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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
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5章 ②

 異能事案管理局には傷の手当や修復を行うことのできる異能を持つ者も複数在籍している。

 空奏の回復力は元々並外れたものであるが、熊井との戦闘で負った怪我が数日で完治することができたのはこの医療班のおかげでもあった。

 怪我の治療については異能を使う者、使われる者双方の身体に負荷がかかるため、瞬時に全快させるということが難しい。そのため治療は数日に分けて行われることが多くなっている。

 修司の治療も二週間かけて徐々に行われる予定となっていた。先日の負傷は想定よりも深刻なものだったようで、もし応急手当を受ける前に彩那の暴走に巻き込まれていれば、処置が間に合わず死んでいてもおかしくは無かったと言われている。

 空奏は身体が動くようになってからは修司の元にお見舞いに訪れている。

 この日、彩那たちが泣き止んで落ち着いた後、空奏は昨日と同じように修司の病室を訪れていた。


「どうですか、体調の方は」

「おかげさまで快方に向かってるって感じだわな。別に毎日来る必要は無いんだぞ。俺らの怪我なんてよくある話なんだしな。……というか、何かすごく疲れた顔してるが、どうした?」

「はは。まあ、実は……」


 先の出来事について話すと、修司は面白そうに笑った。

 空奏としても、彩那とラナの心情を知れたことは嬉しいことではある。しかし、琴絵の様子とその後モカと共に彼女たちを宥めるのに普段は使わないような神経を使ったようで、思ったよりも疲れたような気がする。


「すっかりお父さんじゃないか。え?」

「……」

「……いやー、それにしても弊社まじでブラック。ハウンドからブラックドッグに改名した方が良いんじゃねえの」


 どうやらあまり引っ張ると空奏がそのまま帰るだろうことを見越して話題を変えることにしたようだ。

 最初から変にいじるようなことをしなければいいのに。


「それを言うのは今更なこと思いますけど。何かあったんですか?」

「少しでも早く治療を終わらせて復帰しろって話が出たらしい」

「それはまた、無茶なことを言われましたね」


 ハウンドは異能事案管理局の中でも高い実力を持った者を集めた部隊だ。通常、ソウルイーターをや獣化している者の対応はハウンドが行うことになっている。

 獣化の力を持っていた熊井は一度逃走したものの、友魂同盟の件に収まりがついたわけではない。上としては修司という戦力を失ったままというのは頭が痛い問題なのだろう。

 しかし、無理に治療を早めても身体に対する負荷が増す。治療を終えた後身体を動かすことに支障が出れば、結果的に復帰が遅れることになってしまう可能性もある。そんなことを理解していないとは思えないが、空奏の知らないところで何か動きがあったということだろうか。

 今回の友魂同盟の件についてはハウンドが関わっている。ハウンド統括の真白を差し置いて、他の部署でのみ情報が先行するということは無いだろうが、妙な話だと空奏は思った。


「ここに来る前に真白さんと話したときはそんなこと言ってなかったですけど」

「あいつのことだ、話し合いの途中とかなら表には出さないだろうよ。まあ俺も、とっとと復帰しろって言うなら異存はないが」

「異存ないんですか。社畜ですね」


 軽く頭をはたかれた。自分もブラックだと文句を言っていたのに理不尽な。

 身体を動かしたことで痛みが出たのか、顔を歪めながら修司は横になった。深い息を吐いてつまらなそうに言う。


「別に働きたいわけじゃねえよ。まだ片付いてないことがある状態なのが心残りなんだ」

「気持ちはわかります。中途半端な状態なのは、そっちが気にかかって他のことも疎かになりやすいですし」

「誰かが片づけといてくれれば俺も安心して寝ていられるんだがな」


 空奏は窓の外を見た。あの後改めて報告書をまとめているうちにすっかり夕方になってしまった。これはとっとと帰るべきだろうか。最も、帰ると言っても彩那の件が終わるまでは管理局で寝泊まりすることにはなっているのだが。

