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ハウンド活動記録  作者: 鳩鳥純
22/29

5章 ➀

 空奏は先日と同じように真白の対面に座りながら彩那の異能についての報告を行っていた。


「報告は以上になります」

「ご苦労様でした。この結果だけ見れば、友魂同盟があの子に執着していた理由もわかる気がしますね。そして早速嫌なことが起こりそうです」


 空奏から報告を受けた真白は溜め息をつきながらそう言った。

 空奏が思い至ったことに、真白もとっくに勘づいているのだろう。


「魂の型を確認できる者がいるだけだったら良かったのですが、そうもいかないようですね」

「やっぱり真白さんもそう思いますよね」


 世の中にはイクシス、アニマ、ソウルイーターを見分ける目を持つ者たちがいる。そして、覚醒前の人間の魂を見て、イクシスとアニマどちらに覚醒するのかを判断できる者もいる。

 覚醒前の魂がどの程度の力を持つかまでは、人間にはわからない。しかし、ソウルイーターならばそれが可能となるのだ。彼らは人とはまた違った目で魂を見ている。


「ええ。ソウルイーターが北野さんの魂を確認。そして強い異能を持つ者を探している友魂同盟に教えたと考えていいでしょう。背後にいるソウルイーターの狙いがどこにあるのかはわかりませんが、最後には魂の回収に来るでしょう」

「……一つ、懸念していることがあるんです。狙われる魂は彩那ちゃんと見ていいんでしょうか?」

「そう考えていましたが。……何か思うところがあるんですね?」


 空奏はスターチスとの会話を思い返しながら話し始めた。


「スターチスが言っていたことで気になるのが二つ。一つは、耳にしたというアニマ誕生の方法についての噂を気にしていたこと。そして二つ目は、大きな感情に占められた魂がどんな味なのかについて興味を持っていたこと。偶然とは言えその話を本人から聞けたことと今回の件を見ると、背後にいるのはスターチスだろうということが考えられます」

「そうですね。最有力は彼でしょう」

「ですが、あいつが彩那ちゃんの魂を喰らうことを条件に取引をしていたとすれば、友魂同盟にとってのメリットが見当たりません。スターチスから強い魂であることを教えられ、あれだけ手間をかけたにも係わらず自分たちの手もとには何も残らない、では話になりませんから」


 その辺りは真白も予想していたのだろう。少し思案するように目を閉じる。

そして軽く頷いてから自分の考えを示してくれた。


「これもまだ推測の範囲ですが……取引では無かったとすれば?」

「スターチスが一方的に従わせてるだけということですか」

「別のソウルイーターである可能性もありますけど、それも一つかと」


 やはり確証となるものが無いために憶測は広がってしまう。

 少しでも彩那の不安を減らすことができればと思ったのだが、やはり空奏はまだ考えが足りない部分がある。

 改めて自分の視野の狭さに直面して唸っている空奏の横にバルドが現れた。


「わからないなら聞いてみればいいんじゃないか?」

「誰に? スターチス?」

「この前は珍しがってただけで、下手に近づけば殺されかねないのは変わらないんだぞ。それに、そう短期間に色々教えてくれるかよ」

「それなら誰に聞くっていうんだ?」

「友魂同盟のやつらにだろ。俺ら以外にも、修司だって捕まえたって言ってたんだ。誰かしら知ってるんじゃねえのか」


 バルドの言うことに真白も頷く。今は情報源となり得るものが既に手元にある。

 友魂同盟のメンバーを探して捕らえるという工程が必要ないのだから、そこから始めた方が早い。特に空奏が出くわしている四人については何かしら知っている可能性が高い。


「捕らえた者たちについては、普段通りイクシス、アニマの優位性を説く活動をしていただけと話していることは報告が来ていましたが、確かにその背後関係はまだ洗えていませんね」

