノーラ様は仰っていた『首輪』というものが何であるか、その時は何の事か理解できていなかったのですが、こうして目の前に現れてしまうと何も言えなくなってしまいますね。
レオノーラ様が仰っていた『首輪』というのは、詰まるところは『監視をする御仁』ということだったのです。彼女の帰宅と同時にエルフリーデのお屋敷にやってきたその人は街に出かける私たちに着いてくる事になってしまったのです。
その御仁はエルフリーデよりも少し年上くらいの男性でした。少し暗めの銀髪を小ざっぱりとまとめられており、身体つきは衣服を身に纏った上からでも分かるほどに鍛え上げられており、身に纏った衣服の肩の部分には家紋でしょうか、龍の装飾が施されています。
何か軍人さんのようなお仕事をされているんでしょうか? 何れにしてもレオノーラ様の関係者なのですから、貴族に通ずる方である事は間違い無いでしょう。でもこの人、アニメには登場してなかったですよね? 出てきてたら絶対に覚えているはずですよ。もし出てきてたら、興奮しっぱなしになる事間違いないはずですもの。私にとってはおじいさまに次ぐストライクゾーンなんですから! 胸が熱くなってしまいます。
しかし私のご主人様にとってはそうでは無いみたいですね。エルフリーデが話かけても何も返答をしないその男性に、彼女は少しご立腹の様子です。
確かに話かけても無視はされていませんが、じっと見つめられているだけというのは頂けませんよね? 何だろう、じっと見られているだけって、最近も同じ様なことがあった様な気がしますね。
「……調子でないなぁ」
この違和感にエルフリーデも気がついているのでしょうか。プンプンと頬を膨らませる彼女の様子からは読み取る事は出来ません。いずれにしてもこの男性がハルカさんの元に着いてくる事に変わりはないのですから、この状況を受け入れるしかありませんね。
「カロリング嬢、一つ伺いたいのだが……まさか君は徒歩で街に行くつもりか?」
時刻はお昼を過ぎていますので、暑さも一入と言いたところでしょうか。グライナー商会へと足を運ぶエルフリーデの額にはじんわりと汗が浮かんでおり、周囲の暑さが窺い知れます。そんな中、ようやく銀髪の御仁が私たちに声をかけてくださいました。変にかしこまっているというか、一線を引いている様な、品定めをしている様な印象を受ける言葉です。
「ようやく話かけてくださいましたね。ありがとうございます!」
しかしこの返答である。どこか素っ頓狂なその言葉に、精悍な顔つきが一瞬歪みます。
「わ、わたしの個人的な用事ですし……こんな事で皆さんの手を煩わせたくは……ないですし」
その表情の変化に流石にまずいと思い至ったのでしょう、どんどんと言い訳を口にしてしまうエルフリーデ。彼女の言っていることは間違いではありません。ただ友人とお茶をするということだけに、わざわざ侍女長を連れ立っていくというのは、庶民感覚が染み付いてしまっているエルフリーデには馴染まなかったのです。
きっとこの御仁が言いたいのは『貴族としてどうなんだ』ということでしょう。
エルフリーデも一応貴族の子女なわけです。いくら自分の家が治める街であり治安が良かろうと、向かう先が大商家であるグライナー商会であると言っても、危険である事は疑いようも事実なのです。
何か言いたげな表情を見せながら、目つきが徐々に鋭くなられる銀髪の御仁。これは目も当てられないくらいのお叱りが来るのでは……
「……そうですか」
と思っていたのですが、御仁から帰ってきたのはあっさりとした言葉でした。お叱りの言葉がくると考えていただけに肩透かしな印象を覚えてしまいます。しかし正直私とエルフリーデの頭の中は、一旦この状況を回避できたということと、夏の暑さに頭が茹ってしまっていたのです。
「……なによこの人」
そんな風に悪態を口にしながら、早くハルカさんとお茶を楽しみたいと思っているのでしょう。自称ライバルと会うのに表情が緩むエルフリーデをよそに、やはり厳しい顔のままの御仁。
どうにも噛み合っていないままに、二人は街を歩いて行きます。