 修司が笑う気配がして視線を戻す。空奏のジト目に晒された修司は悪い悪いと言いながら笑っている。

 空奏は呆れたように嘆息した。


「それで、お前の方は身体問題ないのか?」

「今は少し気だるさがあるぐらいですね」

「そうか。相変わらず尋常じゃない回復力だな。これが若さかー」

「年を取りましたね、修司さん」

「そこはフォローするところだろうが。若いだけでそんな早く回復されたらモカちゃんなんて一日で心臓すら再生するわ」

「いやー、心臓は無理でしょう」

「真面目に返すな。バカバカしくなってくるだろうが。とまあ冗談はともかく、もう問題なくなるなら何よりだ。……そういえば、実戦で獣化したの久しぶりだっただろ」


 どうだった、とは口に出さずに修司が空奏を見る。

 三年前のあの日、生き残った二人はそれぞれ大きな傷を抱えることとなった。当時ハウンドに所属してから一年も経っていなかった空奏に比べ、修司は他の七人とも長い付き合いがあったから、その喪失は大きな穴となってしまっただろうと真白も言っていた。

 修司は空奏の獣化については普段特に何も言わない。空奏自身が最も悩んでいるのを知っているからだろう。しかし、修司の方からその話題に触れてきたことを空奏は珍しいなと思いつつ驚きはしなかった。年長者として見守りながら待ってくれていたのはわかっていた。

 そして彩那と友魂同盟の件が三年前の件を空奏に彷彿させていることを修司は知っている。何かが起こるとすれば今だと考えたのかもしれない。


「自分の余裕が無かったのもあって、数秒しか持ちませんでした。ルウとバルドが抑えてくれるから何とかなりましたけど、そうじゃなければ弾かれそうな感覚は変わりませんでしたね」

「……そうか」

「ただ、少し考えてることがあって。この状況になって改めて思ったんです。俺は三年前の自分に囚われすぎているんじゃないかと」

「獣化ができた頃の自分ってことか」

「そうです」

「……それで?」

「モカに言われたんです。三年前よりももっと前。強くなろうと思ったのは何故なのか、と」

「そういやお前、最初から強くなるのも兼ねてハウンド目指してた変わり者だったよな」

「それについてはちょっとした黒歴史なので思い出させないでほしいところです。今にして思えば、自惚れが過ぎるというものですからね」

「それに見合う実力があったし、思惑通り成長しただろ」

「それでも届かなかった。だからですかね、恥ずかしながら忘れてたんです。何で自分が強くなりたいと思ったのか。その最初の想いを」

「モカちゃんに言われて、三年前に拘るよりも視野が広がったわけだ」

「はい」


 空奏は振り切れたように笑っていた。

 それを見て修司も空奏が何らかの答えを見つけたことを感じたのだろう。安心したように力を抜いて小さく笑った。

 まだ獣化ができるかどうかはわからない。しかし、空奏の気持ちは落ち着いていた。それがわかったからこそ、今日はそれを含めて修司に話をしに来たのだ。

 修司は三年前に空奏よりも大きな心の傷を負った。まだ一年足らずの空奏と違い、命を落とした仲間たちとは浅くない交流があったのだ。いつ死んでもおかしくはない仕事をしているとはいえ、その喪失による影響は決して空奏に推し量ることはできない。

 それでも修司は自分のことを押してでも空奏のことを心配してくれていた。獣化を失っても進み続けてこれたのは、一見ひょうきんもののこの人のおかげでもあった。


「もっと早く気づけてたら、修司さんに今回の怪我をさせなくて済んだかもしれなかったのに。申し訳ありません」

「それとこれとは話が別だ。ま、お前がこれからもっと活躍してくれるなら俺としては万々歳だな。精々怪我しなくて済むように頑張ってくれよ?」


 ニヤリと笑う修司に空奏は肩をすくめる。

 もちろんそういうことを言われるとは思っていたが、実際目の前にすると何とも言い難い気持ちになるものだと空奏は思った。

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