「じゃあ、俺が行ってきてもいいですか?」


 真白は少し思案した後、首を横に振った。


「この手のことは専門に任せます。急ぎとはいえ、下手にこちらが手を出す必要もないでしょう。部署間でこじれても困りますし」

「わかりました。では、情報が出てから本格的に動くとして、他の案件何かもらえますか?」

「本調子でない人を前線に出すわけがないでしょう。明後日には出揃うでしょうから、今日ぐらいは外での仕事は任せません。そういえば、この前の報告がまだ出ていませんよ。まずは事務仕事を片付けてください。内容はある程度私も知っているとはいえ、詳細な報告としてまとめてくれないと頭の固い上層部にどやされるんですからね、私が」


 そういえばあっちのも出てないですね、と誰かの報告書が上がってきていないのを思い出して真白が溜め息をついている。相変わらず忙しそうなのを見て、空奏はさっさと自分の仕事に取り掛かることにする。遅くなって頭痛の種を増やすようなことがあれば空奏も真白にどやされかねない。

 自分の席の端末を立ち上げ、机の上に降り立ったバルドと共にまとめ始める。とはいえ、彩那が起きるのを待っている間に大体の作業は終わらせていたので早めに終わるだろう。

 事務作業や作戦指揮などで慌しく動き回っている真白を横目に、空奏は黙々と仕事を片付けていく。

 しばらく作業に没頭していると、何やら廊下を駆けてくる音がした。

 緊急であれば通信か何かで連絡が来るはず。ということは、また琴絵が走っているのだろうかと思い扉に目を向けると、力任せに開けられた扉がけたたましい音を響かせる。


「空奏くん、急いで来て!!」


 そこにいたのは予想通り琴絵だったが、血相を変えた表情は今にも倒れてしまいそうな雰囲気だ。

 何事かと立ち上がった空奏はバルドと共に琴絵について出ていく。


「一体、なんなんでしょうねえ」


 部屋には仕事がひと段落した真白がのんびりとお茶を啜っていた。



 琴絵に連れていかれた先は先ほどまで空奏もいた屋外訓練場だった。

 過去に見ないような狼狽具合の琴絵から話が聞きだせなかったため、何が起きたのかと思いながら着いてみると、モカが苦笑しながら出迎えてくれた。

 モカと一緒にいた彩那が駆けてきて空奏の足元にしがみつく。空奏が屈むと、今度は絶対離れないと言うかのようにギュッと抱き付いてきた。泣きじゃくる彩那を困惑しながらも抱き締め返し、背中を擦って落ち着かせるように宥める。

 事情を聞こうとしてモカに目をやると、困ったように笑いながら説明してくれた。


「彩那ちゃんが、空奏さんがいないことに気づいて泣いてしまったんですよ。琴絵さんが慌てながらどうにか宥めようとしていたんですが、効果が無くて。自分では効果が無いということで琴絵さんの狼狽に拍車がかかって、そのまま空奏さんを探しに行ってしまった形です。それで、えーと、まああとは御覧の通りです」

「モカ、悪かった。二人も子守りすることになってしまって」

「いえ。琴絵さんとは持ちつ持たれつみたいなところありますからね」


 先日の豪雨の中での自分を思い出したのだろう。

 空奏から目を逸らしながらモカは決まり悪そうに言った。


「それで、どうした? 琴絵もモカも会うの初めてってわけじゃないのに、俺がいないぐらいで」

「だって……わたっ、ぇぅ……」


 しばらくはきちんとした会話になりそうにない。

 それでも拙いながらも教えてくれた彩那の想いとしては、こうだった。

『空奏が今まで理由なく彩那の前から姿が見えなくなったことがなかったため、理由は彩那にもわからないが急に不安になった』

 何とか読み取った空奏は思わず動けなくなった。そこまで彩那が自分のことを必要としてくれているということがわかって少し戸惑う。

 今まで誰かに頼ろうとしてこなかった分の反動が来ているのかもしれない、とその小さな背中をポンポンとあやすように撫でる、

 笑うようになったことであまり気にしていなかったが、やはり不安なのだろう。特に今は以前から親交のあった施設から離れ、新しく入った施設にも行っていない。琴絵やモカがいるからと安心していたのは幾分早計だったかもしれない。