もう何度も歩いている道ですから、エルフリーデにとっては慣れたもの。道ゆく人も彼女が侯爵の一人娘だと知っているからかも知れませんが、目線があれば必ず丁寧に声をかけてくださいます。挨拶をされてもエルフリーデは愛想笑いを浮かべるだけなんですが。私がいうのも何ですが、この街の人は何故か貴族を嫌いっていないというかなんというか。普通のお伽話などの創作の中の平民の皆さんって、貴族のこと嫌ったりしてません? 街の皆さんからはそんな様子は全く感じられないところを見ると、余程この領の運営がうまく行っているのか、治めている人が偉大であるのか。私としては後者であって欲しいですけどね。
街を縦断する大通りを南に進んでいくと、見えてくるのはこの街、いえこの領でも屈指の商家。改めてこの立派さを見とめると、ハルカさんってすごい人になるんですよね
容姿は言わずもがな、『超』の付くくらいの美少女で、原作の中では初期から最強設定。
しかもお家もこんなに大きい商家って……
「これ、ハルカさんじゃなきゃ大っ嫌いな、嫌なやつですよ」
ポツリと、見えてきたグライナー紹介の建物を見ながら呟くエルフリーデ。
全く。どの口が言いますか……いえ、これ以上ツッコミはやめましょう。考えるだけ野暮というものです。だってもうそこには私たちを長い間待っていてくれている少女の姿を見つけてしまったのですから。
どれくらい私たちのことを待っていてくれたのでしょうか。少し辛そうな表情を浮かべていらっしゃいます。そこまで我慢しなくてもいいのにと思いつつも、出迎えていただけるのは素直に嬉しいものですね。
おっと、ハルカさんがこちらに気づかれたみたいですね。笑顔を浮かべながらこちらに歩み寄ってきてくれていますよ。所作は大人びていますが笑顔は年相応と言ったものでしょうか。
「こんにちは、ハルカさん」
「お待ちして……」
ここでいつも通りの和やかな会話が展開されるはずだったのですが、私たちの後ろに佇む銀髪の御仁に視線を向けたまま、ハルカさんは身を固くしています。
一体誰なんだと、怪訝な表情に堂々と立っていた銀髪の御仁も怯んだ表情を見せます。
「……」
ですがそこは流石に彼も一人の貴族としての矜持があるのでしょう。怯えの表情を見せたのはほんの一瞬だけ。すぐに表情を元に戻し、ハルカさんを見つめ返しています。
こうゆう空気って、当事者はいいですよね。終生のライバルに出会ったぜって空気感が出せて。ここから彼ら彼女らの因縁は始まったのだ! みたいな感じでね……当人たちはいいですよ!
「えっと……」
そう、私とエルフリーデは蚊帳の外。二人を交互に見ながら言葉に詰まる彼女にも、そして犬の私にも何かが出来るわけでもない。とりあえず二人が満足するまで待つくらいしかできないでしょう。
そう思っていたのも束の間、ハルカさんが徐にこう呟きます。
「どなた、ですか?」
これは誰に投げかけた言葉なのでしょうか。ハルカさんの視線は銀髪の御仁から一切動くことなく、じっと見据えていらっしゃる。ただ答えないのも失礼に当たるでしょうが、もし自分でなかったらと思うとなかなか答えづらいなという表情をエルフリーデは浮かべて困っています。
「この男性はどなたですか?」
「あぁ、この方ですか。この方は……」
視線は相変わらず私たちに向くことはありませんが、どうにか自分への問いかけだとわかるものをもらえたエルフリーデは心底安心した様子で胸を撫で下ろしています。
ですがエルフリーデに夢中になっているハルカさんがこんなにも彼女を蔑ろにするなんて。それだけ銀髪の御仁は警戒しなくてはいけない存在だと感じてらっしゃるのでしょうか。
私には……自分の気持ちを伝えるのが下手なだけに思えるのですが。
しかし私の心の中を占めていたのは、警戒や違和感なんかよりも別のことだったのです。
ねぇ、暑いので商会の中に入りません? 流石に干上がってしまいます。
そんな私の様子に気付いてくれたのか、ハルカさんが私を抱え、二人を中へと招いてくれました。なんだかんだと本当に気の周る子ですよ、この子は。
取り敢えずハルカさんの執務室に移動しながら説明を始めるエルフリーデ。彼女が説明している間、今そばにいる彼が誰なのか、思い出してみましょう。と言っても本当に短いんですが。
「ちょ! そんなの困ります! 相手の方になんと申し上げればいいのですか?」
帰りの馬車に乗り込むレオノーラ様の背に、珍しく刺のある言葉を投げつけるエルフリーデ。
突然自分に監視をつけるというようなことを言われれば、いくら友人であっても困惑し、言葉を荒げるのは仕方のないことでしょう。
「貴族たるもの接する人間を選ぶ必要があります。それは理解されていますか?」
「それは……」
