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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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1章 ②

「っ……がっ……」


 高橋が動かなくなったのを確認し、通信端末を取り出す。待つ間もなく相手から反応がある。


「浅木さん、終わりました。相手も生きてますので搬送の手続きをお願いします」

「ご苦労様です、科戸くん。下で待機してる部隊を向かわせますので、状況確保お願いします」

「わかりました。……ところで、さっきの会話のログ残ってますよね?」

「ええ、残っていますよ。言いたいことはわかります。件の社長についてはすぐに対処しますので、任せてください」


 お願いします、と言って通信を切る。関係各所に相当な力を持っているらしいかの社長の裏を暴くのは大変になるかもしれない。だがそちらは空奏の管轄ではないためできることはないだろう。

 せめて、この男の恨みが少しでも晴れるような結末を迎えることになれば良いとは思う。


「一旦待機。すぐに搬送部隊が上がって来るだろ。この人を引き渡したら終わりだな。いいタイミングで戻って来てくれたな、バルド」


 手近な机に腰かける空奏の横にバルドと呼ばれた鷲が降り立つ。バルドもまた幻獣であり、空奏の魂から生まれた二体目の幻獣だった。

 本来、アニマ一人につき一体しか現れないはずの幻獣がなぜ二体生まれたのか、それは空奏にもわかっていない。だがその常識とは異なる二体目の幻獣という存在のおかげで、今回のように相手を欺く必要がある場合に有効となることがある。


「相手が空奏のことを知らん野郎で良かったな」

「それはそうだが、私は最初から相手が空奏のことを知らないということに賭けた作戦は良くないと思うのだ。信用を得ようとする場合なら尚更、もし謀ろうとしていることがバレたらマイナスに働くことになりかねない」

「異能関係の組織に属していない人ならそうそう知らないだろうから、結構勝算はあったんだぞ? まあ、俺もこんなやり方普通しないから心配すんなって」

「だとよ。ルウの心配ももっともだから無茶してくれんじゃねえぞ、空奏。俺は戦う機会がありゃ嬉しいがな!」

「バルドも私の気苦労を増やさないようにしてほしいものだ……」


 このままではそのうちルウの毛が抜け落ちてしまうかもしれないと空奏が笑うと、笑いごとではないと怒られた。禿げてないか見てやろうかと近づくバルドにそんな心配はしなくていいとルウが吠える。バタバタと動き回っている二体を見て空奏も一息つくことにした。

 倒れ伏している高橋に目をやり、空奏はすぐに視線を外した。

 すぐに病院に搬送され、適切な手当てを受けることになれば死ぬことは無いだろうと思うが、この男は快復を望むだろうか。最後に見せた冷静さは、全てに見切りをつけて死ぬ覚悟を決めたことによるものだったのではないかと思うのだ。

 自分が死んで終わるのが結末だと思っていたところに、組織だって憎い相手にその報いを受けさせることができる可能性が見えた。心が揺れたそれが隙となり、人質を手放すことになったことで今回の結果が生まれた。この男がその罪を償う機会を与えられたとして、社会に戻って来た時には全てが終わっている。その時彼は何を思うだろう。亡くなった奥さんの分まで生きていくことを選んでくれるだろうか。

そこまで考え、空奏は自分にそんなことに想いを馳せる資格は無いと頭を振って思考を追い出す。


「お取込み中のところ悪いね。いや、休憩中のところ悪いね、かな?」


 不意に聞こえた声。それは気まぐれな死神の呼び声。

 とっさ身を翻し、机の後ろにまわって距離を取る。気が付けば、倒れている高橋の近くに青年が立っていた。

 こちらに笑いかけたその顔はよく見知ったものだったが、同時にここで出会いたくはないものでもあった。


「すぐにそこを離れろ、スターチス」

「おやおや。僕は君たちの手間を少しでも省いてあげるために、こうしてわざわざ来てあげたんじゃないか。まさか邪険にされるとは思わなかったなー。むしろお茶でも出してほしいぐらいだよ」

「悪いね。お茶も茶菓子も切らしてんだよ」

「残念。じゃあ、おやつだけもらっていくことにするよ」

「おやつ感覚でその人を持って行かれてたまるかよ!」


 空奏が腕を振り上げると突風が吹き荒れた。スターチスと呼ばれた青年が腕で目を覆う。

 その風に乗るようにしてルウとバルドがそれぞれ地と空を駆けた。


「ごめんね。今日は君たちと遊びに来たわけじゃないんだ」


 その言葉と同時に身体に不思議な模様を浮かび上がらせたスターチスの姿が掻き消えた。

 後ろに気配を感じて空奏が振り向きざまに刀を振るう。ギリギリ届かない位置を保って出現したスターチスの手の上には、青白い炎が揺れていた。すぐさま床を蹴りながら突き出した一撃は、横に飛び退って避けられる。空奏は勢いのままジャンプし、空中で姿勢を変えて壁を蹴った。倒れていた机の残骸に足を取られた青年に剣先が届くと思われた時、再びその姿が消えた。


「身体の強化と、風を操る力。人間なのに一人で二つも異能を持ってるなんて、相変わらず面白いよね。ねえ、ちょっと魂かじってみていい?」

「人間の魂はそんなお安くないんだよ。手に持ったその魂も置いて行ってもらうぞ。ソウルイーター」

「それはできない相談だね」


 部屋の中央に現れた青年は手にした青白い炎を一息に口に入れて飲み込んだ。

 バルドがその顔に爪をかける直前にスターチスの姿はまたしても揺らめくように消え、しばらく姿が見えなくなったものの、今度は窓枠に腰を掛けた状態で現れる。


 ソウルイーター。彼らはその名の通り、生物の魂を抜き取って食べる。彼らに魂が食べられると死に至るが、魂を抜き取られただけではその限りではない。しかし魂を失った状態では生命活動の低下を招くため、通常の人間では一日とは保つことができずに死ぬことになる。