「大丈夫。不安になる必要なんてないんだよ」

「……うっ、ぐ」

「何も言わずにいなくなってごめんな」

「ううん。……お姉ちゃんたちがいるから、大丈夫だったの。でも、なんでだろう。わかんないけど、急に空奏さんがいないのが怖くなってきて」

「理由なく傍からいなくなることは無かったから、そのせいかな」

「もし、空奏さんもわたしのこと嫌になっていなくなったんだったらどうしようって」

「そんなことあるわけないだろう。……不安になったら、いつでも呼んでいい。すぐに行くから。もし俺が動けなくても、琴絵やモカ。他の誰かが絶対に行くから。彩那ちゃんを嫌いになんてなれない人たちが絶対にいくから」

「……うん」

「ま、呼ばれなくても行くかもしれないけどな。この前みたいに、俺の我が儘で助けに行くかもしれない。彩那ちゃんが嫌がっても、俺らが行くから。覚悟して待ってることだな」

「わたしを助けてほしくても、空奏さんが怪我するかもしれない。それでも嫌いにならない?」

「ならない。だから、安心して呼んでほしい」


 おずおずと身体を話した彩那が空奏を真っすぐ見つめる。涙で濡れた瞳を見つめ返し、空奏は笑った。安心できるように。誰かに助けを求めることができるように。

 未だ不安の中にいたことを察してあげることができていなかったことを悔やむ。

 琴絵も同じなのだろう。立ち上がり頭を撫でている空奏に代わり、琴絵は押し倒すような勢いで彩那を抱きしめた。


「空奏……」

「ラナ。どうした?」

「わたしでは、彩那を笑顔にすることはできなかった。わたしでは彼女を安心させてあげることはできないのでしょうか」


 少し後ろに下がった空奏の元へラナが近付いてきた。ラナもまた彩那を安心させようと頑張ったのだろう。しかし、その不安を拭ってやることはできなかった。幻獣として彩那の力でありながらも、その心を解きほぐすことができていないのではないかと、ラナもまた不安に思っているのだろう。

 項垂れるラナに対して、空奏は地面に膝をついてできるだけ目線を合わせる。


「いや、ラナの存在は彩那ちゃんにとってとても大きなものだ」

「ですが……」

「今回、あの子に必要だったのは「俺」という特定個人だったというだけのことだよ。科戸空奏がいない、という状況があの子にとって不安だっただけだ。だから、ラナに問題があったわけじゃない」

「それでも、少しでも不安を和らげることはできたはずです」

「そうだなあ。正直なところ、あの精神状態になってしまった以上は仕方ないとは思う。それに、異能が覚醒している今、たぶんラナがいなかったらもっと大変なことになっていたかもしれない。無意識に発動させていたとしてもおかしくないんじゃないか?」

「……」

「抑えてくれてたんだな?」

「……はい。暴走という形ではありませんが、あの子は無意識に周囲に水を張ろうとしていました。使いやすいのが表に出そうになっていたようです。こう言うのも何ですが、呑み込みの早さが頭抜けていると思います。わたしのサポートはすぐに必要なくなるかと」

「それは、すごいな。それにラナから干渉できる範囲が大きいのも今後調べておいてもいいか。で、ちょっと話を戻すけど俺から言えるのはもう一つ。俺にはできなかったことを、ラナはやっていたんだぞ」

「え?」

「遊んでた時な、あの子のあんなに楽しそうな笑顔を見たのは初めてだった。安堵の笑顔は見た。くすりと笑うのも見ていた。でも、ラナと一緒に的当てをしている時の彩那ちゃんはとびっきりの笑顔をしていたよ。この意味、わかるだろう?」

「……」

「さて、彩那ちゃんはともかく琴絵のことも宥めに行こうか。何であいつまで泣いてるんだか」


 彩那たちの元へと行く空奏の背中をラナは見送る。

 心に灯ったのは、不思議なまでの安心感。

 自分にしかできなかったことがあったことはわかった。

 そして、その先に目指すべきは目線の先にあるその背中だということもまた、ラナは理解していた。

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