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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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5章 ⑧

「かっ、はッ!」


 プランクの身体からスターチスの苦悶の声が上がる。

 黒猫の姿が揺らめき、スターチス本人の姿に戻る。

 同時に、上空に滞留していた黒い煙も次第に薄れて霧散していく。

 暴風を解除した空奏は地上に降り立ち、横たわっているスターチスへと近づいた。

 確実に止めを刺すため、空奏はその心臓に向かって刀を突き立てようとした。


「いやあ、惜しかったね。科戸ちゃん」


 刀が心臓に届くその瞬間スターチスの姿は掻き消え、次の瞬間には暴風の影響で壁際でボロボロになっていた箱の上に座っていた。


「これ、なーんだ」


 ニヤリと笑ったスターチスの手には青白い炎の塊があった。

 それは以前高橋という男から取り出した時と同じ、魂の揺らめき。

 その身体にはソウルイーター独特の紋様が浮かび上がっており、姿が消えたのも能力の使用によるものだとわかる。


「お前、まさか……!?」


 空奏は瞬時に距離を詰め、その腕を切り落とそうと刀を振るう。

 しかしスターチスの姿は消え、離れた場所で実体化した。

 後を追おうとした空奏をルウの声が制止する。


「(待て、空奏。あれは彩那の魂ではない!)」

「え!?」


 では誰の、と考えたとき空奏は自分の近くに蓮華の身体が仰向けで横たわっているのを見つけた。

 スターチスを見ると、まるで正解とでも言うかのようにニコリと笑ってその魂を口に入れる。


「うん。ごちそうさま。おかげでもうちょっと動けそうだよ」

「くっ!! お前、自分の同胞を」

「同胞って言っても、別に仲間意識は無いからねえ。僕たちは同じようで同じじゃないんだよ」


 身体の調子を確かめるように腕を回すスターチスの反面、空奏の方はもう限界が来ていた。

 先ほどと同じ手は通用しないだろう。今度は実体を持ったスターチス本体が相手となれば近接戦もある。先のように何度も姿が消えることは無いだろうが、相手がどう出てくるかわからない。

 空奏が打開策を練っていると、スターチスは降参というかのように両手を挙げた。


「今日はこのぐらいにしておこうよ。ね?」

「……ここでお前を逃すわけにはいかない」

「君がそのつもりなら構わないけど、獣化ももう限界でしょ?」

「……」

「それに、ここで君を食べてしまうのは惜しい」

「なんだと?」

「その獣化。久々だからまだ本調子じゃないでしょ。まだ成長の余地はあるみたいだし、そこまで待ってからでもいいかなって」

「死にかけた割には随分余裕だな」

「次はちゃんと僕とプランクで相手をしてあげるよ。油断してる余裕が無くなったことはわかったからね」

「……彩那ちゃんの魂は諦めるのか」

「約束を忘れたの? 君が立ち上がれなくなるまで北野ちゃんに危害は加えないと言ったはずだ。僕、約束は守る主義なんだよね」


 ここでスターチスを見逃すことは他の人間の魂を取られる危険性を放置することになる。

 やはり逃すことはできないと考えて再び身体に力を入れようとした時、頭がズキリとして身体が重くなった。

 目の光彩は青に戻り、空奏を包んでいた青白いオーラは消える。


「(すまない、空奏。私たちが先に限界を迎えてしまった)」

「(ちっくしょ。寝てる場合じゃねえってのに)」


 力を使い果たし休眠状態に入る二体の声はすぐに聞こえなくなった。

 自分の内側にある二つの存在が眠りについたことが空奏にはわかった。


「解けたみたいだね」

「……今お前に向かって行っても無駄死にだろうな」

「物分かりが良くて助かるよ。じゃあ、僕はさっさと逃げるとするね」


 そう言ってこちらに背中を向けたスターチスは、先日と同じようにして何かを思い出したように振り返った。

 怪訝そうな顔をする空奏を見てから、どこかを指さして言う。


「あっちの倉庫。熊井とか言ったっけ。あいつとか数人残ってるよ。死にかけだけど死んではいない。この件に落とし前付けさせるのにちょうどいいなと思って残しておいたんだ。感謝してよね」