 ソウルイーターが魂を食べるのは空腹を満たすためでもあり、力を得るためでもあると言われている。ソウルイーターは力を行使する際に身体に紋様が浮かび上がるが、多くの魂を取り込んだ者はその紋様が身体に大きく広がるようになるという。しかしその行動原理は未だ謎に包まれている部分も多い。

 その存在が初めて確認されたのは異能に目覚めるの人間が現れ始めた頃だった。魂を抜き取り喰らう彼らの外見は普通の人間と変わらない。イクシスやアニマの中に魂の色を見ることができる者が現れるまでは、能力を行使していないソウルイーターは人間との判別ができなかった。そのため、人類が認知するよりもずっと前から存在していたのかもしれないとも言われている。

 魂は、人間に限らず生き物の魂は青く、ソウルイーターの魂は赤く見える。通常、生物に内包されている魂は特殊な力を持つ者でなければ見ることはできない。しかし、ソウルイーターによって取り出された場合は誰であれ魂を視認できるようになるという特性がある。

 近年ではその魂の揺らめきに魅了されてソウルイーターを信仰する者も出ているという噂まで出ているらしい。

 ぺろりと唇を舐めたソウルイーター、スターチスは満足そうに笑った。


「ごちそうさまでした。なるほど、こういう感じか……。さて、今日は彼の魂を回収しに来ただけ。だから僕の用事は終了。だから休戦しようよ、休戦。ね?」

「勝手なことを。お前が空奏の魂を狙わない保証はないのだ。今すぐその喉笛を噛み千切ってやる」

「おうよ。気まぐれに現れてはおちょくって去っていく。そんなてめえがいつ俺たちに敵対するかわかったもんじゃない。後手に回る必要はねえ。やれる時にやるぞ!」


 今にも飛びかからんとする二体の気持ちもわかる。しかしスターチスは本気でこちらに用が無いらしい。警戒は解かないものの、空奏は「回収しにきた」という言葉が引っ掛かっていた。

 単独で行動していたソウルイーターが人間と契約関係のような形を取ったとすれば今までに例のないことだ。このまま戦闘を続けようとすればまず間違いなく逃げられてしまう。その前に情報は掴んでおきたい。もしスターチス特有の気まぐれだとしても、それも一つの情報だ。

 しばし悩んでから刀をしまう。ルウとバルドが抗議の視線を向けてくるも、空奏の思考を脳内で受け取った二体は大人しく従ってくれた。


「希望通り休戦にしよう。だが俺もお前に用がある。ちょっと話をさせてくれ」

「話? どうしようかな~」

「俺としてはもうすぐ琴絵が来るから、時間稼ぎの後に実力行使でもいいけど、どうする?」

「物騒だねえ。さっきの男を気にする必要が無くなった君と鈴守ちゃん二人はちょっと面倒だ。ま、君が僕に用なんて珍しいからね。気になるから付き合ってあげるよ。ここ人来るんでしょ? 屋上にいるからよろしくー」


 気の抜ける声を残してスターチスの姿が消えた。普段から気ままな彼だが不思議と約束したことは守る。言葉通り屋上に向かったのだろう。

 空奏は密かに詰めていた息を吐き出した。

 ソウルイーターは危険な存在だ。個体差はあるものの、その力は人間にとっての脅威であることには違いない。特にスターチスは以前より存在が確認されているにも関わらずその力の全貌が計り知れないため、異能事案管理局にとって特に要警戒対象となっている。何度かソウルイーターを討伐している空奏であっても油断のできる相手ではない。

 複数の足音が聞こえてきた。搬送部隊の人間と、空奏と同じ異能事案管理局に属する鈴守琴絵が姿を現す。事件の犯人を失った自省は後にして状況の説明を行うために空奏は動き出す。


「空奏くん怪我はない? 大丈夫?」


 駆け寄ってきた琴絵が空奏についた血の跡を見て心配そうな表情を浮かべるが、返り血だからと手を振り、大丈夫だと伝える。

 琴絵はビルの下で待機し、バルドから少女の身柄を受け取り保護する役割を担ってもらっていた。今回の事件が単独犯であることが確定したため、別動隊への引き渡しもすぐに終えたようだ。

 空奏は搬送部隊のリーダーに通信後ソウルイーターが現れたこと。結果、高橋の魂を食べられてしまったことを話した。詳細を伝え引継ぎ、息を引き取った高橋の遺体を移送してもらう。

 隊を見送ってから、ルウとバルドに声をかけていた琴絵の元へ向かう。怪我などがないか確かめているようだ。


「琴絵。俺はちょっと屋上に行ってくる」

「……え、何で屋上?」


 空奏は先ほどのスターチスとのやり取りについて話した。心配そうな顔をした琴絵は「私も行く」と言い出す。空奏が渋い顔をすると琴絵は口を尖らせて言う。


「私がいれば実力行使できるんでしょ? 保険として連れてってよ」


 自らスターチスに宣言した手前、これには反論の余地もない。

 空奏は苦笑して、連れて行くしかないなと心を決めた。

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