そう。貴族であればということは元より、レオノーラ様が以前に仰られた通りエルフリーデは王太子であるウェルナー様に友人と認められているのです。だからこそレオノーラ様の言葉に容易に反論していいものではないと感じたのでしょう。言葉に詰まったまま、思わずエルフリーデは顔を下に向けてしまいます。
「全く……貴女という人は」
エルフリーデの様子に嘆息しながらこちらに振り向きます。そこには苛立ちよりも慈しみの思いが強いように感じますね。やっぱり不器用なだけでいい子じゃないですか。
「ただ心配なのですよ。……貴女がお会いになる方が、貴族と接するにふさわしい方なのか。だから見極めなくてはいけませんでしょう?」
「それは理解できます。でもハルカさんは!」
「本来であれば私が伺うべきですが……致し方ありません。今日のところは『私が最も信頼している方』に一緒に行っていただきます」
思い出してみると、ただのお節介なだけですよね。親御さんですかと言ってしまいたくなるくらいの過保護具合じゃないですか。
しかしそうでした。レオノーラ様、銀髪の御仁のことを『最も信頼している方』と仰っていたのです。ならば心配することはないとも思うのですが……銀髪の御仁からは違和感を覚えてしまうのです。
ハルカさんが貴族と接するのにたる人物かどうかを見定めるのなら、エルフリーデと会話をしてもいいはず。しかし御仁は全くエルフリーデに話しかけないどころか、品定めをするように見つめているばかり。あのレオノーラ様がこのような人を『最も信頼している方』と言い表すのに違和感を覚えずにはいられませんでした。
「―――というわけで、わたしの友人の関係者? でして」
ハルカさんの執務室でようやく人心地つきながら安心した表情を見せるエルフリーデ。
そして彼女の説明に少し眉根をぴくりと吊り上げる銀髪の御仁。やはり自分がレオノーラ様の友人だという言葉に何か感じ言ったのでしょうか。明確にそれを表情に見せることはありません。
しかしその微妙な変化をハルカさんは見逃しません。
「……なるほど、そういうことでしたか」
「えぇ、突然のことで正直どうしたものかなぁと」
銀髪の御仁に視線を向けながら、何もかもを得心したかのように頷くハルカさん。
「……少し私がお話しして参ります。お時間いただいても?」
「そ、それは構いませんけど」
「では失礼して」
ハルカさんは銀髪の御仁に向かい、少しよろしいですかと声をかけながら、部屋の外へと誘います。その言葉に返答はされませんでしたが、御仁は頷き彼女に続きます。
しかしエルフリーデの反応の速さったら。あっさりとハルカさんの提案を受け入れていました。相当負担がかかっていたのでしょうか。投げやりにも聞こえましたが、純粋に助けを求めたものであることは間違いないでしょう。
であれば、私もついていきましょう。脳裏によぎった疑問を解消しないうちには、安心してエルフリーデの側でぼけっとしているわけにもいきません。
「あら? 貴女も着いてくるの?」
なんだかんだで面倒見のいい私なのです。大事な女の子を守るのに理由など不要ですからね。
ふふんと胸を張る仕草をとります。まぁ四本の足で立っている私では首をビシッと張るくらいしかできませんが。
「ふふふ、貴女こそ、彼女のナイトですものね。では……」
いやいや、貴女の方がエルフリーデを守るナイト様ですよ……でもそれってエルフリーデが望んでいる関係性ではないんですよね。いうだけ野暮になってしまいますが。
そして招かれたのは執務室の隣室、お仕事に使う書籍をまとめたお部屋でしょうか、どこか薄暗い印象を受けます。
そして再び二人、と一匹の私が向き合います。
「初めまして」
「……」
スカートの裾を少しつまみながらのハルカさんの挨拶に返答することなく、じっと彼女の所作を見つめる銀髪の御仁。さすがに失礼としか言いようがない態度です。
彼はおそらく貴族。ハルカさんは平民。であるならば、下々が礼を尽くすのは当たり前と思っているのでしょうか。なんだかいけすかないです。
しかしハルカさんは全く気にしません。
「……私はハルカ・グライナー。この商会の一人娘でございます。以後、お見知り置きを」
先ほどと変わらず、全くぶれることなく正々堂々とされています。
こ、これがヒロインの風格というやつでしょうか? どっちかっていうとヒーローの風格と言った方がいいかもしれませんが。