「全員食べたんじゃなかったのか?」

「ここにいたのは、と言ったはずだね。あっちにいるのはつまみ食いだけ」

「ご丁寧にどうも。そんなことするぐらいなら、最初から騒ぎになる様な事しないでくれないか」

「それは無理な相談だね。だって僕は人間じゃないもの」


 じゃあね、と言って今度こそスターチスの姿が消える。

 しばらく気配を窺っていた空奏は、やがて張り詰めていた気を解いて大きく息を吐いた。

 耳に手を当て通信を入れる。


「科戸です。スターチスは逃亡。彩那ちゃんの誘拐を手引きしていたもう一人のソウルイーター、蓮華はスターチスの手にかかりました。……はい、すぐ合流します」


 浅木に連絡を入れ、こちらが終了した件を伝える。

 外での戦闘ももう終わりのようで、誰かしらが迎えに来てくれるとのことだった。

 空奏が水の壁に近づくと、中からぐったりとしたラナとそれを心配する彩那の姿が現れた。


「ラナ、あの暴風の中彩那ちゃんのことを守っててくれてありがとうな。お疲れ様」

「ほんと、こちらに配慮してくれたからこそだとは思いますが、あれを自分に向けられたらと思うと、水流を展開し続ける自信がありませんよ」


 息も絶え絶えと言った様子のラナの頭を撫でると、ラナは安心したように実体化を解いて彩那の中に戻った。

 彩那もまた不安げな様子で空奏を窺っていたので、安心させるように笑う。


「大丈夫。ラナはすぐに元気になるさ。少し休眠に入ると思うけど、心配しなくていい」

「うん。……あの、空奏さん」

「ん?」


 この倉庫はあまり使われていなかったものだと思いたいな、と惨状を見ながら考えていた空奏は彩那の呼びかけに振り返った。

 言いにくそうにしている彩那の前で膝を折り目線を合わせる。

 ゆっくりでいいからと言うと彩那は頷き、深呼吸をしてから口を開いた。


「わたし、生きたいって思ったよ」

「うん。そう思えてもらえて良かった」

「助けてほしいって、わがまま言ったの聞こえた?」

「我が儘だとは思わなかったけど。うん。聞こえたよ」

「……そっか」


 彩那は気が抜けたようにふにゃりと笑った。

 つられて空奏も笑う。そして空奏は彩那に向けて謝罪した。


「ごめんな。怖かっただろ」

「ううん」


 予想に反して彩那は首を横に振った。

 意外そうな顔をする空奏に彩那は笑顔のまま告げる。


「助けに来てくれるって信じてたから」


 空奏は思わず固まり、そして大きく笑った。

 未だ彩那と共に過ごした時間は多くない。

 既に見たことがあると思っていた笑顔の表情。

 ラナが初めて実体化した時。能力を初めて使って練習をした時。

 眩い笑顔を浮かべていた彼女の笑顔にはまだ先があったらしい。

 誰にも打ち明けることができずに一人で戦っていた少女はもういない。


「信じてくれてありがとう。無事でいてくれて、ありがとう」


 心のどこかで、自分には守ることができないと諦めていたのかもしれない。

 自ら祓い、守ると決めていたのに、いつの間にかその目的すら見失っていた。

 自らの誓約を見失うほど、守るという言葉に固執してしまっていた。

 それを思い出させてくれた彩那に、空奏は深く感謝した。

 がむしゃらに強さを取り戻そうとしていた青年はもういない。


「さて、そろそろ琴絵たちが来てくれるはずだ。行こうか」

「うん!」


 瞬間、倉庫の入り口が吹き飛ばされ、扉だったものが宙を舞う。

 かつて入口であった場所の向こうから琴絵が慌てた様子で走って来るのを見て、二人で顔を見合わせる。

 同時に吹き出し、今にも泣きだしそうな琴絵の元へと歩き出した。

 すべてが片付いたわけではない。問題の根本であったスターチスは逃したままだ。

 蓮華というソウルイーターの狙いも掴めないまま、その魂はスターチスによって葬られてしまった。

 異能事案管理局の人間としては、この状況は決して良い結果とは言えないだろう。

 それでも空奏は一時の安寧に心を委ねた。

 とりあえず今は、あの笑顔を守れただけで良しとしよう。

 琴絵に揉みくちゃにされながら笑っている彩那を見る。

 空奏は全身から力が抜けていくのを感じ、琴絵に怒られそうだなと思いながら、限界を感じて意識を手放した。


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