アンジェロと細い糸~彼の場合~
アンジェロと細い糸の彼氏目線で書いてみました。
「そんな蒼白い顔して、具合悪いなら病院行ったら?」
冷めた声が後ろから飛んできた。
「大丈夫。寝不足なだけだ。」
「あっそ。私は今日、夕方から会議で、その後取引先と会食だから。夜は適当に食べてよ。」
「わかった」
僕は消えそうな声で答えた。妻は嫌なものを見るような目で、ソファーに力なく座る僕をしばらく見下ろした。そしてイラついた足音をならしながら、家を出ていった。
数日前、大切な人を失った…。それは妻ではなく、愛してはいけない愛しい彼女。
それは些細な誤解からだった。
彼女が僕のLINEで送った言葉の意味をくみ違えた。
ただ、それだけ。
なぜあの時、そういう意味ではないよ。と訂正しなかったのか…。
僕は彼女をどうしたかったんだろうか。彼女との関係をどうするつもりだったんだろうか…。
確かに、いけない恋だった。
僕が結婚していると、彼女に告げたのは、彼女との関係が続いた1ヶ月後の事だった……。
ただ、気持ちは止められなかった。夫婦関係は冷めきっているのに、世間体を気にして、仮面夫婦を5年も続けていた僕には、彼女は柔らかく、輝かしい存在だった。
僕が既婚者と告げた時、彼女は激しく動揺していた。でも、別れることはしなかった。彼女も会社の尊敬する上司である僕を男として愛してくれていたからだ。
彼女は、妻と別れろとも、僕に結婚を迫る事もなかった。
きっとその優しさに甘えてしまってたんだ…。
でも、僕は知っている。僕と離れるとき、時々泣きそうなぐらい悲しい笑顔をしている事を…。
一人で洗面台で身支度を整えているときは、疲れきった顔をしている事を……。
本人は無自覚なんだろうけど……。
彼女とのLINEのすれ違いがあった時、改めて気がついたんだ。
彼女がいつも苦しんでいることを、僕の存在が彼女を追いつめてる事を。
『いつもじゃないよ。』
彼女の一言の返信が、どんな鉛よりも重く僕の心に落ちてきた。
翌日、彼女に謝ったが、彼女からは別れを告げられた。
嫌だとは…言えなかった。
これ以上彼女を追いつめる事を僕は望んでいる訳じゃない。
彼女を自由にしなければ…彼女が潰れてしまう……。
3年も…僕は何をやっていたのだろう……。
3年もあれば、妻と別れ、彼女と共に歩く選択もできたはずなのに……。
結局、僕はが可愛がっていたのは、大切にしていたのは自分自身。
彼女はそれをわかっていたのかもしれない。
それでも彼女は一緒にいてくれた…。
「ごめん。はづき……。」
僕は呟くように、彼女の名前を呟いた。
そしてよろよろと立ちリビングの引き出しを開けて紙と小箱を取り出した。
静かに空欄を埋めていく。
必要な欄を埋めた後、僕は指輪の入った小さい箱を紙の上に置いた。
荷物は後日取りに来よう。
その頃には隣の空欄もきっと埋まっているだろう。
僕は自分で書いた離婚届を静かに見下ろし、落ち着いた足音で家を出た。
これで、彼女が許してくれるとは思わない。
けど、いつか彼女の隣を胸を張って歩けるように、僕は強く生きよう。
例え彼女が、他の人へいってしまっても…。
僕が彼女を忘れられるまで…。
もう少し、もう少しだけ好きでいさせてくれ……。
僕の鞄の中に入った婚姻届は、隣の空欄はまだしばらく白紙のままだ。
読んでいただいてありがとうございました。